You are Mond‼

360words (あいだ れい)

始まりは明日に訪れる

「あの」

 駅のホーム。

 人々が行き交う帰宅ラッシュの時間帯。

 待ち合わせの相手が電車から降りてくるのを待っていた時の事。

 俺、飼田かいだ 瑛美えいみは声を掛けられた。


「は、はい? なんですか」

 待ち合わせ中に知らない人に声を掛けられたので、驚いて声が上擦うわずってしまった。

 そんな俺の声とは対照的に、その人の声はとてもきれいで澄んでいた。

「貴方の制服、県立摩耶まや西高校ですよね?」

 足元に落としていた視線をゆっくりと上に。

 その人、と目が合った。

 ぱちくり、と瞬きをする少女がそこにいた。

「え、あ、そうです」

 どもる俺。

 可愛い少女。

 髪は少し茶色で、ロングなのにさらさらで、目は宝石のように透き通っている。

 まだ、幼げの残るかわいい顔。

 完成されてない、まだ輝きを秘めているような、そんな少女。

「連れて行って、くれますか?」

「あ、はい」

 俺は、待ち合わせのことなど忘れて、即答していた。



 少女に、連れて行ってくれ、と頼まれたのを、生返事で了承してからというものの、心臓の高鳴りが止まらない。

 今は、摩耶西高校方面行きの電車に乗り込んで、車両には2人だけ。

 今の時間帯、高校方面に向かう人などほぼいない。

 ただでさえ、この路線は利用客のほとんどが学生なのだから。


「そう言えば、名前も言っていませんでしたね」

 電車がトンネルに入ったところで、少女はそう言ってきた。

「私は、桜庭さくらば 凪那なぎな。凪那って呼んでください」

 当たり前だが、聞き覚えのない名前だ。

「凪那、さんですか」

「いい名前でしょう? 気に入ってるんです」

 そう言って、凪那と名乗った少女は、今度は体の向きを変え、電車の窓に手を掛けた。

「んっしょ」

 窓の下部をしっかりと握り、ぷるぷる腕を震わせて、窓を下から上に一気に引っ張る。

 すると。

 ごうっ、と風を切る音が鳴る。

 電車の窓を凪那さんが開けたのだ。


 ちょうど電車がトンネルを抜けたようで、車窓からは、満天とは言えないが、それなりにキレイな星空が広がっている。

 摩耶市も首都とはいえ、隣県よりも田舎扱いされてるくらい。

「わぁ……!」

 凪那さんは、そのきれいな目を輝かせながら、星空を見ていた。

 星を見る邪魔になるのは少しあれだが、会話をどうにか続けようと、どうにか言葉を紡ぐ。

 やはり、この少女の顔をまともに見て話せる気がしないので、視線は泳いだまま、俺はそっぽを向いて話し出した。

「あー、俺は、飼田 瑛美、って言います」

 俺は、今度はあまり吃らずに、言葉を返せた。

「エイミ、ですか? なんだか女の子みたいですね」

「確かに、変ってよく言われます」

 実際、高校の友人にもよく言われる。

 俺は苦笑しながら、顔を少しだけ凪那さんの方へ向ける。

「変じゃないですよー。かわいいです」

 凪那さんの視線は、いまだ窓の外に向けられていた。

 横顔がかわいい。

 心臓が無事のまま帰れる気がしなかった。

「そ、そうですか?」

 高鳴る心臓を無理矢理に抑えながら、俺はまた、必死に言葉を紡ぐのであった。


 そんな、他愛もない会話をしていると、摩耶西高の最寄り駅に着く。

「あ、着きましたよ、凪那さん」

 名残惜しいものの、元々この出会いも偶然。

 2人でもっと話したかった。

 電車のドアが開いて、凪那さんが席から立ち上がる。

「あぁ、ありがとうございました。ここからはわかるので大丈夫です」

「そうですか、分かりました。気を付けて」

 残り少なかった時間が、また、縮まってしまった。

 電車のホームに降りた凪那さんがこちらを振り向く。

「ここまで本当にありがとうございました、瑛美くん」

「いえ、そんな。俺は、全然」

 ピンポーン、と繰り返される電子音とともに、電車のドアが閉まって行く。

 あぁ、終わりの時間だ。


「さようなら、凪那さん」


「さようなら、瑛美くん。また明日――」




 車窓からは、ただ山の風景が広がっている。

 凪那さんが降りた駅で、反対方向の電車に乗らなくてはいけなかったはずなのに。

「何、やってんだろうなぁ。俺」

 スマホを見れば、待ち合わせの相手から、何十本という数の電話がかかってきていた。

 俺は謝罪の文を送って、ため息をついた。

 風が、ビュウ、と音を立てる。

 寒い。

 凪那さんが開けっ放しにしたのであろう、後ろの窓を、俺は。

 慣れた手つきで、乱暴に閉めたのであった。

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