42話 サービスシーン(需要皆無)

 ♤


「ばたんきゅー」


 お邪魔ぷよが背後にのしかかっているのか、いつもの倍ぐらいの体重に押し負けて、俺の体はベットに吸い込まれるように倒れた。


「…………はぁ……」


 今日は疲れた。


 どうやら俺たちはとんでもない誤解をしていたらしい。その上妙な詮索をして大はしゃぎし、ストーカーめいた事をしていたわけだ。恥ずかしいを通り越して恥ずかしい。


 しかしでも、2人も初登場時にいとこ同士だと言って欲しかった。そうすればわざわざ旧校舎の階段で、1人悲しく絶望に浸ることは無かったのに。


 まぁ、思わぬ収穫もあったし、2人が付き合っていないことも分かり、親戚であることもわかったから、これは怪我の功名か。


「……………とりあえず連絡するかな……」


 机の上に置いてあるスマホを手に取り、ロックを解除する。LINEを開いて、


「白」


 それだけ打つ。これだけであいつには伝わる筈だ。


 このまま夢の世界に入りたいのだが、そうともいかない。まだメイクを落としていないから、もし万が一、仕事から帰ってきた家族に出会したらマジでヤバい。


 メイク落としのシートを使ってもいいが、拭くのすらめんどくさい。風呂で疲れと一緒に落とそう。


 お邪魔ぷよをどかして、のそのそとナマケモノのようなスローペースで階段を降り、リビングにある給湯機の電源を入れる。


 湯船が張られるでの時間は、風呂場でメイク落としと保湿をするのが定番だ。


 少ししか溜まっていない風呂から湯を組み上げ、洗面器に流し込み、慣れた手つきで落としていく。


 元々俺は、中世的な淡白フェイスだから、そこまで厚化粧しなくてもいいのだが、これは自己催眠みたいなものだと思う。最近はヒゲもチョロチョロっと生えてきたから、脱毛とかもした方がいいのかもしれない。


 そのままボディソープを泡だてていると、何となく今日の会話を思い出し、ひとまず整理した方がいいと思い、人差し指で曇った鏡に字を書いた。


 ・2人とも白

 ・そしていとこ同士

 ・海鷺さんの笑顔は国宝

 ・喫茶店の店員さん美人だったなぁ


 いかんいかん。つい欲望に負けて関係ないことも書いてしまった。俺ストレス溜まってるのか?明日も体育あるし、その時に発散できたらしますかね。


 鏡にお湯をぶっかけ文字を消し、メリットをツープッシュ。


 小さい頃から女性物のシャンプーやボディソープを使っていたから、親も不審に思わないのだが、この髪の毛は例外だ。


 親父は「男は短髪」と思ってるらしい。俺のコレも良くは思ってないだろう。


 俺が小さい頃に、親父の運転を助手席で見ていると、歩道をちんたら歩いていたパイナップルみたいな髪型にしていた若者を見て「バリカン携帯しようかな…………」と呟いた時は、我が父親ながら変人だと思った。俺もパイナップルヘアーはセンスないと思うが。


 それでも、ウチは一般家庭ではない。


 我が家では夕飯が個々人になることが多い。両親共に多忙な日々で、仕事の帰りが日を跨ぐ時のは珍しくない。ほとんど帰ってこないし、帰ってきても休日は寝ている。


 そう思うと、俺がこうしてひん曲がった青春を送ろうと女装しているのは、そういった原因があるのかもしれない。


 中学の反抗期でも、八つ当たりする親が不在で反抗らしい反抗はしてこなかった。そのツケが回ってきたにしては反抗方向がおかしいし、自分自身でもこれは反抗じゃないと思う。


 自分の意思でやっていて、誰かに強制されたわけでも世間への反感でもない。世間への反感なら方向が明後日の方向すぎる。


「……………………」


 シャワーを浴びて泡を落とす。


 そう言えば今日、海鷺さんと砂流の他に、可那にも会った。


 そして言われた。


『后谷はなんで普通に話してくれてるの?』


 あれは一体どういう意味だろう。


 逆に、それはこっちのセリフだろうに。


 あいつが俺をトランスジェンダーと勘違いしてるなら、普通なのはむしろ可那であって、俺が普通じゃないわけだ。


 レバーを下ろしてシャワーが止まる。


 髪を伝って、ポタポタと垂れる水滴を眺め、そのまま目線を上げる。


 鏡に写った自分を見る。


「…………………」


 普通、ね。


 何だろうか。それは。


 周囲の人間に合わせる事だろうか。飛び出さないよう、平均を演じる事だろうか。右ならえのようにみんなと一緒にする事だろうか。はたまた…………。


「…………………馬鹿馬鹿し………」


 前髪を後ろにかき上げて湯船に浸かる。


 マジにヤバいくらいストレスが溜まってるらしい。さっさと上がってアイスでも食べよう。


 長湯したらまた訳の分からない思春期思考を発動しそうだから、入浴は程々にして風呂の蓋を閉じる。


 冷凍庫からアイスを取り出し口に加えて自室へ戻る。


 ドアを開けるとタイミングよく「ピロリン」という着信音が聞こえて、指紋認証でLINEを開けようにも、ふやけた親指では開かずに数字を入力。


 砂流からの返信は、


『濁液』


 とのこと。


 俺が先程「白」と送ったからだろう。こうなる予測ぐらいしておけば良かったが、いかんせんさっきの俺は頭が回っていないし体も言うことを聞かなかった。


 トータルで読めば「白濁液」となる。


 もちろん返信価値がないと判断した俺は既読スルー。

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