城ヶ崎さんは奪いたい

朝の清流

プロローグ

 黒髪長髪のクールビューティー。

 謎多き美少女。

 ハイエナ。


 城ヶ崎冷夏は、様々な呼び方をされている。

 誰もが認める学校一の美貌の持ち主であり、その圧倒的な存在感が起因してか、親しい友人はいないらしい。

 ほぼ一人歩き状態の噂によると、城ヶ崎冷夏は社長令嬢である。略奪愛大好きで、実は暴力的。他にもエンコウしている……などの、金持ち設定と矛盾している、根拠のカケラも感じられないものも数多い。しかしその殆どが、女子たちの悪口会議の途中で産み落とされたもののようだ。

 そういった噂の中心部にいる、俺の彼女が言っているのだから、真偽が不確かなことは間違いはないだろう。

 でも実際は–––


「だからさ〜仲良くなるためにも明日、城ヶ崎さんとお昼でも食べてみようかなーって思って。でもどうやって誘えばいいかな、直哉?」


 四月二十七日、放課後。

 俺は茶髪ミディアムロングヘアの陽気な彼女と、いつものように下校中。

 話の筋を聞き逃したので、誤魔化すように問いかける。


「……ん? なんだって?」

「えっ⁉︎ はなし聞いてた……よね?」

「いや、その……聞いて、なかった。ごめん」


 部のマネージャーから、いつの間にかガールフレンドになっていた愛上美穂は、軽く頭を下げた俺の目の前に立つと、頬をプンプンと膨らます。

 ちなみに交際期間は、一昨日で五ヶ月になった……らしい。毎月欠かさず「〜ヶ月目だね!」と題されたショートメールが届くので、俺はいつも、その時に知る。いい加減、覚えたい気持ちもあるが、今は色々と心の余裕がない。

 でも優しい美穂は、そんな俺の状況を理解してくれている。 


「もー、しょうがないなー。でも次はお腹グーパンチだからね?」

「それくらいなら、助かっ……ぐ。な、なんで、もう、殴るんだ?」

「直哉が反省してないからでーす! いひひっ」


 悪戯な笑みを浮かべ、上目遣いを披露した美穂。

 なんとなく撫でたくなるその頭に、俺はそっと手を乗せる。

 

「いや、ホントにごめんな」

「ううん。別にいいよ。だって直哉だもん」

「それ、どう言う意味?」

「そのまんまの意味だよー! んじゃ、帰ろっか!」

「……? あぁ、そうするか」


 俺の右腕にしがみつき、ニコニコしている美穂は、普通に可愛いと思う。

 だから俺は、告白された時、美穂の彼氏になることを選んだのだろう。

 一緒にいるだけで、明るい気持ちになれるから–––


『菊地直哉くん。私と浮気、してみたくない?』

 

 だからこそ俺は……城ヶ崎の誘いを断った。

 

 左手首の印が消えるまでは、あと、どれくらいだろうか?

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