第89話 アリサ公爵令嬢の救出

 アリサ公爵令嬢を救出するためにヤマト帝国の帝王城に潜り込み、何とか囚われたアリサ公爵令嬢を見つけたが魔王がそれを阻んで戦いになった。

 魔王の野郎が放った魔法で謁見の間にいた人々が異形の怪物に変えられてしまい、その他の人々を食べようと暴れ回る。

 異形の怪物から逃れようと人々が闇雲に逃げ回っているのだ。

 謁見の間にいた近衛や守備隊兵士は、異形の怪物で逃げ回る人々を守るのと、逃げる人々が邪魔で異形の怪物を攻撃できないでいた。

 それどころか近衛や守備隊兵士の中には、無闇矢鱈と逃げ惑う人々で、飛びあがって攻撃してくる異形の怪物をよけきれず、食べられる者まで出てくる始末だ。

 ただ、謁見の間の玉座を守るようにして動いた影達は流石だ、一人一人の力量も相当なものだが、流れるのような動きで連携して玉座に向かってきた、異形の怪物を次々と葬っていくのだ。

 それでも皇帝を守る十人の影は、皇帝に向かって来る異形の怪物を始末するが積極的には行動を起こさない。・・・皇帝を守ることが仕事だから仕方ないか。

 俺は聖魔法を異形の怪物に向かって放つが、硬い殻に阻まれる。

 上手く異形の怪物が開いた口に聖魔法の矢が入るが淡く消えていくだけで、人には戻らずもはや助けることはできなかった。

 俺は守り刀の雷神を抜き出して、異形の怪物に迫る。

 異形の怪物は大口を開けて俺を迎え撃つ。

 俺は異形の怪物の口に雷神の雷を打ち込む

『バリ』『バリ』

と音を立てて異形の怪物は燃え上がった。

 異形の怪物が人に戻らないと分かった以上、時には守り刀で切り裂き、時には守り刀の雷神の力で燃え上がらせて倒していくのだ。

 俺が数十の異形の怪物を倒すことによって、余裕が出来た守備兵や近衛の兵が残りの異形の怪物を倒し始めた。

 瞬く間に残った異形の怪物が倒されてしまうと、今度は守備隊兵士や近衛の兵が乱入者である俺達を遠巻きにする。

 俺は

『パチパチ』

と音と光をあげる守り刀の雷神を手にして、謁見の間に戻って来たヤマト帝国の重鎮たちや女官の間をゆっくりと歩く。

 ヤマト帝国で雷神を手にする者は、以前行方不明になった王太子だった俺だけなのだ。・・・半数以上の年老いた重臣たちはそれを覚えていた。

 守備隊兵士や近衛の兵が動こうとするのを、玉座のすぐ脇に立つ年老いた重臣が

「やめろ!雷神を手にする者は皇帝の身内ぞ!」

と命令する。

 それを聞いて何か思いだしたのか、皆手が出せないで唖然とした表情と恐怖で真白な顔をして、俺とヤシキさんを見つめている。

 ヤシキさんは今の一言でおぼろげなく俺の正体について思っていたことが、確信へと変わったようだ。

 俺の歩く前には、以前から年老いていたが、今はさらに老けて小さくなり疑心暗鬼な目をした老人が玉座に腰かけて俺を見ていた。

 このヤマト帝国帝王城から放り出されてから、長い年月経ったが俺の父親、ヤマト帝国皇帝その人だった。

 その横には豚皇太子とよく似た面影の太って脂ぎった女性が震えながら横に座っていた。

 俺をヤマト帝国帝王城から追い出した張本人、ヤマト帝国の皇后その人だった。

 時の流れは無残なものだ。

 俺を追い出したときは、傾国の美女と言うべき魔性の風韻気を身に纏っていたのに、今は見る影もなく、日頃の不摂生が祟ったのか脂ぎって丸々と太った体になってしまっていたのだ。

