第5話【 魔法VSハクビャク様 】

「止んだか……?」


 チャイムが鳴り止み桃也が呟く。だが次の瞬間、


 ―― ガチャ ガチャ ガチャ ——


 ドアノブが激しい音を立て始めた。


「え、なに? なんなの!?」


 京子が恐怖を感じ後ずさる。あれだけの強さを誇りながらも、霊的なモノは大の苦手だった。


「クソッ、間に合わなかったか……」


 宗司が京子の手を引き、ベランダに出ようとする。

 窓を開けようとするも、戸はうんともすんともいわない。


「ダーリン、早く!」


「わかってるよ、ハニー! ちくしょう! 鍵は開いてんのにビクともしねぇ!」


 そうこうしている間にも、ドアノブはガチャガチャと音を立て続けている。その音は次第に大きくなり、ドアノブの動きもそれに併せて激しさを増す。


「おい、やべぇって! 早く逃げねぇと!」


 桃也が急かすが、窓はいっこうに開く気配がない。


「こうなったら、背に腹は代えられん」

 宗司はそう言って、そばにあった椅子を手に取る。

「大家さん、すまん!」


 椅子を持ち上げ振りかぶったその時、


 ―― バキンッ !!――


 ドアノブの外れる音が、三人の動きをピタリと止めた。取れたドアノブはコロコロと転がり、やがて桃也の足元で止まる。

 三人が静止すること5秒弱、玄関のドアが開かれた。桃也は恐る恐る足元から玄関へ視線を移す。


「……はい?」


 薄闇の中に立っていたのは、茶色い毛皮のビキニを着た美女だった。

 桃也は何度も目を瞬かせる。てっきり筋骨隆々な大男、もしくは白装束に長い黒髪の霊的な女がいるとばかり思っていた。それは京子も同じ。


「ちょっと、誰よあの女」


 当然、こうなる。


「俺を異世界に連れ戻そうとしてる奴だよ」


 筋骨隆々な大男どころか、スレンダーでナイスバディな金髪の色白美女だ。年齢は二十代前半といったところだろうか。

 京子の表情が恐怖から一転、無表情という名の怒りへ変わる。


「ふーん、アレがあんたの浮気相手ね……」


「だから浮気じゃねぇって! 俺を攫った張本人!」


「ひどーい。それ、借金を肩代わりした恩人に言うセリフ?」

 ビキニ女はそう言って部屋へと上がり込んでくる。

「久しぶりだね、ソージ。といっても、だと一瞬か」


 よく見ると、ビキニ女には獣の耳が生えていた。いわゆる獣耳ケモミミというやつか。お尻にも尻尾のようなものが。


 (……狐?)


 桃也が疑問を抱いていると、ビキニ女が目の前にやってきて顔を覗き込んでくる。


「へぇ、キミがソージの息子さんだ」


 笑みを浮かべる美女から目を逸らすも、その先には大きく揺れる乳房が。


「——で、こっちが奥様と」

 

 やんのかコラ? と言わんばかりに、京子は睨みを利かせる。


「わー、こわいこわい」

 言いながらも、ビキニ女は終始ニコニコしている。

「家族水入らずのとこ悪いんだけどさ、迎えに来たよソージ」


「相変わらず、に衣装を合わすのが下手だな、コン」


「そぉ? ボクは気に入ってるけど」

 両手を広げ、自身のボディラインをまじまじと確認する美女――コン。

「それに、こっちのオスたちにウケが良いみたいだしね。ソージみたいなさ」


 京子の睨みの矛先が宗司に移される。宗司は目を合わせないよう、無理やり凛々しい顔を保ちコンを見つめている。 


「無駄話はこのくらいにしてさ、早く帰ろうよソージ」


「嫌だ――と言ったら?」


「うーん、そうだなぁ……」

 顎に手を乗せ思案するコン。

 やがて何かを閃き、桃也に向けて指を鳴らす。

「大事な息子さん、バラバラにしちゃうかも」


 どういうカラクリか。いつのまにか、桃也の体中に切り取り線のような点線が浮かび上がっている。


(なんだよ、これ……)


