140話 リレー

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 応援合戦というより団体ダンスといった方がしっくりくる応援合戦、しかもそれを観戦席にいる採点対象のおじさんに向けてやるのだから、全くもって意味がわからない。


 上級生のダンスを完コピして同級生に披露するという公開処刑の様な事をしたなぁと、数週間前の思い出に浸りながら染み付いたダンスを体で再生する。音楽が鳴ると自然と踊る便利な体だ。


 しかしながらそうでない武田は少々引き攣った笑顔で、必死になって踊っていた。本番もそうだった。


 何が基準かわからない採点をされて、私達は次の軍のダンスを見る。カジュアルかポップかスタイリッシュか、曲選びや振り付けで団長もしくは応援リーダーの趣味がわかるのは面白かった。


 全軍の応援ダンスが終わって休憩を挟んだ後、私達はもう一度グラウンド中央に集まった。


 次のプログラムは軍対抗リレー(一年生の部)である。


 そう。私がアンカーを務め、武田の成長が垣間見える競技である。






「位置について。よーい、どんっ!!」


 ピストルが鳴り響き、いよいよもってリレーが始まった。


 トップランナーを買って出た我がクラス唯一の陸上部、犬川さんの走りは流石の一言で、先頭に立つや否や、2位との差を1歩2歩と広げていき、バトンを繋いだ。


 トップランナーだからそこそこ強敵揃いで、同時スタートでこれだけの差を作るのは、彼女の実力以外の何物でもない。彼女曰く、走るのは苦手で高跳びが専門とのこと。


「早えー」

「ハエ?」

「は?」

「ゴミ虫が」

「自己紹介ありがと」


 アンカーの私と、私にバトンを渡す武田はスタート位置が逆だけど、お互い待機列の最後尾であり、真後ろに座っているので、声が容易に届く。声援や放送委員のぐだぐだ実況で掻き消されてるから、心置きなく口喧嘩できる。


 そう言ってる間にセカンドランナーがバトンを繋ぎ、ヘトヘトになってグラウンドに座り込む。犬川さんも待機してる友人と喋っていて、次のランナーがトラックに足を踏み入れ、待機列が1人分前進する。


 罵り合ってはいるものの、近寄ったり大声出して話したくはないので、お互い間を詰める様に一歩進む。なので距離が空く。


 何か言うなら今しかないと思って、私は口を開く。


「………………頑張れよ」

「…………言われなくたって」


 5番目の走者に選ばれた柳生田君が走り出した。めちゃくちゃ可愛いその走りに、不思議と目を奪われる事はなく、私は淡々と思い出していた。


 私が足を止めた時の事を。


 スポーツを辞めた時の事を。


 後悔と自責の念を。


 あの子は今頃どうしてるのだろう。当然同じ高校を選ばなかったから、あれっきり話していないから、どこの高校に通っているのかすら私はわからないけど。


 まだバスケをしているのか。もう辞めてしまったのか。また別の道を歩いているのか。


 既に縁を切ったからといって突き放すほど、私は薄情ではないつもりだが、それを知ったからと言って、私の行動が変わることは一切ないだろう。


「………………………………」


 よくある世間話にもならない下らない話題に「過去と未来のどちらに行きたいか話」で、私は行きたくないと即答する。


 今の私がいるのは、過去の色々な出来事を経た結果であり、些細な事で変わってしまうかもしれない。例えばバスケ部に入らないとか、違う幼稚園に通っていたとか。


 同様に未来も、今現在の些細な出来事で変化してしまう。その上、一度未来を見てしまうと、確定してしまう系タイムトラベルなら、どんな未来であっても見たくはない。


 確定するなら過去も変わらないと思うけど、あくまでも「行けるなら」の話。


 現状に満足しているか問われれば、満足していない。不満はある。今も、龍斗君の走りを見逃して後悔しているが。


 でもそれを解消するための手段として、因果まで変える必要はない。


「砂流。間詰めたら」

「あぁごめん。ボーッとしてた」


 早くもリレーは後半に差し掛かり、半数の選手が役目を終えており、待機列を詰めなかった私に、巳扇さんが適当に促す。


 言い忘れていたが、トップランナーとアンカーは半周ではなく一周だ。私にとっては別に変わらない。ひたすら走るだけ。


 踠き苦しみ、己の欲を満たすため貪欲に、ただひたすら走るだけだ。


「最後任せたよ」

「………あぁ……任されるよ」


 偶然も成り行きも、私を構成する要素の一つだ。逃げる気は無い。


 とは言え一位をキープしているリレーでは、全力で逃げるつもりだ。


 考え事をしてる間にもう待機列は見る影もなく、待機しているのは私達のアンカー組と、アンカーにバトンを渡す武田達と、それにバトンを渡す巳扇さん達、あとはその前に一組なので、後半どころか終盤戦である。


