22話 ガムシロップ
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私のアイスコーヒーがグラスの半分まで減った頃には、あの餌オムライスはもう皿から消えていた。綺麗さっぱり無くなった皿をテーブルの端に置いていたらメイドさんが片付けてくれて、そのついでに武田は追加オーダーをした。
私同様のアイスコーヒーを注文し、コースターにグラスが置かれて、ガムシロップとミルクをメイドさんが渡そうとしたら、
「あー大丈夫です。ブラックで飲みたいので」
と断り、ストローすら手をつけずに、グラスに入ったコーヒーをそのまま飲み始めた。
ガムシロップもミルクも断って、苦味を感じないのか、ゴクリゴクリとスポーツドリンクみたいに飲んでいた。
そして狙ったように、というかむしろ狙っているのだろう。私が注文してから約20分、ほとんど減ってないコーヒーとほぼ同じ量を残して、
「あれ?もしかして口に合わなかったかな?」
と煽ってきて、ついにブチギレたことは言うまでもない。
この飲みかけコーヒーを顔にぶっかけてやろうかと思ったが、さすがに座席シートを汚すわけにも、後ろにいるお客さんにぶっかけるわけにもいかず、寸前の所で耐えた私を褒めて欲しい。
「で?午後の予定は?」
ストローで吸い上げたコーヒーを一滴一滴飲みながら、私は聞く。
「んー。俺はこのカフェでストレスとコスプレ欲の発散できたし、砂流もボウリングで発散してきたから、ぶっちゃけやる事ないんだよね」
「私のストレスここでたんまり貯めたけどね。再蓄積されたけどね」
もう一度何かで発散しないとうっかり武田を殺しかねないので、どこかでBL採取しなくては。
「じゃあ次の場所は砂流が決めて」
「ん」
そう言って武田は営業中のメイドさんをジロジロと見始めた。正確には、頭の先から爪先までのファッションをたんまりと見ていた。メイドさんそれぞれで違うカチューシャを見て、スカートのフリフリを見て、ストッキングとパンプスを見て、ぱっかり開いた背中を凝視して、胸元に注目がいく構造をメモに書き加えて。
最終的にはマクドナルドの店員さんみたいに、
「すいません。スマイル一つください」
と注文して、ニッコリしてもらい、デザートも注文していた。
もうここまでされると、いっそ清々しく感じられるのは何故だろう。
「で?決まった?」
注文したデザートであるミニ苺パフェを摘み、頬を緩ませて幸せそうにしながら、思い出したかのごとく武田は聞く。海鷺さんといくスイーツバイキングで、甘いものを食べた時のリアクション練習か。
「いいや全く」
最初の溜まりに溜まったストレスと、武田に嫌がらせをしようと思った仕返し会議は、恥を捨てて堂々とメイド服を見る武田様に返り討ちにされた。
というか、こいつの嫌がる事がわからない。
いや、私のことが嫌いなのは知ってる。私も武田が嫌いだ。そこは永遠の平行線なのだが、それ以外に、私以外に、武田の嫌がる事を知らないのだ。
だから仕返し会議は最初から手詰まりだった。
「ふーん」
会話にすらなってない会話が途切れ、次は無表情で苺パフェのアイスクリームをすくい口に運ぶと、ため息をするように、ふと武田は呟いた。
「文化祭はメイド喫茶がいいなぁ」
「うぉえ……」
何も口に入ってなくてよかった。
この「うぉえ」は、決してコーヒーの苦さではなく、目の前の豚野郎がした発言による「うぉえ」だ。
「汚ねぇな。何してんだよ」
「誰のせいだよ」
机の端にあるティッシュを数枚取って口を拭く。まだ吐き気がこみ上げてくる。
「できるわけねぇだろメイド喫茶なんて。クラスの全女子が反対する」
「俺はむしろ進んで着るけどな!」
「お前はな!」
メイド服みたいなフリフリが盛り沢山な服を着てみたいと、思わなくはないけど、それを赤の他人に見せるなんて悪夢だ。いや赤の他人じゃなくても、家族でも嫌だけど。
「では男子諸君に執事服を着せよう!」
「よしそれでいこう」
執事コスの都楽くんを拝めるなら喜んでメイド服を着ようではないか。彼の執事服は国宝級だからな。黒歴史の一つや二つどうってことないわ!