「さっきから黙って聞いてりゃ、なに言ってんの? この露出狂コスプレ女」

 口を挟んだのは京子だった。今にも殴り掛からんとした怒気を孕んでいる。

「よくわかんないけど、息子に手ェ出したらタダじゃおかないわよ」


「母は強し……だね。こればかりは、どの世界も変わらないか」

 肩を竦めるコン。一転、怜悧な笑みで宗司に問いかける。

「どうする? ソージ。こっちの世界は力の制御が難しいんだ。息子さんだけじゃなく、愛する奥様まで巻き添えになっちゃうかもよ?」


「上等よ、やれるもんならやってみ――」

 京子がコンに詰め寄ろうとうするも、それ以上動くことが出来ない。

「ちょっ、なんなのよ、これッ……!」


「無駄だよ。ボクの魔法はそれなりに強力だから」


(魔法……?)

 桃也は眉根を寄せる。そこで初めて自分も動けないことに気づいた。

(窓が開かなかったのも、コイツの仕業か……)


「やめろ、コン。家族には手を出すな」

 宗司が諫めるように言う。

「いつから、そんなサイコ野郎に成り下がったんだ? 俺たちはバディだろ?」


「どうだろうね。ソージが戻らないのなら、ボクは悪魔にでも魂を売るつもりさ」


「ふん、で契約者ってことか」


「なにそれ、オヤジギャグ?」

 キャハハと声を出して笑うコン。

「で、どうすんの? ソージはこっちじゃただの人間。片やボクはこの通り魔法が使える。勝負はついてると思うけど?」


「そいつはどうかな?」


「——?」


 聞き覚えのある経が、微かに聞こえてくる。

 京子だ。


「シュゲルシュゲルギョギョウノシュリギジュ——」


 京子は目を閉じ、身動きできない身体を僅かに震わせながら、羅美庵教の経を唱えている。困ったときの神頼み――効果は折り紙付きだ。


「へぇ、やるじゃん」


 コンは目を見開いて驚く。

 窓がカタカタと音を立てて震え、金縛り状態だった京子の身体がゆっくりと動き始める。


「ハクビャク様の力……舐めんじゃない……わよッ……!」


「なるほど、ソージが消えたのは奥様の仕業か。地球の魔法も、案外捨てたもんじゃないね」


(おいおい、マジかよ……)


 ここまで突っ立ったままの桃也の金縛りも解ける。いつの間にか、身体中の点線も消えていた。


「悪いけど、ちょっとだけ眠ってもらうわよ」 

 

 肉体の自由を得た京子は、得意の空手をお見舞いしようとコンに向かって駆け出す。


「バカ、よせっ京子!」


「上等、受けて立つ」

 コンは言うな否や、迫る来る京子を迎え撃つ。

「なーんてね♪」


 はずだったのだが、ピースサインを地面に向け「ジェム」と唱えるコン。

 そして次の瞬間、ボンッという小さな爆発音と共に、濃い煙幕が室内に広がる。


「ゴホッ、コホッ。なによこれ」

 京子は煙を払おうとするも、一向に晴れない。

「まずい——」


 空気の流れでコンが移動したのを察知し、手探りで宗司の元へと急ぐ。

 

「もう、手遅れだよーん♪ じゃあね、ばいば~い」


 そして、目が眩むほどの閃光が彼女の視界を覆った。 


「くそっ、あの女狐」

 煙霧の中、人の気配が無くなったのがわかり膝から崩れ落ちる京子。

「ダーリン……」


 煙が徐々に晴れていく。


「ごめんね、桃也」

 京子は背中で息子に語りかける。

「お父さん、また連れ去られ――」


 振り向いた瞬間、京子はそこにいた人物に思わず言葉を失くす。


「……ダ、ダーリン?」


 

 ∞ ∞ ∞



 そして、時は戻り現在——。

 

 桃也は異世界に上陸していた……。

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