3章ー3:都市での生活と、バイオロイドの役割
命彦達が常設駅に着くと、【樹皇神社】へ行くまでに追い抜いた筈の、寝こける融和型魔獣達を天井に満載した路面電車が、すでに到着していた。
慌てて乗り込むと、電車が静かに発進する。
『次は住居地区、第6常設駅です……』
動き始めると同時に
メイアも、命彦と同じように弓の武具型魔法具と矢筒を、自分の〈余次元の鞄〉に収納し、横に座る。
窓の外を数秒見ていたメイアが、突然くすりと笑った。
「どうしたメイア、急に笑い出して?」
「いえ、ふと窓に映る自分の姿を見て、おかしく思ったのよ。私達は魔法で空を飛び、車より速く走れるのに、こうして普段は機械に頼って生活してるでしょ? それがどうにもちぐはぐで、おかしく思えてしまってね? 電車の座席にのんびり座ってる自分の姿を見て、思わず笑ってしまったのよ」
「うーむ、その気持ちは理解できるが、魔法を使うには魔力が必要だし、魔力を消費すると疲れるだろ? 日常生活で魔法を
「そうね。私が〔
命彦が抱えていたミサヤを膝に乗せる姿を見つつ、メイアは淡く笑った。
《旋風の纏い》のように、空を飛べたり速く走れたりと、移動にピッタリの魔法があるのに、どうして普通の交通手段を命彦達は使用しているのか。
端的に言えば、それが一番楽だからであった。
魔法を使用すれば魔力を消耗し、心的疲労が魔法の使用者に生じる。
飛行しようが走ろうが、それが魔法の効力によるものである以上、基本的に魔力を消費して、消費した魔力量の多寡に応じた心的疲労が、必ず魔法使用者に発生した。
魔力消費による心的疲労が重度に蓄積すれば、魔法の使用者は気絶し、魔力が回復するまで昏睡状態に
迷宮内を急いで移動する場合であればともかく、安全かつ移動手段が豊富にある都市内において、わざわざ自分が疲れる移動手段を、あえて使うのも馬鹿らしいわけである。
そのために、魔法を使える者達も都市内では交通機関を頻繁に利用していた。
勿論、ごく短距離の移動であったり、急ぎの用件がある時は、都市内の行き来で魔法を使用する者もいるが、全体的に見ると、魔法を使える者も疲労を嫌い、機械の力を頼る。
人類より保有する魔力量が多く、魔力の回復も速い魔獣はともかく、一般の学科魔法士であれば、日常生活上の移動手段にあまり魔法を使わず、交通機関を使うのが普通であった。
日本では、特殊技能者権利義務規定法によって、国家が認めた多数の魔法学科のうち、どれか1つでも魔法学科を修了して、学科魔法士資格を取得していれば、公の場において魔法を使うことが法的に許されている。
つまり、学科魔法士はどこであろうが、使う当人が責任を取れる範囲であれば、魔法の使用が日常的に許されていた。
しかし、魔法は有限の力、魔力を消費して行使されるモノであるため、普通の魔法士は心身に生じる疲労感・倦怠感を嫌って、必要に迫られた時以外は魔法を使わずに済ますことが多い。
訓練や魔法の研究以外の私生活において、頻繁に魔法を使う人間は意外に少数派であった。
「こうして機械の助力を受けていると、魔力消費量をあまり気にせずに、ほいほい魔法を使えるミサヤ達が、無性に羨ましく思えるのよね? 私達も、ミサヤくらい多くの魔力があれば、もっと魔法を日常的に使えるんだけど」
「それは俺も同意する。急ぎの時や迷宮から帰る時は、いつも乗っけてもらって空飛んでるけど、ミサヤの魔力量は凄えもん。底が見えねえよ」
命彦とメイアがミサヤを見つつ、苦笑した。
ミサヤのように生まれ持った魔力量、魔力回復量が多い魔獣達は、気楽に魔法を使えるため、魔法を修得した人間から見ると、非常に羨ましい。
使い過ぎると危険である魔法による飛行でさえ、こうした魔獣達は平気で使い、連続で1日2日と飛び続けられるのである。
種族として生まれ持った地力の差は、長く一緒にいる命彦でさえ、多少の羨望を抱くほどであった。
『マヒコにそう言われると、不思議と誇らしい気がしますね』