「……………………………」


 今、待機列の先頭にいた走者がバトンを渡されトラックを抜けると、巳扇さんは流れていく選手を目で追いながら、手首や足首、膝関節などをほぐすストレッチをして、ついでに凝った首を曲げて、パキパキと音を鳴らす。そうしている間にもうバトンは繋がれ、そこそこ足に自信があるクラスメイトが走り出す。


 改めて思うが良い体している。えっちな意味ではなくスポーツマンとして。


 武田の様な必要最低限の筋肉と駄肉では構成されていない、無駄のないボディ。腹筋が割れてても違和感ない。


「っ!!」


 スピードを殺さぬ様に走り出しながらバトンを受け取って、完全な後ろ向きで手渡された巳扇さんの走りは、陸上部と引けを取らない走りで、フォームが美しかった。海鷺さんとはまた違う美しさだった。


 一位抜けではあったが相手も手強く、引き剥がす事はできそうにない。


 だが今までの引き離したリードは維持して、まるでその2人だけ動いてない様な錯覚に陥るほど、差が開く事も縮まる事もなかった。


 コーナーを曲がり、最後の直線の先、手を伸ばすのは武田だ。


「頑張れー!!」

「負けるなー!!」


 どの軍の人が誰に向けてかわからない声援を受け取り、あっという間に私らの順番が来た。


 全員の視線が集まる中、いよいよ武田の手にバトンが渡った。


「………………………」


 バトンパスは上手く行った。


 しかし武田の走りは酷かった。乱れ崩れたフォームで速度が出る訳がなく、言うなれば「がむしゃら」と言った走りだった。


 なんで彼(彼女)を終盤に選出したのだと、誰もが苦言を呈したくなる様な走りだった。


 言ってしまえば遅かった。


「…………………………」


 でも、私はその走りに、矢に突き刺されたような、嫉妬と憧れの痛みを覚えた。


 彼は変わった。


 もちろん練習の成果でマシになったという意味でもあるが、私が痛みを覚えたのは別の場所。


 女装して、自分自身を変えようとしている。


 そして変わっている。


「……………カッコつけやがって……」


 好きな人の好きな人に成る為に。


 あれだけあったリードも短くなり、私の順番が来る頃には、2位になってしまうだろう。


 横に並ぶのはいかにも速そうな連中だが、あいつばかりカッコつけさせ主役にさせるのは、気に食わない。多少は真面目にやろう。


 体を前に向けて、助走を始めようとした時。


 足を引っ張られる様な感覚が、振り向かされる様な直感が、小さな悲鳴が、私の足を止めた。


『っ!!……ぃ。、。。』


 転んだ。


 足がもつれたのか、武田は勢いよく転んだ。


 咄嗟に手を着き、顔から地面に着く事はなかったが、掌や白い膝からは赤い血がダラダラと垂れていて、グラウンドの小石や砂が、それを彩っている。


「武田っ!!」


 私は思わず叫び、気が動転して逆走し、彼の元へ駆け寄った。近くで見るとより痛々しい。


 小刻みに震えている。脂汗が酷い。血が止まらない。


 目の前の出来事が受け入れられず軽いパニックに陥り、力がうまく入らない手で、彼の肩を掴んだ。


「大丈夫か!?すぐに…」


 大丈夫じゃないのは一目瞭然だった。大丈夫なわけがない。大丈夫であるはずが無い。


 それでも言葉を失ったのは、彼がからだ。


 私を馬鹿にする時の様に。


 痛みを堪える様に。


 クラスメイトに振りまく様に。


 泣きじゃくる私を宥めた時の様に。


「バレんぞ……さっさと走れ」

「…………………武田………」


 当然ではあるが、その場にいた全員が私達に目線を送っていた。私の声や表情は、全く取り繕えていなかった。


「……………………………」


 唇を浅く噛み、胸の前に差し出されたバトンを、ひったくる様に受け取り、私は立ち上がって走り出した。


 適当に走ろうと思ったのに。走ってくれると思ったのに。


 頑張った雰囲気だけ出して、注目も集めず恨みも買わずに、甘い汁だけ啜って、適度に適当に、そう走ると思ったのに、お前はそういう人間だと思ったのに。お前もそういう人間だと思ったのに。


 これじゃあ頑張らずにいられないじゃん。


「………………クソったれ……」


 歯を噛み締め、数年ぶりに全力で走った。


 心地いい風なんて感じず、あるのは足裏の焼ける様な感覚と、肺に流れる焼けた空気の気持ち悪さのみ。


 足がちぎれる程走り抜いた結果、何とかビリは免れた。


 しかしテイクオーバーゾーンと言われる、バトンパスを行うべき範囲の外で、私はバトンを受け取ったので失格となった。


 抗議の声があったらしいが、私はそんな事などどうでもよくて、走り疲れていながら審査員テント脇の出張保健室に走った。

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