20話 平常運転
♡
「お帰りなさいませ!ご主人様!お嬢様!」
「うん、ただいま」
「…………………」
理解しておくべきだった。こいつが重度のコスプレイヤーだと。
そしてそんな奴の生態を知っておくべきだった。
私たちはランチの時間にカフェに来ていた。しかしオシャレなカフェではなく、常人には理解できないカフェだった。
私には恥ずかしくて死にそうな白と黒、もしくは茶色のフリフリワンピースを着て、猫耳とかウサギの耳がついたカチューシャをつけて、猫撫で声を出し、「お帰りなさいませ!」とか「ご主人様!」とか言わないといけない人達が、笑顔を振りまき接客する、そうゆうカフェ。
すなわち。
「…………メイドカフェとか、やっぱこいつ頭おかしい」
「はっはっはっー。需要と供給が合致しているなら立派なビジネスだ。頭おかしいのは俺じゃない、世界がおかしい」
そゆこと。
思春期が抜けきれてない年頃の高校生なら、誰しも抵抗と僅かな羞恥心を感じるメイドカフェに何食わぬ顔して入り込む野郎がいた。武田だ。
私は少し抵抗あるんだが……。
「てゆーか、やけに慣れてるけどここ来た事あんの?」
もし始めましてだったらこいつの頭と精神がおかしい。
「いや。ここは初めてだぞ」
あれれ?この人今「ここは」って言ったのかな?ここ以外は行ったことあるのかな?
「他のメイドカフェには行ったの?」
「そだよ。秋葉にあるじゃんたくさん」
「………………」
今後どのような目でこいつを見るか、再度検討する必要がありそうだ。
「こちらのお席にどうぞ〜」
「うん。ありがとう」
「………………」
ニコニコ答える武田に白い目を向ける私。
案内されたのは窓際の二人がけの席。いくらメイドカフェといえど、お昼のラッシュは当然あるみたいで四人がけの席や一人席はほぼ埋まっている。
外の景色が見える反面、外からも見えるのであまりいい席とはいえないのだが、今私は女子なので、少なくとも学校の人達にはバレないであろう。
すると水の入ったコップをトレーに乗せたメイドさんが会釈をして、
「注文が決まったらお呼びしてくれニャン♪」
と言ってコップと一緒にメニューを手渡した。
「うん。わかった」
「あ、はい」
なぜだろう。息苦しい。
肩身が狭いと言うか、居心地が悪く妙にソワソワしてしまう。
「何にする?」
メニューをこちらに見せてくれる武田。
一見落書きのようにごちゃごちゃしたメニューには、ケーキやパスタ、パフェやドリンクがいくつか。
当店一番人気の「お絵かきオムライス」は、サービスでメイドさんがケチャップで何やらイラストを書いてくれるらしい。
たしかにオムライスはとても美味しそうではあるのだが、
「食欲が沸かないので、ドリンク」
「ふーん。そう」
今食べても味なんてわからないし美味しく味わえなさそうだ。それは料理に失礼なのでやめておく。
自分の注文が決まったのか、
「すいませーん」
と、声を上げて手もあげる武田。
「お決まりですかニャ?ご主人♪」
「えーと、このオムライス下さい」
「え゛っ゛?」
マジかこいつ。やりやがった。俺たちにできないことを難なくやってのける!そこに痺れる憧れるぅ!とはならないが、いやむしろ飽きれるが。
「………あと彼女にコーヒーお願いします」
「…………」
「了解ニャン♪すぐに持ってくるから待っててほしいニャン♪」
スカートの裾をつまみ軽く会釈する様はまさにメイドそのもので、素人目では普通にメイドとしてお仕事出来そうな程たたずまいがしっかりしている。
それはともかく。
「あの、武田さん。私、コーヒー飲めないのご存知ですか?」
「ええ承知していますよ?だから注文したんです」
「…………」
「…………」
やる気か。仕方ない。
店の中で暴れるのは多少気がひけるが仕方ない。売られた喧嘩は買うまでだ。
席を立とうとして椅子がズズッと音を立てると、武田は「落ち着け」と言わんばかりに手のひらを向けた。
「おいおいここで暴れるなよ。別にコーヒーは俺が飲んでもいいし、砂糖やミルクも付くから大丈夫だろ?」
「…………」
それで飲めるかはわからんのだが。
だが、それを言おうものなら「砂糖やミルクを入れても飲めないのはもうガキだけどな」と言われ、自分のプライドを傷つけるだけなので出しかけた言葉を引っ込める。
大人しく席に座り直す。喧嘩腰になったせいか変な体力使った。
「あと真面目な話」
「ん?」
「あん時は助かった。感謝する」
「…………ん」
あの時とは、もちろんあの時。
「別に。あんたは完全に被害者で、なりすましもされたし、暴力も受けた。例え武田でも、あの武田でも、流石にあそこまでされたら………私も腹立つ」
「あのさ。ちょくちょく挟む『俺を嫌ってますアピール』いらなくない?せっかくいいシーンで悪いんだけどさ」
「今更この程度でどうにかなるとでも?」
「ああそうでしたね!」
こいつは見かけによらず、湿っぽいのが嫌いだ。だから会話をちょっとコメディにずらしたのだろう。
こいつの嫌いなものは大体把握している。
嫌いな物第一位は当然、私だ。
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