3章ー4:魔法士育成学校と、2種類の生徒
幾つかの駅に停車し、バイオロイドを連れた老女も下車して、命彦達だけを車内に乗せた路面電車は、住居地区を通過し、学研地区へと入った。
迷宮防衛都市には、住居地区、学研地区、商業地区、軍警地区という4つの都市区画があり、軍や警察といった行政や都市防衛に関する諸機関は軍警地区に、商店や企業の事務所といった商業施設は商業地区に、市民の住宅は住居地区にと、多少の例外はあるものの明確に区画整備が行われていた。
学研地区は、新しい魔法技術の研究や、魔獣の生態及び【魔晶】の仕組みについて研究する研究所、魔法を教育して学科魔法士達を生み出す魔法士育成学校といった、研究開発機関や教育機関が集まっている都市区画である。
車窓から見えるその学研地区の景色を見ていた命彦は、ふと気付いたように口を開いた。
「メイア、そろそろ
「そうね。校庭ではどこの魔法学科が実習授業を行っているのかしら?」
「昨日は〔闘士〕と〔
「じゃあ、私は〔
命彦に続き、メイアも車窓から外の様子を見下ろした。
命彦やメイアの通う魔法士育成学校、魔葉学園も、この学研地区にある。
緩い登り坂の線路を走る路面電車の車窓から、その魔葉学園の敷地が見えた。
恐ろしく広い校庭と最先端の訓練施設を幾つも備えた、魔法士のための学校、魔葉学園。
12歳から18歳までの2000人近い生徒が通学する、三葉市に6校ある魔法士育成学校の1つが、魔葉学園であった。
魔法士育成学校とは、文字通り学科魔法士達を育成するための専門教育機関であり、特定の分野に特化した魔法や専門知識、専門技術を、生徒へ修得させるための、国の認定を受けた特殊技能訓練所であった。
学科魔法士は、自己が専攻した魔法学科における修了資格を有し、取得した魔法技能を公の場で行使することを国から許されて、迷宮への出入りも自由に認められる、魔法学科修了資格という国家資格を持った、特殊技能者のことを指す。
学科魔法士として公認された瞬間から権利と義務が生じ、年齢いかんを問わず、学科魔法士は権利上の成年と扱われて、就業することや魔法を公に使うことが可能だった。
勿論、一般人を守るため、魔獣との戦闘義務も資格取得後から即時発生する。
魔法を使う技能を有していても、魔法学科修了資格を持たぬ者は、ただの魔法技能者と扱われ、こうした魔法技能者がもし公の場で魔法を使うと、事情にもよるが非常に重い刑罰が科された。
魔法士育成学校の生徒は、学校を卒業するまでこの魔法技能者として扱われ、学校を卒業することで、魔法学科修了資格を取得し、ようやく学科魔法士と認められる。
魔法士育成学校へ入学した生徒は、専門分野ごとに分けられた多種の魔法学科から1つを選択して専攻し、その魔法学科で修得できる魔法や専門知識、専門技術を、6年かけて身に付け、魔法士育成学校を卒業した。
つまり、特定の魔法学科を卒業することで、その魔法学科に応じた魔法士資格を、ほぼ自動的に取得できるのである。
魔法士育成学校での
この4つの学習課程を受け、魔法学科ごとの規定単位数を6年かけて取得すると、卒業が決まり、学科魔法士という国家資格が手に入るのである。
魔法士育成学校で専攻できる魔法学科は、それ自体が学科魔法士の戦略的運用のために考え出された、魔法使用者としての一定の
魔法学科は、戦闘型・探査型・生産型・限定型の4つにまず分類され、魔葉学園では、日本でも特に代表的である計18種の魔法学科を、それぞれ専攻することが可能である。
魔獣との戦闘及び討伐を役割とする戦闘型の魔法学科には、〔
そして、迷宮内の地図作成や遭難者の救出、異世界由来の資源物採集や、魔獣達の生息域調査及び偵察を行う探査型の魔法学科には、〔
魔法具の作成や新しい魔法技術の開発、魔法と機械科学とを融合させた魔法機械を作る生産型の魔法学科には、〔
最後に、入学時点で一部の特殊技能や特殊知識を有する者にだけ限定して専攻が許される、限定型魔法学科が、〔
魔葉学園では、以上の18種ある魔法学科のどれか1つを、入学時点で生徒は専攻する。
命彦が入学時に専攻したのは〔武士〕学科、メイアが専攻したのは〔魔工士〕学科であり、実は2人共、すでに自分が入学時に専攻した魔法学科の、魔法関連の学習課程と学科専門課程とを修了した扱いがされているため、学校に通学するのは、週3日間の一般教養課程の授業がある日のみであった。
魔法士育成学校に入学した生徒が、学校を卒業する前に、自分の専攻する魔法学科について魔法学科修了資格を取得した場合、その生徒は、学校での魔法関連の学習課程と学科専門課程を全て修了した者と扱われて、一般教養課程を受けるだけで、魔法士育成学校を卒業することが可能だった。
この場合、魔法学科修了資格を持つ生徒は、学科魔法士と公認されるため、学校を卒業せずにそのまま退学しても、魔法士として働くことが法的に可能である。
命彦とメイアの場合は、学生生活を楽しむために、そして、一般教養課程を修了するために、魔法士育成学校へ通いつつ、学科魔法士として働いていたのである。
命彦は、校庭で魔法の修練に励む学生達の姿に気付き、楽しげに笑みを浮かべた。
