第7話


 大人であっても子供であっても、人はなにかしらの集団に所属して生きている。たとえば職場であったり、例えば友人関係であったり、「否、自分は天涯孤独の一匹狼」と嘯いたところで事実そうであるわけがなく、たとえ一見そう見える人間であったとしても、世間は「一匹狼という種類のニンゲン」として、おなじ属性の無数とひとくくりにするだろう。真実一人きりで、疑いようもなく孤独な人間として生きていくことなど出来はしない。――集団にいるだけで息苦しくなる人間だとしても。




 となれば、少しでも息しやすい集団に属しよう、というのが人の情である。もっと簡単に言おう。ぼっちだって好きでぼっちなわけじゃない。




「というわけでサークルに顔出してくるから」


「んー、もうちょっとでトラップタワー完成するからもうちょっと待ってくれんか。終わったらすぐ準備するから」


「いや、連れてかねぇよ?」




 なんでちょっとショック受けた顔してんだよ。




「貴様儂の目の届かない若者ばっかりのところに赴いていったい何をするつもりじゃ! なんかあれじゃろ! ラウンドワンとか行くんじゃろ! ずるい!」


「いかねぇよ。きったねぇ部室で小一時間だべってファミレスで飯食って解散だよ」


「まことにー?」


「まことまこと」


「でものー、マイクラの中でさえ地図一枚埋めない出不精のお主がたかだかその程度の用事のために外出するかの? 大学結構遠いというに。なんかあるじゃろ絶対」




 無駄な考察力を発揮してジト目でにらんでくるえるふ。あと俺は縦方向に拠点拡張する派なだけでけっして出不精ではない。




「……さては意中のおなごでもおるのか」


「いやいねぇよいねぇしなに言ってんのお前すぐそういうことに結び付けるのとかホントどうかと思うわそもそもなんていうの世の中の恋愛至上主義というか若者の幸せは愛にありみたいな価値観がそもそもなじまないというかなんていうの? ライフステージ相応のアクティビティみたいな軽さで愛とか恋とか語るっていうのがそもそも不誠実だよねもっとこう必然というかなるべくして導かれるものだと思うんだよ言うなれば、運命?」


「わかったわかった。行ってくるがよいわ。儂はゾンビをソイレントシステムにかけとるから」


「だから」




 とかなんとか。言葉を重ねてるうちに。




「時間! 電車! シット!」


「ほらー。ただサークルに顔出すのにそんな時間とか気にしとるんじゃから絶対逢瀬じゃー。なんじゃ。儂に反応しとらんわけじゃなくて勝手に操を立てとるだけじゃったんじゃん。やっぱりエルフは大正義じゃな」


「うるせぇもうそれでいいから俺は行くぞ」


「で、もしここでどこでもドア的なナイショ道具があるとしたら?」


「それま?」


「よし、トランク開けるでちょっと離れとれ」




 どうでもいいが俺がトランクに喰われかけてから一メートルは離れてないとトランクを開けないようになったえるふ。変なとこで過保護だ。




「てってけてっててーててー、『セブン・リーグ・フープ』ぅー!」


「ブーツじゃないのか」


「お、なんじゃ元ネタ知っとるなら話が早いわ。こいつを潜りながら生きたいところを念じると、おぬしの乗ったことのある最も早い乗り物の七倍の速度でそこにたどり着くことができるんじゃ」


「俺新幹線乗ったことあるぜ」


「つまりほぼ秒で到着じゃ!」


「なるほど便利だ。でもどっかオカシイんでしょう?」


「うーん。分子レベルに分解されたあと目的地周辺のリソースを用いて再構成されるでの、果たしてその生成物がお主かあるいはおぬしに限りなく近い何者か、常に問いかけ続けなくては……」


「ほらもう」




 どうせそんなんだと思ったよ。




「どうせそれあれだろ。哲学的ななんか頭痛くなる問いかけを無視して使用するとしてもだ。移動先でハエとかと合体しちゃうんだろ」


「エルフのチョウ・スゴイ・文明力はそんな問題おこさぬ。移動先におっさんがおったとしてもいい感じの場所にいい感じにあれしてビューンてなる。ただその場合お主を構成する物質のいくらかはおっさんの呼気から用意されるであろう」


