5 衝動
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少しだけ作品を見て、残っていたバタフライピーティーを飲み干したあと、お店をあとにした。
名残惜しかったけれど、美鈴さ――れいちゃん、とマスターの、また来てね、の言葉と、ゼンくんのまたあした、の言葉をお守りみたいに胸元でぎゅっと手のひらの中に閉じ込めて外に出たら、ちょうどバタフライピーティーにレモンシロップを入れたような空色になっていた。
ふはぁと、自然と大きく息が漏れる。
そっと手をほどいて、空に掲げる。左手の親指だけに閉じ込めた夏空は、いまの空の中では少しだけ浮いている。置き去りにされた昼空をもう一度握りこんだ。
歩き出す。
秘密の路地裏の色レンガの道を、一歩、一歩と進むうち、いつの間にか早足になって、それからいつの間にか駆け出していた。体の真ん中の奥のほうから、なんだか不思議なわくわくが沸騰するお湯みたいに湧き上がってくるもんだから、手足がタービンで動かされるみたいにじっとしていられなかったんだ。
暗闇の中の光るシャボン玉。
親指だけの夏空。
魔法のような鮮やかなお茶。
真っ白な空間にあふれるアート。
おしゃべりで楽しい車いすの女性。
それから。
とびきりかわいい、クラスメイトの女の子みたいな男の子。
そのどれもが、今までのわたしの、片瀬真理乃の世界にはないものばかりで。あのお店の自動ドアの向こうが、まるで大昔憧れたクロゼットの向こうの別世界みたいに感じてしまって。
じっとなんて、とても、していられなかったんだ。
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