晴れればいいな(1)
私は居るんだ。
犬はずっと私につきまとってきた。見えないはずのその犬も、私には見えているような気がする。周りの人は犬の存在どころか、私の存在すら気づかない。先生だって、私のことがまるで見えていないかのような態度をとってくる。
「私はここには居ないのかな。」
やっぱり飛び降りればよかったと何度も心の中で思った。たった一匹の犬を見て、その犬が飛び降りるのをやめさせようとしてきて、それだけでやめるくらいの覚悟。私はいなくなって当然なのかもしれない。
「あ…。」
目の前に”元”彼氏がいた。ショーケースをじっと見つめている。以前私がほしいとぼやいたアクセサリーを見ているのだった。その時は別にほしいなんて思っていなかった。ただ、何か喋らなくてはいけないと思って、適当に目に入ったものをほしいとつぶやいてみただけだった。
「なんで、それを…。」
そのアクセサリーを見つめる彼をみて、なんだか心がぎゅっと掴まれるような気持ちになった。
「あの日。私の誕生日に二人でデートをする約束だったのに、君は来なかったじゃない。」
わざと聞こえるように大きな声でそう叫ぶ。しかし、彼には全く届いていないのか、それとも私を無視しているのか、変わらずショーケースの前に立っている。店の中に入ろうとして、女子の行く店だと察するやいなや、恥ずかしそうに扉の前で悩んでいる。
「なんで聞こえないのよ…。なんでよ…。なんで、みんなに私が見えないのよ。」
こんな事あり得るはずがないと、そう思っていた。でも、違った。私は明らかに見えなくなっている。きっかけはいつかわからない。ただあの誕生日の日、彼は来なかった。そして雨が降り始めたから、私は帰った。そこで犬を見つけてからだ。家に帰ると、両親は誰も居ないのにドアが開いたと騒いでいた。
わんっ
私の足の下で犬が叫ぶ。ドアの前に立っていた彼は突然私の方を見る。そして驚いたように目を見開いて、私の名前をつぶやいた。そして崩れるような笑顔を浮かべた。
「な、なんで…。私のことはもう嫌いになったんじゃ。」
その顔を見て、私を見てそうなった顔を見て、私は小さく零す。声とともに瞳からも零す。
「嫌いになったのはお前のほうだろ…。あの日、俺はプレゼントに悩んで、そのせいで遅れちまって…。そしたら、お前はもういなくて、家にいっても、帰ってこないって言われて…。急に姿を消したから。」
ぽつりぽつりと最後の日のことを彼はつぶやく。私は静かに、息を飲む。私は消えていたのだ。いなくなっていたのだ。犬はそんな私を見て、嬉しそうに吠える。犬の姿が見える。やはり、あの時埋葬した犬だった。
「君が私が勘違いしていたのを助けるために、こんな事を…?」
わんわん
嬉しそうに吠えながら、犬の姿はまた消えていった。足元にあったぬくもりも消え、本当の意味で犬は成仏することができたのだろう。
「転校生のあの子が好きになったんじゃないの…?」
1番気になっていたことを尋ねる。彼はそんなわけないだろうと言い、私を抱きしめた。人と会話したのは、人と触れ合ったのは、人に見つけてもらえたのは、いつぶりだろうか。空がきれいな青を雲の合間から見せた時、ふと純粋な気持ちで私は言葉を零す。
「晴れればいいな。」
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