6話 日常にBLという花を
♤
入学式を終えた翌日、4月6日。まだ平常授業は出来ないので配り物と先生の自己紹介だ。
「はいプリントみんな届いたかなー。んじゃそこに名前とか趣味とかじゃんじゃん書いてってねー。俺名前覚えんの下手だからよろしく〜」
それは教師としてどうなんだ?この学校にろくな奴はいないのか?担任といいこの人といい。
実際に声を出してはないけれど誰しも思ったであろう事を思いながら、プリントの氏名欄に「武田后谷」と書く。
もう何度目かになるであろう、現状の
皮肉をつらづら書いてると、
「みんな終わったかな?俺も自己紹介するぞー」
先生が何やら黒板にカッカッと白のチョークで達筆に書いていく。
「俺は
手についたチョークの粉を払いながらいう檻下先生。払った粉がスーツのズボンについている。
そのまま趣味やその他もろもろを話していく。好物が完全に酒の肴ばかりで、彼は酒豪なのだろうと思ったけど、別にこの人と飲もうなどとは一ミリも思わなかったのですぐ忘れた。
というか、先生のステータスを知ったところで俺には少しも得はない。時間の無駄だと思った俺は早々に腕を枕にして居眠り陣形を整える。そのまま夢の王国に入国しようと思っていたら。
「♪〜」
「………………」
何やら不愉快な声色と気色悪いメロディが流れてきた。
前の席にいる砂流が、熱心にプリントを書いている。鼻歌でも歌い出しそうなくらいノリノリでスラスラと。
そんなに真面目こいて書くようなもんじゃなかろうに。
そう思った俺は少し体制を崩して前の席を覗く。チラッと見えたのは落書き。新品のノートにシャーペンで書いてる落書き。
「……………スゥー………」
見るんじゃなかった。
見ない方が良かった。
見てはいけないものだった。
落書きも落書き。しかし手を抜いていないマジな落書き。しかもその内容がひどい。まさに地獄絵図だ。
説明しよう。(全裸の)男性が(全裸の)男性を(性的な意味で)抱いている絵だった。こめかみが痛い。
もし見間違いじゃなければ、恐らく男性の一方は、今黒板付近で自己紹介している檻下先生だ。そしてもう一方は我がクラスの担任、星草先生だ。
つまり、そういうこと。いい歳した男二人が、アブノーマルな性癖を持ちつつ、それを認め合い、愛し合ってる絵だ。
もう一度言おう、こめかみが痛い。
「………………」
「♪〜」
授業中に何やってんだこの腐女子は。
ジト目を後ろから送っても無反応。本人は絵に集中しきってる。
「俺がこの仕事についたのはなぁ。一つは金を稼ぐためだが、もっと大切な事のために、この仕事についたんだ」
自分が下品な落書きのモデルになっているとは知りもしない檻下先生は、何やら長々と話し始める。
「俺は絶対に許せないことがあってだな。それは人種差別だ。お前らぐらいの年齢になれば『ヒトラー』といえばピンとくるだろ?そう。ナチスドイツ。有名な話だよなぁユダヤ人大量虐殺。ひでぇ話だょまったく」
あぁ聞いたことある。詳細は知らんけど。
「あれは酷いんだぜ。例えばな、捕まったユダヤ人は一人残らず髪の毛を剃られるんだ。女にとって髪は命だろ?それを全部奪っちまう。その上アホみたいにブラックな労働させんだぜ?1日パン1個で20時間働く。それに…………」
先生に熱が入ってダラダラ話しかけてる間に、前の席ではもう落書きが漫画と化していた。丁寧な配色とバラが咲き乱れる背景。
檻下先生(にとても似ている人)が、「ダメですよ……先生……」とか言って、担任の星草先生(にとても似ている人)が、「大声出すと生徒にも、先生たちにも聞こえちゃうぜ」と言っている。何だこれ。
「……ぐふ……ふふふ……腐腐腐……」
気持ち悪い鳴き声しだしたぞこの珍獣。
「シャワー室ってのがあるんだけどな、それは毒ガスが出るガス室なわけよ。で、全員を130センチの棒の下くぐらせて、通れる子供や、背中曲がったお年寄りをな、そのシャワー室っていうガス室で殺しちまう。『使えねえから』って理由でだぞ?ひでぇよなぁ?その死体も燃やしたりして……」
こっちはこっちでヒートアップしてる。
砂流は砂流で、ペンがペースアップしてる。
すると先生の話を聞いていた生徒の一人が、
「130センチだってよ。お前通れんのか?」
と隣の背の低い男子に話を振る。
「は?俺165あるから」
その男子が答えると周囲の男子が騒ぎ出し、
「うっそだー」
「ぜってーそんなねぇよ」
「保健室行って測ろうぜ」
と何やらたわいも無い話題で盛り上がってる。
突然、砂流のペンがピタッと止まる。
「…………保健室……!?」
バッと男子の方向をみると、先日の都楽くんに向けていたあの、いかがわしい目線を向けていた。
「うへ…………腐腐……」
俺にはわかった。この女の中で、ありもしない妄想が膨らんでいるのが。
恐らく想像したのだろう。男子高校たちのくんずほぐれつが。
しかし、俺は知っている。
この女が俺の予想を遥かに上回る妄想をしているということを。
何度でも言おう、こめかみが痛い。
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