138話 体育祭

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 振り返り休日があるとは言え、土曜日に学校は行きたくないものだ。例えそれが授業ではなく学校行事だったとしても。


 待ちに待った人は少数で、大半は嫌々参加しているであろう体育祭。かくいう私も大して乗り気ではなく、冷房効いた部屋でアイス食いてえとか、日焼けしたら嫌だなぐらいの感想を抱きながら、校長の話と選手宣誓をボケーっと聞いてる真っ最中である。


 我が校の体育祭は赤軍、青軍、黄軍、緑軍の4色派閥へと分けられ、1年3組は青軍へ分けられた。


 どんな意図を含んでいるのか知らないが、体育祭は軍ごとに「パネル」と言われる巨大なキャンバスに描かれた絵があり、掲げるシンボルに動物やら人やらを描いている。今年の青軍のシンボルはホワイトタイガーらしい。


 絵描きの端くれとしてはまぁまぁな出来だと思いつつ、しかしこんな大きな絵を描く苦労を込みすると、凄いのかもしれない、と思う。私も3年生になったらやるのかも知れないが。


「最初の競技は、100m走です。各軍の選手は、グラウンド中央に集まってください」


 準備運動であるラジオ体操を終えて、放送部の緊張した声色のアナウスを聴き、手元のプログラムで自分が出る種目をもう一度確認する。100m走には選手としても実行委員としても出ない。一年生枠は柳生田君が立候補してくれた。


 そんなこんなでヌルッと始まった体育祭、特に目標も熱意もない私は、実行委員だからと強制的に手伝わされた軍別体育祭用長ベンチ(ステンレス製なのでめちゃくちゃ熱い)の自分に割り振られた場所に腰掛け、スポーツドリンクで喉を潤す。


 実行委員の主な仕事は準備と片付けであり、種目やスローガンと言ったものは上級生が勝手に決めるので、私ら下級生の仕事は今座ってるベンチの組み立て解体や、後で使う綱引きや玉入れといった種目の道具の用意と片付けである。


 つまり暇である。


「体育祭つまんな」

「いや始まったばっかじゃん」


 隣の席に座る龍斗君にそんな事を言われつつも、本人もつまらなそうにしている。太陽は僕の敵だと言わんばかりにタオルを頭から垂らし、日傘がわりにしている。


 もう夏は終わったと思っていたが、炎天下と言って差し支えない晴天の下では、元体育会系の私でも辛い。


「位置について、よーい、どん!!」


 実行委員の間で取り合いになり、じゃんけんで優勝した上級生が、スタート合図のピストルを鳴らすと、スパンキングをしたような音が響き渡り、100m走がスタートし、いよいよ持って体育祭が始まった。


 我が青軍のランナーを横目で追いながらも、大して興味ないから暇つぶしの雑談に花を咲かせながら、たまーに応援団長の指示で応援をしながら、時間を潰している間に、100m走も後半に差し掛かる。


「え、海鷺さん?」

「うん。100m走出てるよ」


 出場選手はある程度把握していたつもりだったが、彼女が出るなんて知らなかった。


 そう言ってる間にスタートの合図が鳴り響き、クラウチングの姿勢から一気に走り出す。


「はっや」


 いとこでも驚くほどの速さで走り出し、誰の追撃も許さぬままゴールテープを奪い取り、軍の得点に貢献した。


 驚くべき事は速さだけではなく姿勢だった。


「………きれー」


 美貌的なニュアンスではなく(美人ではあるが)走っている時のフォームが、とてつもなく綺麗だった。重心の使い方や四肢をフル活用し、軸のぶれない走り方は、陸上部のそれだ。


「やば」


 語彙力がなくなるほど度肝を抜かれ、私たち以外にもその走り姿に驚き、あるいは揺れる乳房に鼻の下を伸ばす輩がいた。


「しまった次準備しないといけないわー。ちょい抜けるねー」

「あー、いってらっしゃい」


 お見送りをもらいベンチから降りると真っ先に、鼻の下を伸ばしていた人に近づき、


「仕事だ変態」

「わかってるわ叩くな」


 頭を引っ叩き目を覚まさせる。無論武田だ。


 次のプログラムである玉入れには参加しないが、実行委員として参加する。すなわち私たちの仕事である。


「あの走り見たか?」

「当たり前だろ。俺でなきゃ見逃しちゃうね」

「あれで部活入ってないなんて勿体なさすぎる」

「人には人の事情ってもんがあるんだろう」

「まぁなー」


 似たような事情を抱えてる私達には耳の痛い話だ。


「…………………あれだけ走りが上手い人に、走りで惚れさせるなんて無理だろ」

「………頑張っちゃったんだから仕方ねぇだろ」

「仕方ない相手が悪かった高嶺の花だったんだよ諦めろ」

「励ますな惨めになる」


 こんなんで折れる奴じゃないか。


「それより玉入れってさ…………えっちだよな」

「そんな話題になるんだったら話題変えんな」

玉々たまたまが、入ってんだよ?」

「うーんこの脳みそ腐ってる」

「そう思うと騎馬戦もえっちだ。馬に跨り合って合戦するんだから………うん、えっちだ」

「そこまで行くともう脱帽だよ」

「綱引き……」

「もう黙れ」


 そんな有意義な《下らない》会話をしていると、


「お二人とも頑張って下さい」

「海鷺さんこそお疲れ様。すごい走りだったよ!驚いちゃった」


 100m走の選手が解散され、海鷺さんと鉢合わせた。妄想で反応が遅れた私を見捨てて、武田は海鷺さんと話始める。


「ありがとうございます。私もお二人の活躍、期待してます!」

「うん頑張る。応援よろしくね」

「じゃまた後で」


 次のプログラムアナウンスを合図に雑談を切り上げ、グラウンド中央に向かう。


「高嶺の花」

「うるせ」


 上級生の指示で玉入れの玉をばら撒き(意味深)、三年生の実行委員が玉を入れるカゴが付いた柱を設置する。


「お前に惚れるなら、俺もワンチャンあるわ」

「どうだかね」


 残念ながら私の顔面偏差値はそこそこあるし、服のセンスは負けてるが身嗜みも整えて、何よりトークスキルも磨いているから、私の方が軍配が上がっていると思うが。


 そんな感じで体育祭は進み、綱引きは自軍の先輩とちょっと体が触れては興奮し、騎馬戦では手を絡め合ったり自分の腕の上にイチモツが乗ったりと、「体育祭最高!!」と言った具合に進んだ。


 終始、武田の目線は冷たかったが、そんなのは気にならなかった。

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