第3話【 家族会議 】 

「うあぁぁぁ――――ッ!!」 


 古びたアパートの一室で、桃也の叫び声が木霊した。ついでに腰も抜けた。


 そして、沈黙――。


 ようやく正気を取り戻し、桃也は声を振り絞った。


「な、なにやってんだ、こんなところで……」


 訊きたいことがありすぎて、言葉が渋滞していた。

 日に焼けた筋肉質な身体に、黒々とした短髪に無精髭。女性モノの下着を頭に被った真っ裸の宗司は、未来から派遣されたシュワちゃんよろしく、件のポーズで固まったままだ。


「久しぶりだな、桃也」


( ……なんでそんな凛々しい顔で言えるんだ? そりゃ、三年ぶりに故郷に帰ってきた兵士が息子に見せる表情だぞ? )


「元気そうで、なによりだ」


(いや、だからテメーの頭にあるもん見えてねーのかよ! 全裸だよ!? 全裸ッ!!)


 胸中で怒涛のツッコミを繰り出し、ようやく問いかける桃也。


「……いったい、どこから出てきやがった。つーか、なんつー格好してんだよ」


「まぁ、そう急かすな。それが、久しぶりに会った父親に言うセリフか?」


「当たり前だろ! 急に現れて、しかも全裸なんだぞ!」


「——マジ?」

 宗司は自身の身体からだ—— 特に股間 を見て目を丸くする。

「あ、やべ。……なんか着替えるもんある?」



 ∞ ∞ ∞



「——で、どういうからくりだ?」


 桃也と宗司は座卓を挟んで座っている。

 宗司はジャージに着替えたはずなのだが、


「つーか、なんでまだそんなモン被ってんだよ!」

 

 まだ、女性モノの下着を頭に被ったままだった。


「だから、そう焦んじゃねぇって。それより、その白い仏壇にあるタバコ、取ってくれ」


「ちっ……」


 桃也は祭壇に備えられたタバコを宗司に投げつけた。


「その仏壇、まさか俺のか?」


 タバコに火を点けながら宗司が言う。


「そーだよ、もう死んじまってると思ってた」


 桃也は祭壇について詳しく語らなかった。


「自分の遺影を眺めるってのも不思議な感じだな」


「んなことより、早く説明しろよ」


「まいったな、どこから話せばいいか」


 宗司は大きく煙を吐いて言った。


「とりあえず消えた理由と、どこにいたのか話してもらおうか」


「おいおい、ずいぶん剣のある言い方だな」


「あのなぁ、オメーのせいで母さんは――」


「しかし、うめぇなぁ。やっぱり、タバコはに限るぜ」


「聞いてんのか、おい!」


「わかってるよ。お前らにはずいぶん心配かけたと思ってる」


「…………」


「それで、どこまで知ってんだ?」


 桃也は宗司の失踪について、知っていることを話した。

 だが、京子の現状については語らなかった。


「——なるほど。ま、そう思われても仕方ないわなぁ」


「どういう意味だよ」


「うーん、どこから話せばいいか……」


 宗司が言葉に詰まっていると、


「ただいま~」


 スーパーから京子が帰ってきた。


「タイムセール、シケてたわよ。20%じゃなくてせめて半額にしてくれればいいのに。ていうか桃也、あんたまた玄関の鍵掛けてなかったじゃ――」


 宗司の存在に気づくや否や、長ネギの覗いたビニール袋を落とす京子。

 そして次の瞬間、


「ダ、ダーリン!!」


 一目散に宗司に駆け寄り抱きついた。


「ハニー!!」

 

 宗司もきつく抱きしめ返す。そして、ひとり取り残される桃也。

 長い抱擁の間、桃也は無我の境地で二人が離れるのを待つ。


 宗司と京子、この二人は〝超〟がつくほどのおしどり夫婦だった。そのアツアツっぷりは、桃也はもちろんご近所様も目を背けたくなるほど。年の差夫婦であり、宗司は京子より九つも年上だった。まだ高校生だった京子を宗司が海でナンパしたのがキッカケで、僅か半年の交際期間を経てゴールイン。その年に桃也が生まれた。


「ストーップ!!」

 二人がそのままキスをしそうになり、桃也は慌てて止めに入った。

「そういうのは、子供のいない所でしてほしいんですけども!」


「なんだよ、せっかくの愛妻との再会だってのに」


「そーよ。あんたももっと喜びなさいよ」


「いや、冷静になって考えてみろよ。半年間音信不通で死んだと思ってたら、いきなり現れて頭にパンツ被ってんだぜ?」


「…………」


 にこやかな表情を崩さないまま、宗司をじっと見つめる京子。

 

「恥ずかしながら、帰って参りました……」


 沈黙に耐えかねたのか、頭のパンツを脱ぎ恐縮する宗司。


「そういえば、大借金を抱えた挙句、若い女と蒸発したって聞いたわね」

 冷静さを取り戻した京子は、笑みを湛えたまま核心に迫る。

「——で、そのパンツは誰のなのかしら?」


 京子から醸し出される殺意のオーラが、宗司を委縮させる。いつの間にか彼の背筋はピンと伸びていた。

 京子は空手の有段者だった。それも、高校時代に全国大会で三連覇を成し遂げた猛者である。しかも空手を始めたのは高校生からで、一年生で全国大会を優勝した際には〝白帯の怪物〟と恐れられた。要するに、のである。


「あ、あの、ええと、これはですね……話せば長くなるんですが——」


「簡潔に。それと、返答次第じゃ……わかってるわよね?」


 シャロンストーンも真っ青の氷の微笑を浮かべる京子。その額には、しっかりと青筋が立っている。


「お、驚かないで聞いてくれよ……」


 宗司は怯えながらも、意を決して口を開く。


「俺はな、異世界に飛ばされちまってたんだ!!」

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