 ただ、俺を縋るように見つめる目には気がかりだ。

 皇后の玉座の陰に15、6歳位の豪華な衣装を身に包んだ女の子が、皇后の衣装の端を握って驚いた顔で俺を見つめていた。

 顔つきは俺の元婚約者で義理の姉達同様に若い頃の皇后に似て美少女だった。

 この美少女は俺が追い出されてから、皇帝と皇后の間に出来た俺の義理の妹だ。

 玉座を守っていた影はいつの間にか、本当に影のように消え失せていた。

 いや一人、将軍の服装を纏った痩せてはいるが、鋼鉄の極太の針金をより合わせた筋肉を持った、この世界ではわりと背の高い男が玉座の後ろに立っていた。

 男の腰には風を捲くように纏った剣が下げられていた。

 雷神が、その剣を

『風神』

と言うそうだ。

『風神は、俺の雷を切り裂くことが出来るので注意してくれ!』

と思念がはいる。 

 玉座に座る帝王と皇后の二人の前には、巨大ワニの黒い魔石で造られた鎖で繋がれたアリサ公爵令嬢が歯を食いしばって立っていた。

 巨大ワニの黒い魔石は、禍々しい気を放つ真黒な魔石の原料であり、この黒い魔石自体が魔力を吸い取ることが出来るのだ。

 その黒い魔力を吸い取る魔石の鎖にアリサ公爵令嬢は歯を食いしばり、脂汗を流しながら小さな体で耐えていたのだ。

 俺は、アリサ公爵令嬢の体に巻き付いた、その鎖を守り刀で切り飛ばす。

 吸い取られていた魔力が途絶え、俺達に気づいて気が緩んだのか、崩れて倒れようとするアリサ公爵令嬢を、俺の側にいたヤシキさんが支えて、お姫様抱っこをする。・・・ホッとして見つめ合うアリサ公爵令嬢とヤシキさんが微笑ましく思うのだった。ゆとりだな!

 これでヤマト帝国の帝王城内において、無事にアリサ公爵令嬢を救出する事ができた俺と向かい合って座っている老人、皇帝と目が合う

「スグル...。」

と小さなつぶやきが聞こえた。・・・俺はアリサ公爵令嬢を助け出したので転移で戻ろとしたところで父親の声を聴いて驚いて転移魔法の発動が中断されてしまったのだ。

 俺のその心の隙をついて、皇帝の隣に座った肥えた豚皇后が

「誰か!狼藉者じゃ切って棄てよ!」

と命令する。

 今までの呪縛から解かれたように、守備隊兵士や近衛の兵が両刃の剣を構えて俺達に向かって来る。

『バリ』『バリ』

と雷神が雷鳴を響かせ、雷のカーテンが出来る。

 触れる者は全て焼き溶かす。

 俺は

「皇帝よ、アンリケ公国に向かった兵を引け!

 兵を引かなければ、このあたり一帯を雷で切り裂き、血の雨を降らせるぞ!

 兵を引けば、俺達はおとなしくアリサ公爵令嬢を連れて出て行く。」

肥えた豚皇后は何やら大声で喚いているが、皇帝が後ろに立つ将軍を手で制しながら

「わかった、兵を戻す。」

と言って、手を振ると重鎮の一人が駆け出していった。

 皇帝が

「スグル...、元気だったか?

 母親も元気か?」

と声を掛ける。

『母親も元気かとはどういうことだ?』

と思ったところで重鎮の一人が戻ってきて

「全軍撤退させた。」

と俺にも聞こえる声で皇帝に告げる。

 俺のステータス画面を通じてユリアナから

『ヤマト帝国の全軍が撤退を開始した。』

との報告がはいる。

 ヤマト帝国に乗り込み囚われになったアリサ公爵令嬢を救出して、実の父親ヤマト帝国の皇帝を脅してアンリケ公国への進軍も止めさせた。・・・実の息子とは言え飛んでも無い事をしてのけたものだ。

 皇帝が呟いた俺の母親のことは気になるが、兵も引かした

『多勢に無勢』

という長居は無用だ。

 尻に帆を掛けてアリサ公爵令嬢を抱いたヤシキさんを連れて転移魔法で、ヤマト帝国の根城にしていた奴隷商の館の地下に転移して逃げ出した。・・・直接真正カンザク王国かプロバイダル王国へ転移で逃げ出してもよかったのだが、当然この奴隷商の館は真正カンザク王国の間諜の館だとヤマト帝国に知られているはずだ。

