108話 次も

 ♤


 あれから飲んでいたのが酒ではなく水と気づいた鳳さんは、三杯ほどサワーを飲んでベロベロになった挙句、ラストオーダーに丼物とラーメンを人数分頼みだし、半ば強制的に食べさせられた。本人曰く食べたかったけど三人前はきちぃから。


「あ"ぅ………………吐きそう……」


「自業自得です」


 帰り道も酷いもので、立つこともままならないフラフラの鳳さんの両肩を、俺と砂流で担ぎ、何度もコケそうになって何度も吐く宣言をし、なんとか自宅前まで連行した。


 俺は鳳さんの自宅にお邪魔したことはないが、砂流は以前一度だけ行ったことがあり、しかし、うろ覚えなので、鳳さんの携帯を指紋認証で解いて、マップに「自宅」と表示されてるところまで引きずるように連れてったわけだ。


 まぁ、そんな状態では会計など任せることもできるはずがなく、奢る宣言をした彼女の代わりに、今回はコミケの売り上げから出した。砂流が看病を申し出たせいで俺はパシられたわけだが。


 レジの会計に行くと、顔見知りが立っていた。


「今日はよく会うね〜」


「同じ店に来てるんだから当然ですよ」


「もしかして武田くんが払うの?男でもそこの見栄は貼る必要ないと思うけど……」


「心配しなくてもいいっすよ。経費なんで」


「あはは。それはいいね」


「猪野元さんもでしょ?」


「もちろん」


 経費しか勝たんな。


 レシートか領収書が、はたまた両方か。紙切れを受け取り財布を閉じると、


「じゃ、お先失礼するよ」


 と言って店を出てった。


 外の景色には先程クガと呼ばれていた男性がいて、「おっせぇよ」と悪態をついていた。そしてその隣には、多分見間違いだと思うが、俺のよく知る人がいた気がする。


 その後は鳳さんの自宅マンションに到着し、「何号室ですか?」と聞くと毎度違う番号を言う、鳳さんの酔っ払い発言に惑わされながら、なんとか部屋を特定して、持ち物を漁って鍵を見つけ、ズカズカと部屋に入ってはベッドへ横たわらせる。


 まぁ、紳士な俺は部屋には入らず、砂流一人に彼女を任せ、部屋の外で待っていたので、真実は砂流しか知らないのだが。本当は地べたに寝かせたのかもしれないが、あいつに限ってそれはないだろ。


「なんか疲れた…………」


「それな…………」


 打ち上げなのに無駄に疲れた俺たちは、帰り道が似たり寄ったりだったので、のんびり歩きながら夜道を歩いていた。


 本当は横に並んでいるとスリップダメージを受ける俺だが、今は夜でここは夜道。女の子が一人で出歩くにはいささか危険すぎるのだ。砂流は素手で対抗出来るかもしれないけど、華奢な女子みたいな俺は軽々持ち上げられ、黒塗りのワゴン車に打ち込むことは容易に想像できるのだ。こいつをボディーガードにつけといて損はないはず。


 夜道が危険なのは俺の方とだけわかっていただきたい。


「………いつもあんなんなの?」


「いいや。毎回打ち上げはしないし、あってもカラオケに行くぐらいぞ」


「ふーん。鳳さん酒弱いん知ってたん?」


「全く」


 だろうな。だとしたら俺が鳥豪族を提案したら否定するよな。


 酒が弱い上に悪酔いで、酒好きとか、まあまあテロやぞ。


「……………次は完売してもカラオケな」


 センスないとか言われるんなら、高校生らしくカラオケとか無難なとこ行けばいい。いや、カラオケもアルコールは売ってるから、完璧じゃないんだけど。


 なんにせよもう鳳さんデリバリーはしたくない。届けたらかなり遠回りになるから、帰るのも時間かかるし。


「…………………………………」


「…………………何?」


「あ、いや。…………………次も考えてんだなーって思って」


「………………………っ!!!!!!?」


「しかも完売とか、………嬉しいこと言ってくれるじゃぁないですか。もしかして酔ってます?」


「殺意湧いてます」


 ムッコロ案件。どこかに鉄パイプ落ちてないかしら。野郎ぶっ殺してやる!


「まぁ次もやるつもりだよ、私は。たしかに抽選で落ちるかもだから絶対とはいえないけど、毎回全力で描くし、何があっても手は抜かない」


「そうですか」


「…………何その反応」


「モチベーションが一年続くとは思えないんでねぇ」


「冬コミあるしぃ!!」


 半年でもモチベーションが続く気がしないのですが。


「……………進捗ヤバかったらまた呼ぶわ」


「……………ヤバくなる気しかしねぇ」


「逆にコスプレってどのくらいで仕上がんの?」


「毎日コツコツやってるんで、徹夜とかしませーん」


「よし。じゃあヤバくなくても呼ぶか」


「よし。じゃあエグい絵見なくて済むよう、紙に黒インク垂らすか」


「それはやっちゃいけない」


「………マジレスすんじゃねぇ」


 なんだその顔。神妙な顔すんじゃねぇこっち見んなぁ!


 そんな戯事をほざき散らかしていると、いつの間にか駅に到着していた。


 改札を抜けホームで電車が来るのを待っていると、右ポケットに入れてあるスマホが振動した。着信だ。


「「……………………………………」」


 なぜ同時に目線がぶつかったのかと言えば、ショルダーバックに入っているであろう、砂流のスマホにも同時に着信があったから。


 つまり今来た着信は、2人が入ってるグループラインだということで、おそらくあのグループだということ。


「………………誰から?」


「海鷺さん」


「なんて?」


「……………暑中お見舞い申し上げます。龍斗も私も苦手な猛暑が続いていますが、お二人はお元気でいらっしゃいますか。私は、相変わr」


「要点をまとめて」


「お前殺すぞ海鷺さんが丁寧な挨拶してくれてるのになんだその態度ムッコロs」


「電車来てんの!!」


 見ると電車が来ていた。車内で声を出すのはマナー違反だし、やるつもりは全くないけどさ、砂流さんよ、ご自分でスマホ見たらええじゃないんですか?ねぇ?


 身に余る有り難い言葉を恐縮ながら読み飛ばさせていただいて、抜粋して読む。そして電車に乗り込む直前に画面を砂流の方に向け、


「来週夏祭りがあるから、そのご案内とお誘いぞ」


 と説明する。


『イヤッホォォォォウッ!!!!』


 バックから秒でスマホを取り出してタイピング。


 電車の中で叫ぶのはマナー違反だからと言っても、ラインのグループ内で奇声を上げるのは、マナーどうこうの話じゃなくて、人間としてどうこうの話になりますよ。砂流さん。


 と言いつつも、スマホの中に入ってる「やったー」とか、喜びを表現するスタンプを片っ端から送る俺も、人のこと言えないのか。

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