「お、実習授業をやってるぞ? ……教官達の持つ魔法具を見るに、恐らく〔武士〕学科と〔精霊使い〕学科。俺の予想が当たったわけだ。この時間帯だと使ってるのは3年生か、俺達と同期の4年生だと思うが」
「んー、どうも学年は違うみたいよ? どう見ても皆幼いし、魔力の使い方が随分
「新入生だと? 1年生の実習授業って、どの魔法学科でも6時限目以降だった筈だが? しかし言われてみれば、入学したてって感じの子ばかりだし、魔法の構築も全体的にお粗末だ。魔法を完全に修得してねえ生徒が多いことが分かる。ふむ……実習授業の時間割が入れ換えられたのか?」
「でしょうね。新入生達の魔法実習って、普通は無駄に魔力を消費して疲れやすいから、一番最後の授業に回される筈だし……あっ! そう言えば、先週から校内掲示板に、卒業間近の5年生や6年生を対象にした、学校と提携する企業団体の、魔法士就職説明会のお知らせが貼ってあったわ。2日間の説明会と4日間の就職面接。あれ確か今週からよね?」
「あれ今週からだったのか? ウチの店の方でも、学校から通知が来てたけど……誰か行ってんのかね? 俺、報告聞いてねえんだけど」
「しっかりしてよ、次期取締役でしょ? 多分行くとすれば、営業部長のソル姉でしょうね? まあ、彼女の場合は求める能力が高過ぎて、5、6年生の先輩方も内定を取るのに苦労しそうだけど」
「くくく、確かに。ふーむ、説明会のせいで、先輩達の実習授業が説明会の終了時刻に合わせて、後ろの時間帯に繰り下げられたから、4年生以下の生徒達の実習授業の時間割が順次繰り上げられたり、入れ換わったりして、新入生が今の時間帯に授業をしてるってわけだ」
命彦が合点がいったと首を縦に振り、校庭を車窓から見た。
新入生達の実習授業の風景を見つつ、命彦が苦笑して言葉を続ける。
「しっかし、同じ新入生とはいえ、ある程度魔法を使える奴はすぐに見分けが付くねえ、ホント。ぼぉーっと教官の話を聞きつつ、適当に魔法使ってる奴ら、あれほぼ全員が
「恐らくね。学校に入る前から予め魔法教育を受けていた魔法予修者の生徒達と、学校に入学してから初めて魔法教育を受ける
メイアが教官の指導を真剣に聞いている生徒達を観察し、淡く笑う。
「ふふふ。魔法未修者の生徒達は、自分も早く魔法を修得したくて、ウズウズしてるのが分かるわね? 授業への意欲も凄いもの……昔の私を思い出すわ」
「へえー、メイアもああして授業に打ち込んでたのか」
「ええ、私もあの子達と同じだったわ。命彦は入学以前から予め魔法を修得してた魔法予修者だったから、あのボーっと魔法を使ってる子みたいに、教官の話も上の空で、適当に聞いてたんでしょう?」
「バカ言え。言っとくけど、俺は教官の受けが良かったから話はきっちり聞いてたぞ? いつもボーっとして退屈そうに話を聞いてたのは空太で、それよりもっと酷いのが勇子だ。勇子のヤツ、実習授業でも立ったまま堂々と寝てたんだぞ? 戦闘型の魔法学科は、別の学科でも実習授業で顔を合わせることがやたらと多いから、いっつも俺が起こしてたんだ」
「プフ、同じ魔法予修者でも三者三様ね? 当時の3人の姿が目に浮かぶようだわ」
メイアの言葉を聞いて、命彦も過去の自分の姿を思い出したのか、苦笑を浮かべた。
魔法士育成学校に入学する生徒は、2種類に分類できる。
メイアのように、魔法士育成学校へ入学して初めて魔法教育を受ける魔法未修者達と、命彦のように、学校への入学年齢である12歳時点で、予め多少の魔法を修得している魔法予修者達であった。
魔法使いの一族に生まれた者や、家族・親族に学科魔法士がいる者、経済的に恵まれていて、高額である学科魔法士の私塾に通ったり、魔法士の家庭教師を付けられたりした者達は、魔法士育成学校へ入学する前から、魔法についての教育をしっかり受けている。
そのため、こうした者達は入学する前からある程度魔法が使える状態にあり、迷宮防衛都市において学科魔法士達を管理・監督する行政機関である、都市魔法士管理局に申請することで、魔法士育成学校へ優先的に入学することが可能であった。
ただ、こうした魔法予修者達は、楽に魔法士育成学校へと入学し、学校の授業も先取りして学習している分、基礎から始める新入生の授業に対しては、総じて学習意欲が低い。
そのため、真面目とは言いにくい授業態度を取ることが、非常に多かったのである。
対して、メイアのように魔法士育成学校へ入学し、初めて魔法を学ぶ魔法未修者達は、入学試験として魔力測定が義務付けられており、複数の試験官によって感覚的に自分が秘めている魔力量を等級化された上で、一定以下の魔力等級の者が問答無用で不合格にされるという、1種の受験競争に晒された。
こうした競争に晒されて学校へ入学した分、魔法未修者の生徒達は、是が非でも魔法を身に付けようという意識を持っており、授業に対しても意欲的に取り組んでいたのである。
この授業態度の明白過ぎる違いから、新入生の種類が車窓から観察しているだけでも、簡単に見て取れた。
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