10 わたしだって、特別な

 ――「わたしね、花火になりたかったの」――


 わたしのおかしな発言に、ゼンくんは一瞬だけ驚いたように目を丸くした。

 それからゆっくり二度まばたきをして、口元をふっと緩めた。

「いいね」

 短い、肯定の言葉。

 大げさじゃなくて、否定でもなくて。ただやわらかい頷きが、とてもほっとした。

 キャラメルフラペチーノをそっとすすると、ゆっくり甘みが喉の奥から胃に落ちていった。

「いいのかな」

「いいじゃん。最高。パッと咲いて、ドンって響き渡って、パラパラ落ちて、消えてなくなって、煙だけが残って、その煙も風に吹かれてすっとなくなる。最高」

 どこか遠くを見るように、ゼンくんが窓の向こうを見る。

「花火になりたい、かぁ。なんか、すごいな。うらやましい」

「え……?」

 言われた意味が分からなくて、訊き返してしまった。

「うらやま、しい?」

「うん。だってそれって、一度は咲きたいって思えてるってことでしょ?」

 そういうゼンくんの顔が、なんだか少し切なげに見えて。

 少しだけ、消えてしまいそうで怖かった。

「……わた、わたしね」

「うん」

「笑われるって、思ってた。バカみたいだし、って」

 みんなちゃんと、将来を見ている。それなのに、消えたいって言葉と変わらないバカみたいな願望は、笑われても仕方ないって思っていた。

 でも。

 ゼンくんは、笑わない。

「――笑わないよ。だってまりもは、それが好きなんでしょ」

 それこそ、夏の花火のあと、鼻をくすぐる火薬の匂いみたいな。

 ちょっとだけ強くて、ちょっとだけ悲しいような、そんな顔で言った。

「好きなものは好きでいいじゃん。なりたいならなりたいでいいじゃん。誰にも恥ずかしいなんて言わせやしない。言わせてたまるかよ」

 それは、もしかしたら。

 かわいい恰好をしているゼンくんが、それまで生きて来て何度もぶつかってきた壁だったのかもしれない。わたしに言っているんじゃなくて、ゼンくんがゼンくん自身に言い聞かせている言葉に聞こえた。

 それでも。

 自分でさえバカだって思っていた言葉を全肯定してもらえると、視界は情けなく滲んでいった。

「あり、ありがとう」

 ――そうだよ。

 咲きたいんだ、本当は。

 わたしなんかって何百回何千回繰り返したって、その気持ちは消えやしなかった。

 夜空に咲く花になりたい。辛い気持ちだったおかあさんを笑顔にした花になりたい。わたしだって、特別な何かになりたい。

 冴えない、かわいくもない、特別な何かなんて持っていないって、思っていたって。それでも、あがいている。何かになりたい。

 その気持ちがきっと、花火という言葉で表せられているだけだ。

「ゼンくん。あ、あのね」

「うん」

「わたし、変わりたいな、って思ってる」

 おどおどしてばっかりで、自信がなくて、かおちゃんや綾乃に助けれてばっかりで。それでずっと生きていたいたいだなんて、思っていない。

 だから、服だって買ったんだ。だからいつも描いていた絵を求められたときに断り切れなかったんだ。

 このままでいいなんて、思ってないから。

「だから、あの。ネッ、ネイルとか、お化粧……とか、いろいろ、教えてください」

「――へ?」

 ちょっと大人っぽい顔でストローをくわえていたゼンくんが、変な声を出した。そのまま天井を睨み上げて、ずずっとフラペチーノをすすり上げる。

 ずず、ずずずず、とかなりの量を一気に飲んでから、ぷは、と口を離した。

「いーんだけど、化粧はたぶん、俺ちょっと違うんだよなぁ」

「……違う?」

 だって、とっても上手に見える。学校の時のゼンくんと同じ男の子には見えない。

「だって俺、コンシーラー命だもんね。まりもそのへん違うしなぁ」

「コンシーラー……?」

「あー、ニキビ跡とかクマとか消すための奴なんだけど」

 ……ゼンくん、そんなにそういうのあるかなぁ?

 キャラメルフラペチーノを片手に見てみるけれど、よく分からない。

「凝視しないでよ。俺の場合はヒゲ隠し」

 ――グッ。

 吹き出しかけたのを何とかすんでで堪えていた。うう。鼻、鼻痛い。

 ちょっと咽ているわたしに、ゼンくんは困った顔をしている。

「大丈夫? 吹きかけたね」

「ご、ごめんなさい……だって」

 ヒゲ……。ヒゲ……?

「ちゃんと剃っても跡があるんだって。俺男だからさぁ、一応。ほら」

 すっとわたしの手を握ると、そのままゼンくんは自分の頬に持っていった。

 親指の先に、確かにチクチクと当たる何かを感じる。

「ね」

「う、うん」

 わ、分かった。分かったけどどうしよう。これなんかすごい恥ずかしい。

「――あ、あの。はな、はなし」

「やだ」

 悪戯っぽく笑って。ゼンくんは自分の頬に乗ったわたしの手を上から抑えたまま、にこっと笑う。

「俺、ちょうかわいいよ。でも残念ながら男です。それでも俺に化粧とかネイルとか教わりたい?」

 自分でちょうかわいいって言えちゃうんだから、そんなのいちいち聞かなくても分かってるはずなのに。

「教わりたい、です」

 わたしの言葉にゼンくんはまた笑って、そっとわたしの手を握ったままゆっくりと手を下ろす。

 それからそのわたしの手の甲に、そっと口づけをした。

 ……え。ええええ?

「仰せのままに?」

 お姫様みたいな顔で、王子様みたいなセリフを吐いて、絶句するわたしを見てケラケラ笑い出したゼンくんは。

 たぶん……たぶんちょっとだけ、意地悪だ。

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