6 外の世界

「あ……今日はれいちゃんは……?」

「ん? まだだよー。来るときも来ないときもあるしね」

 そっか。れいちゃんも、大学生っていってたしきっといろいろ忙しいはずだもんね。

「あ、そうだ。まりもってLINEは?」

「え? あ……いちおう、やってる」

 かおちゃんと、綾乃と、おとうさんと、あと一応入れられた学校のメンバーとのグループのやつくらいしかないけれど。そして学校のは結局ミュートしちゃっててほとんど見てないけれど。

「教えてー」

 ちょっと恥ずかしかったけれど、スマホを見せてIDを交換する。ゼンくんのアイコン、どっちだろうとちょっと思ったのだけれど、漢字一文字で『善』と書いてあるやつで少しだけ笑っちゃった。

「学校の奴らとも使うからね、無難な感じ。つまんないけど」

 ゼンくんがひょい、と肩を竦める。そっか。ちょっと残念だろうな。

 何か言うべきかな、と悩んでるわたしをよそに、ゼンくんはすいすいっとスマホを操作して、何か送ってきた。

「これは?」

「URLー、そのサイト登録してアクセスして、そのひとんとこ行くと生配信とか見れるよ。たしか今日夜やるはず」

「生配信……あ」

「そっ」

 に、とゼンくんが笑う。

 男の子の格好のままだけれど、眼鏡の奥の目は女の子の時と同じ悪戯めいたキラキラを宿していた。

「れいちゃんの。アイリスって、れいちゃんの名前だよ。見てみて、面白いからさ」

「う、うん!」

 知らない世界が、ある。このFIRE*WORKSの扉を開けてから、そんな世界ばかりだ。でも、きっと。これが、ゼンくんが見せてくれている世界。ゼンくんが見ている世界。学校とうちの往復しかなかったわたしが知らなかった、外の世界。

 だからきっと、これも。ゼンくんのための絵を描くための、糧になる。

「ありがとう、ゼンくん」

 わたしの言葉に、ゼンくんがふわりと笑う。

 ああ、やっぱり。

 とうめいな、春の風みたいだ。ゼンくんの周りは鮮やかな色であふれているけれど、ゼンくん自身はそのどれにも捕らわれていない、とても澄んだ気配がする。

 そんなゼンくんに似合う絵を、描けるのかな。

 そんなゼンくんを美しくとる写真にふさわしい絵を、描けるのかな。

 きゅん、とおへそのあたりに落ちてくる黒い感情を何とかそこだけで押しとどめて、わたしはFIRE*WORKSをあとにした。



 お風呂上がりの髪を乾かしながら、自分の机の上にスマホを置いた。

 四苦八苦しながらなんとか見れるようになった番組は、かわいい女の子のキャラクターがきゃっきゃとはしゃぎながら、最近食べたおかしのこととか、ゲームのこととか、漫画のこととか、好き勝手に話していて、時々は歌ったりなんかしていた。

 アニメの絵の女の子が、しゃべりながら顔や手がちゃんと動いていく。その不思議さもさることながら、そこから聞こえる声がれいちゃんであることは間違いなくて、それがなんだかとっても不思議でおもしろかった。

「おねえちゃん、何見てるの?」

 軽快なれいちゃんの話に思わず笑い声をあげてしまっていたら、綾乃がベッドから覗き込んできた。

「んっと……Vtuberってやつなんだけど」

「へー。おねえちゃんそういうの見るっけー?」

「えっと、友達に教えてもらって」

 さすがに友達本人だ、とは言えなくてごまかしてしまった。

「あ、かーわーいー。妖精キャラなんだー」

 覗き込んでいたはずの綾乃が、起き上がって自分の椅子を持ってきた。一緒に見るつもりらしい。

「キャラ絵かわいいねー。話も面白いし」

「うん」

 ちょっとうれしくなってしまう。れいちゃんは確かに、とても話し上手だ。聞くことも上手だなって思ってたけど、こうやって一人で延々話していられるのは本当に特殊スキルだと思ってしまう。

 右下を流れていくコメントに随時反応して、面白くいじったりしている。

 綾乃の横顔を見る。屈託なく笑っていて、楽しそうだ。

 そういえば、あのあとおとうさんとどうなったのか詳しく聞いていない。でもきっと、綾乃は綾乃なりになんとかやっているんだと思う。時々しんどそうだけれど、でも、頼ってくる時だけ話を聞いてあげればいいんだと思っている。それくらいの距離のほうがきっと、綾乃だって頼りやすい。

「いいなー、こういうの。楽しそう」

「綾乃も、やりたいの?」

「あー。無理無理。絶対」

 あははは、と綾乃が笑う。

「おねえちゃん、知らないかもだけど。これすっごい大変だよ。キャラ絵描いてー、それ立体にしてー、動くようにしてー、んでもって、自分の話や特技で人を楽しませてるんだよ。無理無理。そんな簡単じゃないしー」

 否定して。それから、ぽてっと綾乃が机に頬をつけた。

「こういうの、作れたらいいなーとは思うけどね。楽しそう」

「作れたら? やるんじゃなくて?」

「うん。やるのは違うなー。なんかね、こういう……新しいって感じるSFって感じの技術、好きだなぁって思う。どっちかって言うと、そっちのほうが気になる感じー」

 綾乃のそんな話、今まで聞いたことがなかった。

 そしてたぶん、それは。

 きっと、大切なこと。

「それ。それで、いいんじゃないの?」

「え?」

 綾乃が顔をあげてきょとんとする。

 その間にもれいちゃんが、なんだか楽しそうに歌っている。

「将来、何になりたいのか……って。進路になると、ちょっと、ごめん分かんないけど……でも、やりたいこと、ってきっと」

「おねーちゃん、単純」

 ぺち、っと綾乃がわたしの額を叩いた。ちょっと痛い。

「こういうのって、頭いい人たちがどんどんやっていくやつでしょ」

「でも、やりたいって言った」

「言ったけどさ」

 別に、すぐにどうこうじゃないのは分かっている。でも、こういう何かを作りたいという思いは、たぶん消さなくていいはずだ。

「わ、わたしは。綾乃が作るそういう何かを、将来見てみたい」

 それがどんな技術になるのかは分からないけれど。でも、これから先なんてどんどん変わっていく。小学生のころにはなかったゲームの世界が、いまはあるんだから。

 綾乃は二度三度瞬きして、それから少しだけ困ったように笑った。

「うん。考えとくね」

 進路調査票には書けない未来。

 口に出したら恥ずかしくって、人に話したら馬鹿にされるかもしれない未来。

 でもそんなことだって、二人だけなら言い合ったっていいはずなんだ。

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