第88話 回顧

 俺とヤシキさんは、アリサ公爵令嬢が豚皇太子との婚約との引き換えに母国を救おうと単身ヤマト帝国に向かったのを追いかけた。

 その方法は転移を使ったのだ。

 転移魔法を使う条件の一つに目に見える身近い場所への転移以外は一度行ったことがなければ転移できない!

 しかし俺は転生者としてヤマト帝国の皇子として産まれた。

 産まれてから2歳までの間のヤマト帝国で過ごした記憶があるのだ。

 無事にその記憶のもとヤマト帝国の帝王城内にまで転移で潜り込むことができた。

 アリサ公爵令嬢を救出しようと帝王城内を歩んでいると、地下へ向かう階段から腐臭が漂ってきた。

「好奇心は猫を殺す。」

とも

「好奇心は身を亡ぼす。」

とも言われているが、好奇心が優ってしまって地下へと向かう行動に出たのだ。

 身体強化魔法を解いても腐臭が感じられた。

 その腐臭の原因を追いかけるようにして、階段を下りて腐臭の元の部屋に辿り着いた。

 逡巡はあった、それでも腐臭の原因を探るべく俺は思い切って腐臭の元の部屋の扉を開けたのだ。

 扉を開けると腐臭の塊が俺達を襲う。

 身体強化魔法を解いて腐臭の中を突き進み、鼻が馬鹿になっていたと思ったが、強力な腐臭で咳き込み目に涙が出た!

 涙目の中でその部屋の中を見ると血の海に浮かぶ多数の細切れの死体が転がっているのが目に飛び込んできた。・・・なにこれグロい!

 その中央に不気味な笑い顔を張り付けて座っている豚皇太子がいた。

 豚皇太子はニヤニヤとした不気味な笑い顔を張り付けたまま、目の前にある女性とおぼしき死体に向かって重そうな肉切り包丁を両手で持って切りつけているのだ。・・・グチャグチャで真赤な肉の塊であったが僅かに乳房のふくらみが無残に残っていた。

 悪い噂の通りだ!殺人鬼となった豚皇太子がそこにいた‼

 豚皇太子が俺達の気配に気付き、死体を切りつける際の血吹雪でまだら模様に血が張り付き不気味な笑顔を上げる。

 何と俺を見る豚皇太子の右目には、つい最近プロバイダル王国のセレスの戴冠式で顔を合わせた時には無かったはずの黒々とした禍々しい気を放つ魔石が埋まっているではないか。・・・こんな姿になっている等と言う報告は受けていない。きっと最近の出来事でこんな姿になったのだ。

 死者の蘇生でこんな事ができるのは魔王しかいない。

 魔王の陰には蜘蛛型生物がいる。・・・嫌な予感しかしない。

 とんでもない腐臭の中で豚皇太子は重そうな肉切り包丁を両手に持って、ゆっくりと立ち上がる。

 豚皇太子はユラユラと揺れながら、驚いて見ている俺達に向かって来るのだ。

 俺は慌てて水魔法の氷を使って豚皇太子を氷漬けにする。

 直接過度な攻撃を加えてはいけない。

 以前この豚皇太子の右目に埋まっているのと同じ、禍々しい気を放つ真黒な魔石が埋められた豚皇太子の義叔父さんが爆発してカンザク王国王城を半壊させたことがあるのだ。

 氷漬けにされていくにも拘らず豚皇太子は残った充血した左目でキョロキョロと逃げ場を探している。

 何を思っているのか、氷漬けにされた自分の姿を見て

「ケタケタ」

と笑い始めた。

 氷漬けは過度な攻撃を加えられていると思われないのか、豚皇太子の右目に埋め込まれた禍々しい気を放つ真黒な魔石には爆発の兆候を示す魔力が集まっているようには見えない。

 この嫌らしい魔石が爆発を起こす状況にはまだ至っていないなら、アリサ公爵令嬢をゆっくりと探すことができる。

 騒がれるのも嫌だし、嫌らしい魔石が爆発するのも怖いので、今のところはケタケタと不気味に笑う豚皇太子は氷魔法で首だけ出して氷漬けにしておくことにしたのだ。

 しかし酷い回顧だ。

 知性の欠片もなくケタケタと笑う豚皇太子は俺の事を覚えていないようだ。

 こんな奴にアリサ公爵令嬢を渡すわけにはいかない!