「でも予算やばくないか?コスプレものでも2、3着しか買えないだろ?」
「全部作ればいいだろう」
「………………それは、クラス全員分か?」
「当然だ」
「………………」
無理だと言えないのが悔しい。
コスプレ上級者で作り慣れてるこいつが、ある程度まとまった時間があるなら、あながち可能ではないかと思ってしまう。
「お前も手伝えよ。さすがに一人で37人分はきついからな」
「はぁ?なんで私が手伝わなきゃ…」
「都楽くん達も呼んでお泊まりでやるってのは?」
「引き受けよう」
そういう算段ならさっさと言って欲しい。危うく一生に一度の機会を逃すところだった。
「まぁどんなに話し合っても、文化祭は10月頃だし夢物語だけどね」
「絶対に実行する。膝に矢を受けても、絶対に」
「…………元ネタわかる人少ねえだろ」
あれ?もしかして「石製の仮面を被って人間を辞めてでも」にした方が良かった?
「文化祭の前に体育祭とスポーツ大会だな」
「借り人競走だったらどんなお題でも都楽くんを……」
そのままゴールテープを追い越して人生のゴールインも。
「程々にしろよ。バレたらメイド喫茶どころじゃない」
「そっちこそ、体操着だらけの体育祭で暴走するくせに」
「何を言う。すでに全女子生徒の体操着姿は把握済みだ」
「…………一回病院か警察に行くか、今からキャラ修正するか選べ」
「キャラ修正はそっちだ」
もうメタ発言はやめろと突っ込まないあたり学習したらしい。
「とりあえず午後の予定だ。メイドカフェでもさすがに何時間も居続けたら邪魔だ」
いつのまにか苺パフェは空っぽで、伝票を持って立ち上がる武田。奢りですかね?
「じゃあ割り勘………………あ?」
「あ?」
急に五十音トップの平仮名を単体で言われてもわからない。「へ」とか「け」とか「め」ならわかるけど。わからんわ。
一度あげた腰をストンと落とす。そのまま頭を抱える武田。
「………俺は今、第一話と同じレベルの絶望感が、身体中を走り回ってる」
「は?」
何を言っているんだ、と思い首を傾げると、武田は顎で、「ん」とあっち向けの合図をする。
何事かと思い振り返って、後悔した。
振り返らないほうがよかった。
確かにこれは絶望的だし、できれば夢落ちがよかった。
もしかすると武田と再会した以上に、信じたくなかった。
「あれって、どう見たってデートですよね?武田さん」
「むしろあれを勘違いしろっていうほうが無理がありますよ、砂流さん」
先に発見しただけ、武田は余裕があるみたい。
「何でこんなことに………」
メイドカフェの窓の外。ショタから青年、モブおじもチラホラいる街の風景に、1組のカップルがいる。
女性の方は白いロングスカートに少し夏を前借りした素足の見えるサンダル。ワンポイントのロゴが入った黒いTシャツに、ウエストまでしか丈がないデニムのジャケットを合わせて着ている。
肩には白のハンドバッグが掛けられていて、手には大きな紙袋が握られている。
愛らしくも美しい、可愛いと綺麗を足したようなファッションは全体的に控えめながら、十分に魅力的で、男女問わず見惚れてしまうほどだ。
元々顔もスタイルも良く、100点満点中120点を与えてしまうベースが魅力をさらに引き上げるのだろう。
対して男性はまだ肌寒いのか、スウェットのパーカーを羽織り、ニットベストを着込んで完全防御。
黒いジーパンは足のラインをくっきりと映し出し、真っ白なスニーカーは汚れひとつない潔白。
いつもの寝癖ボサボサの頭を申し訳程度に整えて、きっちりとした服装だと、やはり美男子と呼ぶに相応しく、女性に負けないくらい魅力的だ。
ただ、その周囲が見惚れるそのカップルを、私は、いや私達は知っている。
「どう見たって、海鷺さんと都楽くんだ」
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