5

 昼休みが終わってから午後の授業中、俺はずっと山中にぶつける女の子を誰にするか考えていた。ドMに負けないドSで、おまけにレズと来たら条件が厳しすぎる。

 いや、でも適当にその女の子に殴るふりさせるだけで、案外コロっと山中の気が変わったりするかもしれないし、こだわらなくても良いのか? 水島だってそんな感じで惚れられたんだし。ちなみにその場合、山中の気が水島から移った後は俺は知らない。そこまでは考えない。その子には悪いが後で自分で解決してくれ。

 まあ出来るだけSっぽくて、かつレズっぽい女の子を選出するか。あとは山中に付きまとわれる状況に陥れても、俺の心が痛まない子とかかな。

 授業中そうやって考えていると、俺はふと一人の女の子の姿が脳裏に浮かんだ。

 あいつならSっぽいしレズっぽいし俺の心も痛まない。全て兼ね備えている完璧な女の子だ! 彼女の名は――。




「城ケ崎頼む! 山中を殴ってくれ!」


 この日、六時間目の授業が終わると俺はさっそく城ケ崎の席に突進した。


「はあ!? あなた頭おかしくなったんじゃないの? いえ、おかしかったのは元からかしら?」


「殴るふりで良いんだ。頼む」


 俺は頭を下げた。


「……あなたが頭を下げるところなんて初めて――いえ、初めてではないわね。まあ、珍しいことに変わりはないけれど、何か事情がありそうね」


「お、話を聞く気になってくれたか。旅行の時、風呂で言ってたように親父さんの言うことを聞いて、ちょっとずつ心を大きくしようって気があるんだな。俺は応援するぜ、その心がお前のおっぱいと尻に負けないくらいデカくなるようにな」


「酷いセクハラね! 断るわよ――って、なんでお風呂での話を知ってるの!?」


 おっといけねえ。口が滑っちまったぜ。


「いやそんなことはどうでもいいんだ。これはお前にしか頼めない事なんだ。頼む、断らないでくれ!」


「……私にとってはどうでも良くないんだけれど……まあいいわ。大体想像がつくことだし。それで、山中さんを殴るふりをすることが、どうして私にしか頼めないのかしら? いえ、そもそもなんでそんなことをしないといけないの?」


「それを説明するには長くなるが、実は山中はドMなんだ」


「え! 初耳ね……」


 城ケ崎は何か考える素振りを見せた。


「話を続けるぜ」


 そこから俺は、水島が山中に付きまとわれて助ける必要があることと、その方法についての説明をした。


「なるほど、理由は分かったけどその結論に至るところは理解出来ない、いえしたくないわね。それで、もう一度聞くけれど、どうしてそこで私が選ばれたの?」


「ああ、そいつは簡単だぜ。俺の知り合いの女の子の中で、お前が一番Sっぽくてレズっぽいから」


 城ケ崎って冷たい奴のイメージが強い。それにいつも女友達二人と一緒で美人なのに男っ気を感じないんだよなあ。


 俺が言い切ると、城ケ崎はみるみる顔を赤くして肩を震わせる。


「どうした?」


 俺は心配して声をかけた。


「最低っ!」


 ところが城ケ崎は右手で俺にビンタした。


「何を――らがぉやっ!」


 さらに城ケ崎は、振り切った腕を反対方向にまた振って往復ビンタをした。


「だ、誰がSでレズよ! 失礼ね!」


「馬鹿野郎!」


「ひぃっ……!」


 城ケ崎が叫ぶので俺は怒鳴り返す。すると城ケ崎は圧倒され怯んだのか後ずさる。


「城ケ崎、それは全世界のSとレズの人に失礼だろ! 差別的だ! 訂正しろ!」


「そ、そういうつもりじゃないわよ……! は、話のスケールを大きくして差別とか言い出すのは、ひ、卑怯よ……!」


 まあ、そういう俺も人類皆平等の志みたいなのは無いんだが。このままうまくやりこめないかなあって。


「ねえ喧嘩? 大丈夫?」


 そこへ、俺と城ケ崎のヒートアップしたやりとりを聞きつけた西城が、心配げに俺たちに話しかけてきた。その後ろには、学級委員の仕事を果たさんとする帆風の姿もあった。


「いや西城、帆風、大丈夫だ」


 他人が居るとやり辛いかと思い、俺はそう言って西城と帆風を遠ざけようとした。

 しかし、その最中でふと閃いた。周りに人が多い方が城ケ崎も断り辛いのではないか?


「さあ、城ケ崎、訂正してもらおうか。Sもレズもそう言われて失礼だと返すのはおかしいと」


「わ、分かったわよ……」


 城ケ崎は渋々といった感じに、片腕を掴みながら言った。


「じゃあSとかレズとか言われても訂正する必要はないよな。そして訂正しないということはお前はSでレズだということだ」


「その論理はおかしいでしょうが! もう、そんなこと言うんだったら協力しないから!」


 ちっ、駄目だったか。もしかしたらうまく丸め込めるかもって思ったんだけどな。だが全然駄目だったらしい。西城と帆風の方を見ても、二人とも理解出来ないって顔をしている。


 いや、このまま諦められるかよ!


「頼むよ城ケ崎、殴ってくれ。ふりでも良いからさ!」


「……え、ハジメ、そういう趣味あったんだ……」


「永井君、それはちょっと……」


 しまった! 二人には事情を説明していなかった。これだけ聞いたら俺がドMだと勘違いされてしまう!


「ち、違う二人とも! それは誤解だ! 殴って欲しいのは俺じゃない、山中だ!」


「「もっと酷いわっ!」」


「じ、事情があるんだ!」


 しかし、説明しようとしても帆風と西城の二人は聞く耳を持たず、さらには城ケ崎は何の説明も助けもしてくれない。


 結局この交渉はこのまま大荒れとなり決裂。俺のイメージが大幅ダウンしただけとなってしまった。

 トホホ……。水島、俺のイメージが下がった責任取ってくれよ!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る