第6話【 異世界のトリセツ その一】
「ここが、異世界……」
船が降り立ったのは小高い丘、辺り一面が草原の広大な場所だった。空は青く、心地良い風が吹いている。一見、地球となんら変わらない風景だ。
遠くに建物が見え、その全てがロマネスクからバロックまでの様式を兼ね備えたような代物である。そのせいか、歴史の教科書や映画でお馴染みの中世ヨーロッパを彷彿とさせる。
「よし、全員降りたな」
ディバインがSYMで人数を確認する。
「それじゃ、これから三人組のパーティを組んでもらう」
横並びになった
頭目であるディバインは、列の前に立ち腕を組んでいる。隣には、船内で紹介された副頭のガーロイの姿も。
「組み合わせは、事前にこちらで決めてある。各々、SYMで確認次第パーティで集まってくれ」
ディバインの指示に従い、皆が一斉にこめかみ辺りに触れSYMを装備する。
(あれはいったい、どういう仕組みなんだ? あの左目を覆う小さいホログラムの映像で、組み合わせがわかんのか?)
皆がぞろぞろと動き始めパーティを形成する中、桃也は半信半疑で自身のこめかみに触れてみる。が、もちろんSYMが出現するわけもなく――、
「おい、モタモタすんじゃねぇぞ!」
ガーロイの檄が飛んだ。
「まさかお前、SYMを忘れたわけじゃないだろうな?」
「いや、忘れるも何も。俺、いきなり連れてこられたんで……」
「まだそんなことを言ってるのか貴様は!」
ガーロイのあからさまな敵意に、とりあえず軽く頭を下げる桃也。
その顔は不服そのもので、それを見かねてかキッドが近寄ってくる。
「安心したまえ、キミはぼくと同じパーティだ。心配いらないよ……」
(いや、心配しかないんですけど……)
キッドの言葉には生気がなかった。おそらく、桃也と同じパーティであることに落胆しているのだろう。目をつけられた元凶とパーティを組むことになったわけだから,心中は穏やかではない。さらに、彼の悲劇は続く。
「最悪、まさかアンタたちと組まされるなんて。あのジジイ……」
どうやら、ナンバーズでトリプルだとかいう赤毛の少女も同じパーティらしく、バツが悪そうに近づいて来る。彼女の言う通り、この組み合わせは仕組まれたものなのかもしれない。現に、ディバインはニヤリと笑みを浮かべてその様子を眺めている。
キッドの顔に、益々不安の色が募ったのは言うまでもない。
(性格はさておき、このコは実力者っぽいから頼りになるかもな……)
そんなことを考えながら、桃也はふと不思議に思う。
(それにしても、俺をここに連れてきたコスプレ女はいったいどこにいったんだ……?)
記憶を取り戻したものの、なにもかもが解決したわけではない。むしろ問題は山積みである。とりあえず、ここが異世界で俺が
(まったく、親父と間違えてこんな所まで連れてきやがって……)
桃也はポケットに隠した下着を握り締める。気づかずこんなモノを被っていたなんて、思い出しただけでも顔から火が出そうだ。
連れ去られる瞬間、なにかにすがろうと偶然掴んだ代物が、よりにもよって父親の被っていたパンツだったとは。
(しかし、なんで俺はあんな物を被ってたんだ……?)
「それはね、ボクの仕業だよ」
耳元でそう声がして、思わず身を仰け反らせる桃也。
声の主は小さな女の子だった。小さいというのは、幼いということではない。物理的に小さいのだ。驚くことに、1ℓの牛乳パック程のサイズの女の子が宙に浮いていたのである。
「どうしたんだい?」とキッド。
「いや、どうしたって……これ」
桃也が小さな女の子を指差すも、キッドは〝?〟を頭上に浮かべ首を傾げている。
(まさか、見えてないのか……?)