 ヤマト帝国にもプロバイダル王国の大使館があるが、大使は馬鹿丸出しの高級貴族、そのお目付け役として巡検士はいるがいまのところ表立ったことはしていないので踏み込まれても問題が無い。・・・踏み込まれた時は抵抗せず馬鹿丸出しの大使が対応させる。この時の対応でこいつの評価も変わるのだが・・・。

 ただこの奴隷商の館が今のところ諜報機関たる巡検士部隊の拠点で、今まで集めた書類や設置してある機密の塊の転移装置を回収していかなければならないのだ。

 いつも俺の側に奴隷商がいるのだから、この屋敷が俺達の何らかの拠点になっている事がばれないはずがないのだ!

 その後は奴隷商の館にいる者達を転移装置を使ってインドラ合衆国の首都に転移させ、俺は最後に転移装置を魔法の袋に入れてからインドラ合衆国の首都に転移魔法で転移したのだ。

 俺が転移した直後に、皇后の命令を受けてヤマト帝国の守備隊兵士や近衛の部隊の兵士がわらわらともぬけの殻になった奴隷商の館を取り囲み、突入していった。

 暗い奴隷商の館の中で、俺達を捕らえようと功を焦った守備隊と近衛の部隊が同士討ちを始めてしまった。

 興奮して闇雲にお互いが戦いはじめたのだ。

 ヤマト帝国皇帝を影のように守っていた将軍が、皇帝の許可を得て、対雷神として風神を下げて奴隷商の館に入った。

 将軍が明り魔法で奴隷商の館内を照らす。

 その明かりで、戦っている相手に気付いて戦闘を止めた時には、双方相当な死傷者が出ていたのだ。

 後日もぬけの殻の奴隷商館内で派手な同士討ちという醜聞にヤマト帝国帝王城内の口さがない、皇帝雀がやかましく噂を広げていた。

 大使館にも守備隊と近衛の部隊が突入してきたが、勇ましく抵抗しようとした大使はあまりの突入者の数に腰を抜かして股間に水溜まりを作るだけだった。・・・ほんと情けないは、死んでくれたら色々といちゃもんをつけられたのに!

 突入してきた部隊に金目の物だけ持っていかれただけだった。

 怪我人が出なかっただけ良しとしよう!

 俺達がインドラ連合国の首都に戻ると、北カンザク地方山岳警戒所からヤマト帝国の部隊が撤退を終了したと連絡が入ったのだ。

 これでアリサ公爵令嬢の救出劇は一段落した。

 俺は残りの密約の一つであるアンリケ公国がインドラ連合国に加わることを認め、さらには承認を与える為にアンリケ公国に向かうことにしたのだ。

 転移魔法は行った所しかいけない。

 転移装置で転移先を座標入力で送る事が出来るが、その場所に人や他の動物がいたり・・・(人と他の動物の肉の塊など想像しただけでも気味が悪い!)磁場や入力した座標が狂い海の上にでも転移したら大変な事になるのだ。

 それで転移装置では転移先にも転移装置が必要なのだ。・・・電波の発信と受信の関係だ。

 転移装置を使うと距離は関係が無くいずれかに転移装置があればいいのだ。

 そのうえ、転移する際は、魔力を流し込むか、くず魔石1個で済む優れものなのだ。

 転移装置は実は宇宙エルフ族の科学技術と魔法の融合技術であり、最高機密、トップシークレットと言う奴なのだ。

 まだまだ、この技術を真正カンザク王国以外の連合国や他国に供与するわけにはいかないのだった。

 現実問題としてアンリケ公国まで陸路を使うとなると、アンリケ公国からインドラ連合への使者が捕まったように地理的に、どうしてもヤマト帝国領内を通らなければ行けないのだ。

 ヤマト帝国領内の陸路を使えないことから、この世界では初めて船を使って外海に出てから他国に行くという方法を使うことにしたのだった。

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