 それでもこれ以上は

「触らぬ神に祟りなし。」

 急いで豚皇太子の部屋から出て、そのまま突き当りの階段を利用して、帝王城内の上の階に向かって次々と登っていく。

 腐臭を避けるために豚皇太子の部屋の扉は閉めてからかなり離れた所で身体強化魔法をかけ直す。

 途端にむせた。

 衣服や体に腐臭がしみ込んだのだ。

 水魔法で衣服や体についた腐臭を洗い流して、温風で乾燥させる。

 何時でも豚皇太子は祟る奴だ。

 こんなところで水浴びをさせられた。

 再度、身体強化魔法をかける。

 腐臭は流れ落ちたようだ。

 身体強化で五感を研ぎ澄まして通路を歩く。

 遠くで巡回する城兵の足音が聞こえるたびに身をひそめる。

 幾つかの人の集まる部屋の前を通るたびに部屋の中の気配を探る。

 ステータス画面で部屋の中も見える。

 目的とする人物、アリサ公爵令嬢は見つからない!・・・焦るな!ヤシキさんも焦燥感にさいなまれている。

 そのうちに、多数の人の集まっている気配が漂う階層に出た。・・・身体強化魔法で五感が研ぎ澄まされてくると、第六感のようなものまで備わるようだ。

 人の気配の中には、怪しげな嫌な気配や何処か懐かしい気配が漂ってくるのだ。

 その気配をたどりながら廊下を俺とヤシキさんは気配を消して進んでいく。

 どうやら気配が集まるその場所は帝王城内の幾つかある謁見の間の一つのようだ。

 謁見の間の大きな両開きの扉の前に俺とヤシキさんが張り付く。

 気配からでも、謁見の間の中心には懐かしい風韻気を纏った人物がくつろいで椅子に座っており、怪しげな嫌な気配を漂わせた人物が何か禍々しい鎖で繋いだ小柄な人物をつれているのがわかった。

 禍々しい鎖のせいで鎖で繋がれた人物の気配が消されて、黒い小柄な人物がいるという奇妙な感覚なのだ。

 ステータス画面でその部屋の様子を見ようとするが怪しげな嫌な気配を漂わせた人物の隠蔽いんぺいの魔法のせいか部屋の様子がぼんやりとしか見えないのだ。

 俺は謁見の間の扉を少し開けて中の様子を見る。

 謁見の間には多数の重臣や家臣、女官にかしずかれた幼い頃に見たことがある皇帝が年老いて懐かしい風韻気を纏わらせながら椅子に座っていた。

 その前に怪しげな嫌な気配を漂わせて立っているのは背の高い男で、黒い服に身を包み、黒いマントを羽織り、黒い山高帽を被り、黒い目と口元が開いたマスクをしていた。

 その手には禍々しい鎖、それは豚皇太子の右目にあった禍々しい気を放つ真黒な魔石の原石である巨大ワニの魔石で造られている鎖が握られていた。

 俺は禍々しい鎖を持つ男を見て確信した。

『こいつが魔王だ!』

と。

 その禍々しい鎖の先に繋がれたアリサ公爵令嬢がいた!

