パンツはおやつに入りますか? ~片道切符の異世界渡航~
侘助
プロローグ
遠くから爆発音が聞こえる。刃を交える音、敵か味方かわからぬ断末魔。それらの喧騒が徐々に大きくなってくる。
女王は顔色を変えることなく窓の外を眺めていた。眼下では、自軍の兵士たちが敵軍に侵攻されていく様子が見える。真夜中であるにも関わらずその様子がはっきりと見て取れるのは、城内の至る所で炎が舞い上がっているからだ。
「もはや、投降するしかあるまい!」
一人の老兵が、石机を叩きながら立ち上がった。
室内には、六人の男たちが石机を囲んでいる。彼らは皆、女王の側近部隊であり精鋭である。
「なにを世迷言を! それでは敵の思う壺! 城が落ちるということは、世界の破滅を意味しますぞ!」
意義を唱え、席を立ったのは若い兵士だった。
「では、どうするというのじゃ! 投降し、せめて女王様の命だけでも——」
「そんなことで、敵が矛を収めるとお思いか!」
老兵と若い兵士の口論が激しさを増す中、背を向けていた女王が石机の六人に向き直る。
「二人とも、おやめなさい」
「「——はっ!」」
二人は声を合わせて姿勢を正す。
女王はまだ年端もいかぬ少女だった。十七、八くらいだろうか。先代の王が病に倒れてから、王座についてまだ日が浅い。にもかかわらず、未曾有の危機にも動じることなく凛とした姿勢を保っている。
しばしの沈黙の後、女王は口を開いた。
「世界の終焉は何としても免れなければなりません。しかし、それは敵を殲滅するということ。現状、我々の兵力ではそれは叶わぬでしょう」
「ですから、我々の命を持って王家の血を——」
「なりません」
老兵の言葉を遮ったのは、女王の力強い一言だった。
「王とは、民を導き正しき世界を創る者。私は亡き父からそう教わってきました。王だけが生き長らえたとして何が残りましょうか」
「では、どうなさると」
若い兵士が先を急ぐ。
「私が、この身をもって民を救います」
「なりませぬ!」
老兵は声を荒げた。
「そのようなことは、民も我々も望んではおりませぬ」
「いかにも!」
「女王様あっての我々なのです!」
「そうだそうだ!!」
老兵の言葉に、他の兵士たちも次々に声を上げる。
やがて、女王は厳かに口を開いた。
「私が望むのは、民やあなたたちの命。それに比べたら、国や家柄などどうでもよいのです。導く者が王家である必要もありません。いずれ相応しき人物が救世主となり、必ずや民に幸福をもたらしてくれることでしょう」
「女王様……」
老兵が目に涙を浮かべ呟く。
「よもや、このような事になろうとは……。天国のお父上にどう顔向けしたらよいか……」
女王がまだ幼かった頃、その記憶が鮮明に蘇ってきて、老兵の目に涙が溢れる。
「わかってるわ。でも、もう決めたことなの」
女王の口調は、遥か昔のそれに戻っていた。
「今までありがとう爺や。私は、女王失格ね」
「お待ちくだされ!」
老兵が歩みを進める女王を引き留めようとする。
「せめてわたくしも一緒に! 老い先短い故、せめて女王様の傍で——」
「なりません。あなたには生まれたばかりの孫が、家族が——」
その時だった。
「女王様!!」
一人の兵士が、息を切らし部屋に飛び込んできた。
「もう、城はもちません! 敵はすぐそこまで来ています! ご決断を!!」
「決断なら、もうとうにできています」
勇ましい女王の声は、少しだけ震えていた。
「女王様!!」
たまらず老兵が叫ぶ。
「——待ちな」
女王の足を止めたのは、聞き慣れない男の声だった。
部屋の隅、暗闇の中から姿を現した男は、腕を組み涼しげな表情を浮かべていた。
「誰だ貴様!」
「いつからそこに!?」
「まさか——敵!!」
途端に兵士たちに緊張が走る。
「勘違いしないでくれよ。俺は敵じゃねぇ。あんたらの味方だ」
「味方じゃと?」と老兵。
「ああ。言ってみりゃ、救世主みたいなもんさ」
「救世主……」
女王はそう呟き、男をまじまじと見た。
年齢は40前後といったところか、男の服装はこの世界には似つかわしくないものだ。どこか、別世界から来たような趣がある。
「時は一刻を争うってんだろ? いいか、手短に話すからよく聞け」
男はそう言って女王に向き直る。
「俺があんたらの敵をぶっ殺してこの世界を救ってやる。ただし女王、あんたが俺の要求を呑んでくれればればの話だ」
「貴様、口の利き方に気をつけろ!」
「どこの馬の骨かわからん奴に、何が出来るというのだ!」
兵士たちが矢継ぎ早に男に罵声を浴びせる。しかし、女王が腕を上げそれを制する。
「いいでしょう、なんなりと申してみよ。金銀財宝か、それとも領土か女か――」
「そんな大層なモンじゃねぇよ」
「?」
「俺の願いはただ一つ……」
男は跪き、女王の手を取って言った。
「女王様、どうか――あなたのパンツを食べさせください」
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