「絶対やだよ」




 もう構ってらんねぇ。刻一刻と時間が。




「ほんとに時間がデッドラインだからもう行くから。俺がいないからって勝手にクーラーかけんなよ。その他いらんこと全般すんなよ」


「はいはい」


「返事は一回」


「デュワッ!」


「M78星雲語はわからん」


「意中のおなごによろしくのー」


「だからいねぇって言ってんだろ!」




 で。結局電車に一本遅れたりしつつがったんごっとん揺られて大学へ。




 なんかの拍子に倒壊しそうな部室棟まで正門から徒歩十五分。ちょっと早足になったりしつつやってきたのだが。




「すいませんちょっとおくれましたー」


「おーっす。ナカッペ。会長やっぱ今日これねぇってさ」




 スマホ片手にパイプ椅子キコキコしてるちっちゃいオッサンしかいなかった。




 ホーリーシット。




「そっか。了解。お疲れ。帰るわ」


「わっかりやすいなー。いやわかるけど、露骨やわー。ジャンプ漫画の後で仲間んなる当て馬キャラくらい露骨」


「俺ぁこんなクッソ暑い部屋で男と男で汚ねぇ顔合わせにノコノコ出てきたわけじゃねえの」


「きっついわーん。いやわかるけど。俺ちゃんもどうせやったら会長のご尊顔拝したかったわぁ。あれ、ご尊顔ってカタカナで書いたら古めのロボットアニメみたいじゃね? ゴソンガン!」


「知らんわ」




 ニヤニヤ口の端をゆがめて、黒縁メガネを食いッとあげるちっちゃいオッサン。もちろん俺の部屋にいた小人さんほどは小さくないが。横並びになると俺の肩までない。初対面の時はネルシャツをインしてメガネに指の油ペタペタつけながら「フォッカヌポゥwww」とかぬかしたのをよくよく覚えている。翌日にはシャツはアウトでメガネは綺麗で笑い方は「ウッハハハ」になっていたが。




 大学デビューを決める大事な初講義に「前時代的なオタクの形態模写をしたかったんですぅ。というかコスプレ? 一種の? 満足満足」とかぬかすアッパラパー。高そうなタッチペンと無駄に素早いフリック操作でスマホを操作する上下ユニクロのちっちゃいオッサン。脇坂一樹。二十。男の娘と美ショタと男装少女をこよなく愛する我が大学の妖怪。




 そして認めたくないが俺の同級生で、サークル仲間だ。




 認めたくないが。




 とはいえ付き合ってみると悪い奴ではない。ちょっとクレイジーというか倫理を構成する部品の一部が欠品してるとこがあるが、おおむね善人で、愉快なやつである。




 そんな脇坂がクリクルパーっと操作していたスマホから軽快な着信音が鳴る。




「おー、向井ちゃんも向かってるってさぁ。飲みモンでも買ってきてもらおうや。俺ちゃん贅沢カフェラテ」


「いっつも思うけどお前シームレスに後輩パシらせんのな。俺ファンタのキウイのやつ」


「りょりょー」




 くりくりぱっぱ。らーいん。




「あかん。向井ちゃんヤヤギレしてる」


「なんで」


「部室五メートル前っつってたからやん? いやわかるけど」


「お前マジでやめてやれや!」


「ウッハハ。でも買ってきてくれっから向井ちゃんっていーい子よなぁ」




 こういうとこ。




 この妖怪に、俺、四年生の会長、それから後輩一名の四人と、名前だけおいてるけど二、三回しか見たことない大量の幽霊部員で構成されるオタカルチャー系ダラダラ属非生産的サークルが我らが『下位文化総合研究会』通称カブケン。おもに部室でダベっては漫画雑誌の最新号を融通しあったりするのが活動内容の、弱小サークルである。




 そのうち廃部にされると思う。




「んで? そもそも会長の呼びかけで来たんだけどこれ何の集まり? いよいよ廃部通告でもきたんか」


「んにゃ。なんか俺ちゃんもよくわからん。とりあえず「今日は無理になっちまったい。大変申し訳ないが金庫から金出してなんか食って帰ってくれ」って。ナカッペんとこは連絡来てないん?」