 見つけたと思った時、俺の横にいたヤシキさんは思わず

「アッ。」

と小さな叫び声を上げてしまった。

 その小さな叫び声に気が付いたのか謁見の間を覗き込んだ俺とヤシキさんに向かって魔王から魔力が放出される。

 俺とヤシキさんは意を決して謁見の間の扉を押し開く。

 俺が開いた扉に向かって魔王の放った黒い魔力の矢が飛んでくる。

 黒い魔力で造られた矢は暗黒魔法でゾンビ等を創り出す厄介な魔法の矢なのだ。

 俺は魔王の放った黒い矢に向かって、聖魔法の光の矢を投げ返す。

 俺が打ちだした聖魔法の矢は人に当たってもゾンビ以外は無傷なのだ。

 黒い矢と光の矢がぶつかると相殺されるのか、いきなり両方の矢が消える。

 面白い事に魔王の放つ黒い矢が壁に当たると真黒に汚れて、俺の放つ矢は綺麗に壁の汚れを落とすのだ。

 壁には黒と白の丸い模様が出来上がる。

 次々と魔王から黒い矢が放たれる。

 しかし、周りにヤマト帝国の人がいてもお構いなしだ。

 謁見の間にいたヤマト帝国の多数の重臣や家臣、女官達が魔王が放つ何本もの黒い矢に当たって、悲鳴を上げながらバッタリと倒れてしまう。・・・魔王の黒いマスクから見える口元の両方がつり上がり異常な微笑みの形になる。目にも歓喜の色が見える。

 しばらくすると、黒い矢が当たって倒れていた人々が、その矢の暗黒魔法の影響で異形の怪物となって暴れはじめたのだ。

 黒い矢が当たって倒れていた人々が見た目は貝のような口だけの異形の怪物になってしまったのだ。

 何体もの異形の怪物があらわれた、その怪物は人から変化したので大きい。

 その怪物がどんな原理か分からないが、身軽に飛び上がると周りの逃げ惑う人々を頭から食べ始めたのだ。

 大きな口が開いて人を一飲みにするのだ。

 人を食べるとその怪物は一回り大きくなってさらに得物を求めて飛び跳ねる。

 異形の怪物が量産されてしまい見境も無く、暴れ回って謁見の間にいた人々を食べ始めた。

 帝王城の謁見の間は魔王が放った暗黒魔法によって阿鼻叫喚の地獄が現出されている。

 魔王が放つ嫌な気配が唐突に消えたのだ。

 あまりにも多数の暴れ回る異形の怪物ができあがったことには、流石に不味いと思ったのか魔王の奴は謁見の間から転移して逃げたようだ。

 魔王は禍々しい気を放つ真黒な魔石といい、異形の怪物を創り出す魔法といいとんでもないことをしでかす奴だ。

 マスクで顔はよく分からなかったが奴特有の嫌な気配は覚えた。

 今度出会ったら八つ裂きにしてやる。・・・ちょっと過激かな。

 本当に奴が造り出した異形の怪物は鬱陶うっとうしい!

 謁見の間には、魔王が放った暗黒魔法の矢によって出来上がった多数の貝のような異形の怪物だけが残っているのだ。

 奴の暗黒魔法の矢によって誕生した異形の怪物に対抗するように、俺は聖魔法の矢を放つが貝の硬い殻で弾かれてしまう。

 異形の怪物が見境も無く暴れ回る。

 俺は当初の目的のアリサ公爵令嬢救出の為に動こうとする。

 謁見の間には、俺とよく似ているが老けた皇帝が座り、その横には豚皇太子とよく似た面影の太って脂ぎった皇后が震えながら座っていた。・・・二人とも老けたな!皇后もグラマーな体が肥えたビヤダルのようになっている。

 豚皇太子が産まれて皇后の義弟に俺は殺されそうになったが、それ以前は可愛がってもらっていたのであまり敵意は感じないんだな~!

 豚皇太子に続いて二人との回顧だ。

 その皇后の後ろに皇后の着物を掴んだ女の子が見える。

 皇后の二十年近くの前の若い頃に似て美人だ!

 この子は豚皇太子の後から産まれた三女のカサンドラだ。

 豚皇太子が産まれる前には、俺と結婚させようとしていた上の二人の姉も彼女に似て美人なのだろう。・・・なんかもったいない事をした気分だ!

 玉座に座る皇帝と皇后の二人の前には、巨大ワニの黒い魔石で造られた鎖で繋がれたアリサ公爵令嬢が歯を食いしばって立っていた。

 俺もヤシキさんも見つけたアリサ公爵令嬢を助けようと動こうとすると、謁見の間の玉座を守るようにして影が十程沸き上がった。

 いずれも手練れで、一人の影は玉座やアリサ公爵令嬢を守り、その他の影は連携しながら何十もの玉座にむかってくる異形の怪物を葬り去って行く。

 俺達がアリサ公爵令嬢を救出しようと向かうと、影達がうまく連携して助け出させてくれないのだった。

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