ミサヤは嬉しそうに尻尾を振ると、耳をヒクヒクさせて命彦の手に顔を埋めた。
自分の膝の上で丸まったミサヤから視線を外して、路面電車の車内を見回した命彦は、端の席に座る品の良い老女と、老女の娘のように見える女性に、ふと視線を固定した。
どういうわけか、命彦は女性の方に妙に見覚えがあったのである。
命彦の様子に気付き、メイアが言う。
「ああ、
「チラッと見てた。それで見覚えがあったのか……」
メイアの言葉に、命彦が小さく首を縦に振った。
人の皮膚細胞を培養し、表皮として装甲表面に貼り付け、極めて人間に近い容姿を持たせた、医療・介護用の人型機械である。但し、これは旧型の場合であり、新型の場合は、皮膚以外の内部骨格や人工筋肉も、そのほとんどが生体素材で構築されていた。
「最新型のバイオロイドねぇ……俺から見れば、ぶっちゃけ旧型も新型も、普通の人間にしか見えねえけど、結構違いがあるんだったっけ?」
「ええ。外観だけで両者の違いを探すのは難しいけど、構成素材には相当の違いがあるわ。新型は、部品のほとんどが生体素材で作られていて、機械からより生物に近付いたことが特徴ね? ただ、基本性能は落とさずに、生体化させたって話だから、相当に高額らしいけど」
「生体化か。……わざわざ人間に、というか生物に近付ける必要があんのかねえ? 俺は機械の方が、耐用年数とか故障した際の修理とかで、利点があるように思えるけど?」
「旧型でも、見た目の表情や反応は人工知能のお蔭で、人間そのものだったけれど、人の温もりというか、生物の温かさってモノが欠けてたらしいわ。……開発者達の言葉を信じればだけどね? それで、生物の温かさを実装しようとして、わざわざ人工的に細胞組織を作り、生体素材で人型機械を作ったって話よ? 多分、建前でしょうけど」
メイアの言葉に、命彦も違和感を憶えてふと考える。
(ふむ? 旧型でも皮膚は生体素材だったわけだから、外観上は新型と同じ筈だ。生物の温かさってのは、動作や感触に一番現れる筈だろ? 人工知能が動作を司り、感触は皮膚組織が司る。新型も旧型も、同じ人工知能や皮膚組織を採用してるって、特番じゃ説明してた。とすると……)
命彦が思案顔で口を開いた。
「生物の温かみを再現するため、内部まで生体素材で作ったってのは、どうにもおかしい気がする。メイアの口振りだと、裏があるように聞こえるが? 実際、開発者の言葉にも違和感を憶えるし。多分、機械の肉体で困るから、生体化させたんだろうが……はっ! 夜のお世話のためか! ……すまん、冗談だ。その眼やめてくんね? 怖いから」
女の敵とでもいうように命彦をねめつけるメイアを無視して、丸まっていたミサヤが顔を上げ、思念を発した。
『……2つほどありますね? バイオロイドを極限まで生体化させることで、人類に発生する利点が。それも、恐らく生存戦略上の利点です』
「バイオロイドを生体化する利点? 生存戦略上の? それって……まさか!」
「そのまさかよ。
メイアが表情を消して言う。
「かつて、魔獣達の進攻を食い止めるために使われた
メイアの言葉を聞き、命彦は老女と楽し気に話す女性型バイオロイドを、痛ましそうに見詰めた。
人類の間で魔法が一般化され、魔法という武器が広く伝播したのは、【魔晶】の出現から3か月も後のことである。
では、その武器が実際に量産され、敵性型魔獣との戦闘で活躍し始めたのはいつ頃か。
要するに、普通の人間が魔法使い達に初歩の魔法を教育され、学科魔法士として、敵性型魔獣達と戦闘し始めたのはいつ頃だったのか。
答えは、【魔晶】の出現から1年後であった。
魔法使い達による、基礎魔法技術及び基礎魔法知識の一部開示。
それによって、魔法の訓練方法、魔力を操る基礎訓練方法が世界に伝播し、世界各国で魔法の研究、修得が始まったが、初歩の魔法を修得した者を、数千人規模で用意するのに、どこの国も9カ月近くかかったのである。