「あー、荷物適当に突っ込んできたからスマホが鞄の底でよ」


「向井ちゃんが「ナカッペ先輩がライン無視する」ってソコソコギレしとるで」


「だからお前そういうの早く言えや」




 買い物カバン兼用のトートバックをひっくり返してスマホを探す。ひょっとして忘れたかもしれん。糞、えるふに構わずゆっくり用意してくりゃ良かった。




 心因性の変な汗と生理的にあっついんでわいてくる汗で気持ちわりぃな。あったあった。




「うわめっちゃスタンプ爆撃されてる。しかも微妙に煽り性能高い奴」


「あれれぇー? おっかしぃなぁー? ナカッペ裸眼族やのにメガネがあるよぉー?」


「似てないのにわかるモノマネで煽られるとこんな腹立つんだなって」




 いっしょに突っ込んでたんか、例のメガネ。


 なんと説明したものか、考えながら手に取ったところで廊下からバタバタバタ! っとド派手な音が響く。




「こんちゃース!」




 唐突に立て付け最悪の部室の扉が蹴り開けられた。やめろ壊れる。




「みっかわやでーッス! 嘘っす向井このみ一回生でッス! クッソ暑いお外までひっかえしてパシってきたっスよ外道ども!」


「うわうるせぇ!」


「聞いて聞いて向井ちゃんナカッペ裸族なのに! 裸族なのに!」


「裸!? ほんとッス裸族なのに服着てるッス!」


「裸眼な! 裸眼族な! いや裸眼族ってなんだよ」


「んなこたぁどうでもいいんスよ! ファンタッス! キウイなかったんでオレンジッス!」


「あ、これでラインしてたんか」


「出ないから勝手にチョイスしたッスよ! 文句言いっこなしッス!」




 語勢に反してそっと机に置かれる俺のファンタ。




 うん。




「なんだかんだ向井っていい奴だなぁ。はいお金」


「ありがとうございまッス! 向井一回生でッス!」


「知ってるし、スッススッスうるせぇ」




 むやみに絶叫調の後輩を見上げてちょっと気圧される。




 向井このみ。後輩。女子。でかい。




 声もでかいが身長もでかい。たまに態度がでかい。でも基本的に体育会系のノリで後輩後輩したムーブをする、なんでオタクやってるのかよくわからないタイプのオタクだ。




 あと身長と声以外もでかい。何がとは言わないが。




 まぁおおむねこんな感じで、騒いだりはしゃいだり、あとは各々勝手にマンガ読んでたりするだけ。




「なんで俺ここにいるんだろう……」


「そりゃあ、なぁ? あれやろ? あれやん? なぁ向井ちゃん」


「あれッスね。もうあれっスね。ほっといて美ショタと美少年の生息域の違いについて話すっス」


「なんだ。俺が一体なんだというんだ」


「「会長目当て」」




 ……ぐぅ。




「話は変わるんだけどさ。ショタは「いんぼーだ!」って言うけど美少年は「陰謀だッ!」っていうよね、きっと。こう、属性の中に暗黙の了解として秘められている年齢へのイメージ?」


「でな、見てこれ向井ちゃん。ナカッペがナカッペの癖になんかメガネとか持ってんねん。これ絶対あれやで。イメチェン用伊達眼鏡やで? わかるわー」


「久々に会えるからっていじましい努力ッス。結果がどうあれ前進するその姿勢は評価できるッス。ナカッペ先輩ファイトッス。あきらめなければ試合は続くッス」


「へたくそなごまかし方しようとした俺が悪かったから、それ以上されるとぐぅの音が出ちゃうから止めて」




 ニヤニヤする脇坂。無駄にガッツポーズを送ってくる向井。腹がたつ俺。




 ……まぁ、その、なんだ。




 なんといいますか。




 確かに俺は、カブケンの会長をなんていうかそう、意識している。




「でもそれはオタクにありがちなふと優しくされて「あれ、この人、いい人……」みたいなほんのりした感情から始まる単純なものではなくまた俺は会長が人を見た目で判断したりあるいは異性のビジュアルへの興奮を愛や恋と直結させたりする人だとは思ってないからこれはそういうのではないしそもそも俺は」


「ナカッペ先輩早口になると顔がキモくなるっスね! やめたほうがいいっス!」


「酷い!」


「いつも言うてるけど、そもそも俺ちゃんも向井ちゃんも他人のリアル恋模様とか刺身のツマくらいにしか思ってへんねんから。そんな高速詠唱で照れ隠しせんでええって。いやわかるけど」


