8 将来なりたいもの
「Vやってる理由?」
土曜日。FIRE*WORKS。またお邪魔したわたしを当り前のように受け入れてくれたれいちゃんは、カフェスペースでむう、と首を傾げた。
「楽しいから、以上。ってかんじだな?」
「楽しいから……」
「そ。それが一番大事な動機だし、楽しくなきゃなんもやれないしね」
うん。それは分かる。
れいちゃんはトロピカルアイスティーをずずーっと飲み干すと、少しだけ声を潜めた。
「ただ。――パパにはないしょね」
視線だけでちらり、と、展示スペースにいるマスターさんを示す。
「まだ機材とかそろってないからそこまで出来てないんだけど。Vってさ、全身も表示して動かせるの。まぁ、ちょっとあたしの場合手ぇくわえなきゃだけど。――そしたらさぁ。足も自由に動くじゃん?」
一瞬、きゅうっと心臓が縮こまる気がする。隣に座ったゼンくんは、椅子に背中を預けたまま特に反応もしていない。
「ほんとはさ、YouTubeでも良かったんだよ、あたし。顔出しに抵抗は別にないし。ただ、どうしてもこれ、映るじゃん?」
――車椅子だ。
「そうした時に変に同情されたりするのが面倒でさ。あたしはあたし自身のトークとか歌とか、実況とか、そっちを素直に楽しんでもらいたいのに変なフィルターがかかっちゃうじゃん。それもヤだし。だからアバターだね。アイリスなら、踊ったり跳ねたり、何なら羽だってキャラデザに入れたから飛べたりもするし?」
うひひ、とれいちゃんが悪戯っぽく笑う。
「最高じゃん。自由じゃん。だからVやってる感じかなぁ」
「……そ、そっか。あの」
「聞いてごめんとか言わないでよ? 話せてうれしかった」
……先回りして封じられてしまった。
困って、曖昧に笑うしか出来ない。
「ゼンも似たようなもんでしょ」
「――俺に振るの?」
むう、とゼンくんが頬を膨らませる。今日はだぼっとした白のトップスに、黒のロングスカートとコンバースのスニーカー。シンプルだけど、オシャレな恰好をしている。
「結局楽しきゃ何でもいいじゃんって思うけどね、俺は」
「ま、そんなもんそんなもん」
れいちゃんが笑う。
「アートとは違うかもだけど、あたしにとってはVがあたしを表現する手段。ゼンにとっては女の子の格好が多分それ。まりもちゃんは絵。ここにある作品もきっと似たようなもん。手段は何であれ、それが楽しいかどうか。それをしている間、自由かどうか。それ以外にないと思うよ」
「……ん。そう、だね」
きっと、たぶん。人生は一回しかなくて。それがきっと、わたしたちは不満でもあって。だから、何かを作り出して別の何かになりたかったり、それを描きたかったり、するのかもしれない。
将来。うまくは言えないけれど、将来なりたいもの、も、きっとその延長にあっていいんだろう。
――じゃあ、花火は?
おなかの底でくすぶり続けている「なりたい」は、何だろう。それは何かを表現したいのかな。それともその表現した状態のことなのかな。ただ、それよりもっと単純に。
わたしは、消えたい気持ちを消せないだけなのかな。
「――ま、それはそうと。今日君らこれからデートなんでしょ?」
「でっ……?」
「そー!」
驚きの声を上げるわたしと、その声をかき消すゼンくんと。わたしたち二人を交互にみて、れいちゃんはまたヒィってちょっとだけ引き笑いする。
「ゼンめっちゃ楽しみじゃん」
「だって、人のを見立てるって最高に楽しいじゃん!」
「うんうん。まりもちゃん頑張ってー」
が、頑張る。なんか、ちょっと今更ドキドキしているけれど。
「んじゃ、いってらっしゃい」
れいちゃんが満面の笑顔で手を振った。
ゼンくんと二人でお店を出る。路地には人がぱらぱらと歩いていた。
す、と。ゼンくんの手がわたしの手に触れた。握られる。
「あ……」
ゼンくんは、かわいい顔で笑った。
「いこ!」
ぐん、と手を引いて走り出す。
――ほんとに、楽しみにしててくれたんだ。
「……うんっ」
引かれて走り出しながら、わたしは大きく頷いた。
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