当然、【魔晶】の出現以降、ワラワラと敵性型魔獣達は地球に出現しており、放置していると人類側の被害は増える一方だった。
魔法使い達も、自国の兵士に魔法を教えつつ、前線に出ては魔獣達の間引きを行っていたが、出現数が多過ぎて、焼け石に水という有様であった。
魔法を修得した軍を組織する時間が必要だった人類は、不利と知りつつも、時間稼ぎのために、魔法で都合よく物理法則を捻じ曲げる魔獣達を相手に、当の物理法則で作られた科学兵器を駆使して、戦いを挑んだわけである。
魔法という反則技さえどうにかできれば人類は勝てたが、その魔法が極めて厄介だった。
比較的知能が低い魔獣でも、結界魔法や付与魔法が使えるため、魔法防壁で物理的干渉を一切無効化されたり、戦艦の艦砲射撃や
特に魔法に長けた高位の魔獣は、寝てる時でさえ結界魔法や付与魔法を使っている上に、儀式魔法を使って、人類最後の切り札である核誘導弾の攻撃も、空間転移でどこぞに移動させ、無効化した。
魔獣の肉体に攻撃があたれば倒せるのに、当たらず、当てられずで、人類の科学兵器は、想像以上に魔獣への対抗力に欠けていたのである。
ところが、一部の魔獣種族を除いて、ほとんどの敵性型魔獣達に通用し、撃滅を可能とした攻撃手段があった。
それが、バイオロイド達を利用した自爆攻撃、いわゆる神風である。
【魔晶】が出現する1年前に実用化され、世界各地で量産されていた医療・介護用のバイオロイドは、今のバイオロイドと比べると粗が目立つものの、姿形も相当人類に似せて作られており、当時のモノであっても、肌には人間と全く同じ皮膚細胞が使われていた。
そのため、五感のうち視覚と嗅覚に頼る者が多い魔獣達は、人間と一緒にバイオロイド達も間違ってよく捕食しており、そこに目を付けた人類は、バイオロイドの人工知能に人間の行動をより学習させて、人間として振る舞うバイオロイドを作り出し、そのバイオロイドに爆薬を持たせて、敵性型魔獣にあえて捕食させたのである。
幾ら魔法が使えても、体内から攻撃されれば、生物である以上魔獣も高確率で死ぬ。
このバイオロイドによる神風攻撃は、神風機攻作戦と呼称され、敵性型魔獣達が魔法によって、人類とバイオロイドとを見分けるまで、その威力を発揮し、人類が魔法を武器として活用するまでの時間を、見事に稼いだのであった。
ミサヤが、淡々と思念を発する。
『開発企業はよく考えましたね? バイオロイドはたとえ旧型であっても、魔獣達の感覚器官のみでは、五感だけでは、人との区別がつきません。それ故に魔獣は探査魔法を使い、身体の内部構造を透視したり、魔力の有無を調べたりして、人と機械とを区別しています』
「……でも、魔力の有無は魔法具を持たせれば、幾らでもごまかしが効くわ」
『はい。つまり1番の見分け方は、人とバイオロイドの持つ内部構造の違い、機械的構造というわけです』
「分析系の探査魔法は、魔法の対象の内部構造をも見通すことができるでしょ? 要は機械的構造の有無が、魔獣にとっての人と機械との
「これまで人とバイオロイドを上手く見分けていた魔獣達も、今度こそ惑わされて見分けらんねえってわけか。……でもよ、人の役に立つのが機械の役目と分かっちゃいるが、どうにも可哀想に思えるぞ? 身代わりにさせられるために生まれたってのはさ」
感傷的である命彦の言葉を、メイアが諫めた。
「そこまでよ命彦、それは人間のエゴだわ。彼女達はそう望まれて作られたし、彼女達の人工知能は、
メイアの厳しい言葉に、命彦が苦笑を返す。
「冒涜、か……機械の専門家にそう言われたら、外野の俺は黙るしかねえや」
「あのねえ、私は機械の専門家じゃありません、魔法機械の専門家です! 分かってて言ってるでしょ。〔魔工士〕は魔法機械の制作者よ? そこは区別して欲しいわ」
「へいへい……いてて」
メイアから腕をつねられ、命彦はバイオロイドから、窓の景色へと視線を移した。
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