「もっと酷い!」


「あとこれは女子としての真摯なアドバイスッスけど、たぶんナカッペ先輩はメガネ似合わないっス。私調べだと冴えない顔はメガネでさらにモサくなる傾向にあるっス」


「おっと向井ちゃん、そろそろやめとかないとナカッペ泣いちゃう。限界線で踊らにゃ」


「お前ら嫌い」




 こいつらほんと、この話題になると嬉々として弄る。もう。ほんと。楽しそうに。




 それだけ親しいということだから、いいんだけどな。




 カブケンの名前だけおいてるメンバーの中には俺よりもっと露骨に会長目当ての奴とかもいるけど、そういうやつに二人がこうして絡むかというとそうでもなく。脇坂のいう限界線じゃないが、要するに二人は俺ならこれくらい許すだろうと思って話していて、それは確かに間違ってない。からかい方も「恥ずかしがるな」とかではあっても「お前には無理だ」みたいな言い方はしないしな。




 逆に俺がぞんざいにふるまうこともあるし、それが度を越さないようにも気を付けている。




 気の置けないってのは、たぶんこういうことなんだろう。




 ……まぁたまにまれにときおりほんのり腹立つけどな!




「これだけは言っておく。この眼鏡は確かに伊達だが、しかしファッションアイテムではない!」


「おー? 言うてみナカッペ言うてみ! ききたーい!」


「実は今俺の部屋にはちょくちょくぱんちらするエルフが住んでてな」


「解散」


「まぁナカッペ先輩がこの話題になるとバグるのはいつもの事っス。どうせまた脱線に脱線をかさねて最後は延々会長の萌えポイント語りだすッス。どうせならクーラー効いたファミレスでも行って話するッスよ。あっついッスこの部屋」


「きけよ!」




 信じてもらえるとは思ってないけどよ!




「だからこれはエルフが出した不思議なメガネでコイツをかけると!」


「シーカーストーンから噂話が聞けるんやな?」


「あ。私スイッチ買ったんッスよ例のスイッチ。持ってきたっスよゼルダと一緒に。早く涼しいところでみんなで弄るっス」


「というわけやからナカッペはよ、荷物かたして出発や。あかんわ。俺ちゃん溶けちまうわ」


「……」


「だめぇ……溶けちゃうぅ……」


「なんで言い直した……腹立つ……ちっちゃいオッサンの癖に……」


「金庫から出金していいんスよね? どこ行くッスか? 会長が補填してくれるんならちょっと奮発してロイホにしないッスか?」


「結局これやったらファミレスで集合でよかったかもなぁ。金出しにきただけんなったわ」


「俺に至っては無駄に傷つけられただけじゃね……?」




 たらたらいいつのりながら。互いをほんの少しぞんざいに扱いながら。その匙加減を慎重に測りながら。




 いままで通りの関係性で、今まで通りに並んで歩きながら。




 久々にえるふと離れて、当たり前の、ただそれだけの、飽き飽きするほどいつもの通りの、俺の世界を歩いていく。




 いつもの光景ってのは、良いもんだ。




「あ、ちょいまち」


「どうしたナカッペ」


「メガネ忘れた」




 別に欲しくて持ってるもんじゃねぇけど誰かがなんかの拍子に掛けたらえらいこっちゃ。


 引き返し、手に取って、鞄を開けるのが面倒で(あとちょっとだけかけても似合わないと言われたのが癪で)ひょいと顔にひっかけて、また部室を出て。




「ナカッペあくしろしー! 俺ちゃんが人だった泥になる前にー!」


「ダメっす脇坂先輩! 手遅れッス! ここはナカッペ先輩に任せて先に行くッス!」


「てめぇ向井ロイホついたら憶えてろよ!」




 なんていいながら汗をぬぐって駆け寄って。








 飯もそこそこに切り上げて電車に飛び乗り駅から部屋まで、走って帰った。








 二人に怪訝な顔をされたが、構わずに。




 一刻も早く帰る理由ができた。




「えるふ!」


「おおう! びっくりした! そしてこれは違うんじゃ。こう。政府の陰謀が」




 冷房全開のクーラーを前にTシャツパンイチで涼をとっていたえるふに詰め寄る。




「うむ! 近い! 早い! ちょっとドキってする! そんなに怒ると思ってなかった! じゃが聞いてくれおぬしが出てからマジでこの部屋蒸し風呂でその辺考慮して手心をじゃな」


「真面目な話するからぱんつしまって聞いてくれ」




 眼鏡越しに見た二人は。




「ちっちゃいオッサンがちっちゃい女で、でかい後輩がもっとでかい後輩だった」


「……ほう」




 真夏の日差しの中、薄着のエルフがにやりと笑う。




 日常は。俺の世界は。




 窓の外で陽炎が揺れていた。

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