10 土曜日のFIRE*WORKSにて

 お店の戸をくぐった途端、目を奪われた。

 射抜くような強い眼差しにやられた。


 土曜日。やってきたFIRE*WORKSは賑やかだった。

 お店の入り口前には業者さんのような人がいて、何やらいろいろと搬入している。その流れが途切れたところでそうっと入ってすぐ、眼差しにやられた。

 FIRE*WORKSの左側。展示スペースの、一番奥。白い壁に大きな写真が飾られたばかりのようだった。

 大きな写真。

 白黒で、正面を見据える人のバストアップ。こちらを射抜く大きな目。そういう加工をしているのだろう――唇だけ鮮やかな紅。

 とても美しい女性――のように見える、けど。

 ゼンくん、だ。

「めっちゃ恥ずかしいときに来たね、まりもちゃん」

 こつ、と後ろ頭を小突かれて慌てて振り返る。ピンクのワンピース姿のゼンくんがそこにいた。

「……!」

「声出てない声出てない」

 何を言えばいいのか分からず口をパクパクさせながら写真を指差すと、ゼンくんはけらけらっと笑った。

「そ。俺。いいでしょ」

 その言葉には無二もなく頷くだけだ。だってとてもきれいで、かっこいい。

「ふふ。ありがと……っと」

 ぐっとゼンくんがわたしの手を引いて一歩横にずれた。ちょうど搬入してきていた業者さんが通るところだった。邪魔になっている。……そりゃそうだ。入ってすぐ、足を止めちゃったんだもの。

「すぐ終わるけど、とりあえず落ち着くまで上行こう」

 言うとゼンくんは、ちょうど立っていたマスターに声をかけて、上の階段を登りだす。わたしも慌ててマスターさんに軽く頭を下げてついていく。

 着いていくしかなかった。だって。

 手を、繋がれたままだし。

「あ、あの。ゼン、くん」

 オロオロしながら手を軽く振ると、ゼンくんは一瞬キョトンとした顔をしてから、あ、ごめん、と手を離してくれた。

 二階はだだっ広い空間になっていた。その奥、大きな窓際で、ノートパソコンを開いた車椅子の女性が喋っている。

「ってぇなわけでー、そろそろおしまいの時間でーすっ! 今日もありがとうございましたっ! バイバイ! アイリスでした! またね!」

 軽やかな声で言うとしばらく大きく手を振って、それからふぅっと息を吐く。

「おっつーれいちゃん。配信終わった?」

「さんきゅー。ちょうどだよ」

 配信……?

 れいちゃんはぽけっと突っ立っているわたしのもとへ、すいすいと車椅子のまま近寄ってきた。

「こんにちはー、まりもちゃん」

「あ、こんにちは……あ、あの。今、何をしてらしたんですか?」

「タメ語でいいんだけどな。んっとね、配信」

 配信。

 聞き慣れない言葉に固まってしまう。

「れいちゃん、Vやってんだよ」

「ぶい?」

「Vtuber。知らない?」

 知らない。Youtuberなら分かるけれど。

「意外と弱いんだ、そういうの?」

「あ……ごめんなさい、流行りはあんまり、知らなくて」

 うちにいてもひたすら絵を描くか本を読むかなので、情報に疎いのは自覚があった。

「Youtuberのバーチャル版だよー。バ美肉ってやつさっ!」

「ばび……?」

「れいちゃんれいちゃん。まりもちゃんノットオタクだから、やめてあげて、そーいうの」

「あ、やっぱだめ?」

 へへっ、とれいちゃんが笑う。それから、うーん、と軽く首をひねって、

「バーチャルキャラクター……ようは漫画みたいなキャラクターを使って、Youtuberするかんじだね。顔出さないで、話したりするの。それをやってるんだ、あたし。個人だけど」

 あ。……それならなんか、ニュースかなにかで見たことがある気がする。

「すごいですね」

「やー、ド底辺個人Vなんていっぱいいるよー」

 わははっ、とれいちゃんは笑う。

「すごくはないけど楽しいよ。ま、ま、あたしのことはいいからさ」

 ニッと、れいちゃんが歯を見せる。

「また来てくれてよかった。ゼンの友達なんてキチョーだからね」

「れーいーちゃーん」

 友達……友達……?

「まりもちゃんも! そんな微妙な顔しないで! そりゃただのクラスメイトだけどさ」

「えっ、あ、ごめんなさい」

 ゼンくんがぷすっとふくれっ面をしている。そんな顔すらかわいい男の子ってなんかちょっとずるい気がする。

 改めてゼンくんを見ると、やっぱりかわいい。

 先日と同じ、ふわっとしたロングヘア。長いまつげ。襟がレースになったサーモンピンクのAラインワンピース。スイングタイプのイヤリングと、一粒タイプの青い石のネックレス。この前よりずっと甘い雰囲気。でもよく似合っている。

「その、ワンピース」

「うん? かわいいっしょ。こないだ買ったんだよ」

「はい、よく似合います」

「敬語やめてねー。ありがと!」

 敬語……敬語は、なんというか、そのほうがラクなのだ。距離を詰めると傷つくことが多くて、敬語は距離をとれる気がして、どうしても使ってしまいがちだ。

 ただ、それは同時に、あなたをこれ以上近づけさせません、の言葉の代わりにもなっているわけで、それはゼンくんたちには、失礼なのかもしれない。

「が、がんばりま……る」

「おけまるー。まりもちゃんはシンプルだね、服」

 言われて、なんとなく自分の服を見下ろす。たしかイオンかなんかで買ったTシャツに、デニム。足元はスニーカーで。

 ……うん、シンプルだとおもう。でもわりと、いつもこんな感じだ。おしゃれが嫌いなわけではないのだけれど、どうにも気後れしてしまうのと、どうしたらいいのか分からない。

「えっと……」

「そういうのさらっと着れるのいいよね。似合うし」

 ゼンくんの言葉に、れいちゃんがうんうん頷く。

「分かるー。わりとここくる人、そういうカッコのひといるしねー」

「そうな、の?」

「うん。作業しに来る人とかわりとそんなよ」

 そっか。絵を描いたりするには、確かにラクで一番気を使わない格好ではある。

 れいちゃんもゼンくんも、フォローしてくれているのが分かる。優しいひとたちなんだ。いきなり迷い込んできたわたしを、さらりと受け止めてくれている。

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