「その通り。ボクの姿はキミにしか見えないよ」
驚きを隠せない桃也。キッドはその様子を不審そうに見つめている。
「誰だよ、お前……。つーか、なんで俺の心が読めるんだ……?」
怪しまれぬよう小声で話しかける。
「誰って、もう忘れちゃったの?」
「——?」
顔見知りだろうかと、まじまじと小さな女の子を見つめる。
金髪のショートボブに透き通るような白い肌。どこか見覚えのある毛皮のビキニに、獣の耳とフワフワの尻尾。まるで狐のような——、
「お前まさか――コン!?」
「ピンポーン、大正解♪」
言われてみれば、幼い顔にもあの時の面影がある。ダイナマイトなボディは鳴りを潜め、控えめな流線が幼女であると訴えかけている。いや、幼女というよりサイズ的には妖精に近いだろう。
「お前、どうしたんだよその身体。つーか、浮いてるし」
「あれは地球での仮の姿。で、こっちが本当のボクの姿」
「…………」
「うーん、変身って言った方が早いかな。ほら、これで人前に出たら地球人はビックリしちゃうでしょ?」
「なるほど……」
魔法を目の当たりにした桃也にとって、すんなり受け入れられる事象ではあるのかもしれない。が、飲み込むまでにはそれなりに時間が掛かるものだ。
「今までどこに行ってたんだよ」
「体力消耗しちゃってさ、少し休んでた。星間移動はそれなりにエネルギーを使うんだ。見えてなかったかもしれないけど、ずっとトーヤの傍にいたんだよ」
「よくわかんねぇけど、あんなトコに俺を置いてけぼりにしやがって。おかげで散々だったんだぞ」
「あー、ゴメンゴメン」
「謝罪はいいから、早く俺を地球に返してくれ」
「へ?」
「誰のせいでこんなことに巻き込まれちまったと思ってんだよ。連れてこれるっつーことは、帰ることも出来んだろ? ほら、早く」
「あのさぁ、さっきも言ったように星間移動はかなりのエネルギーを消費するの。それに、ソージとの契約内容はトーヤに移されたから、最低でも……そうだな、地球時間でいうところの一ヶ月は帰れないと思うよ」
「はぁ!? そりゃ、どういうことだ!」
思わず声を荒げてしまう。
キッドは目を見開き、赤毛の少女は不信感を露に睨み付けてくる。
「アンタ、なに一人でブツブツ言ってんの? キモ」
彼女が吐き捨てるのも無理はない。なにせ、コンの能力とやらでその姿は見えないのだから。
「おいテメーら、聞いてんのか?」
ディバインが桃也たちを睨みつけて言う。
「まさか、到着早々仲間割れじゃねぇだろうな。怖気づいたなんて寂しいこと言うなよ? 頼りになるトリプルのお嬢さんがいるってのに」
相変わらず、下卑た笑みのディバインとガーロイ。
桃也は気づいていなかったが、とっくに全員がパーティを組み終えており、その数は計五組となっていた。
ディバインはその場にいる全員に向けて続ける。
「いいか、さっきも言ったように我々はこれから王都を目指す。それまでの道のりは、各々パーティごとに行動してくれて構わないが、14時までには王都へ来るよう心掛けてくれ」
桃也たちに向けた嘲笑とは違い、ディバインは一船の長としての振る舞いを披露する。
「道中でなにかあれば、俺に救難信号を送ってくれて構わない。すぐに助けに向かう。いいか、我々はクルーだ。互いに助け合ってこの世界を救おう。以上だ、健闘を祈る」
「助けに向かう――ねぇ」
赤毛の少女は鼻で笑いながら言う。
「〝私たち以外は〟って顔に描いてあるっつの」
「ふん、ぼくがいるからには助けなんて無用だよ」
(クルーって、居酒屋チェーン店のバイト募集の謳い文句じゃねぇんだから。一番信用できねぇやつだな、これ……)
三者三様、それぞれが感想を述べる。
各パーティがぞろぞろと出発していく中、桃也たちのパーティはまだ動かないでいた。
「じゃ、アタシ先行くから」
言うや否や、赤毛の少女がスタスタと歩き出す。
「ちょっと待ちたまえよ、キミ!」
キッドが焦りを隠せない様子で引きとめようとする。
「パーティなんだから一緒に行動しないと。女の子一人じゃ危険だよ!」
「フン、こんなの慣れっこだわ。それに、足手まといとかマジ勘弁。ルーキーのお守はお願いね、蒼眼のキッドさん」
「ちょっ、待ってくれよぉ! 悪かったって! ていうか、せめて名前だけでも教えて——」
赤毛の少女の背中を追いかけ遠ざかっていくキッド。それを目で追いながら途方に暮れる桃也。
「一ヶ月、か……」
ここから無事ターミナルに戻れたとしても、すぐに地球に帰ることは叶わないだろう。肥大化していく不安が、桃也を飲み込もうとする。
いったい、この先になにが待ち受けているのか……。
「いよいよ、異世界生活の始まりだね」
桃也の気持ちを知ってか知らずか、上ずった声で満面の笑みを見せるコン。
桃也はたまらずため息をつく。
「どうしたの? 元気ないじゃん」
「お前、俺の心が読めんだろ? だったら察しろよ……」
なにはともあれ、いよいよ桃也の異世界生活が幕を開けたのであった――。
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