3

「あら、顔が青いわね? どこを怪我したの?」


 頼子先生は、座った椅子を回転させてこちらを振り向き、優しい声で出迎えてくれた。その声だけで傷が癒されていくような感覚にさえなる。


 ああ、俺はまさしく、この方とイチャイチャラブラブエッチをしたいと、そう思った。

 年上相手に甘え、優しく手解きを受けたいと。

 制服の点は白衣でノルマクリアだ。格好についてはそりゃもちろん気にしますよ。


 正直、本当に怪我が理由で腫れてしまうのではないかと思うほど痛くて、これはもう脹れないんじゃないかと思われた俺の股間は、しっかりと脹れてくれた。

 惚れた脹れたとはよく言ったものである。


「じ、実は股間に、深刻な打撲を……」


「まあ大変! 早くパンツを脱いで、見せてみて」


 ――――っ!


 こんなに事が上手く行くことがあろうか!

 今までなら、何かしらが起きて妨害されてばかりだった。

 だが今回は、こんなにもスムーズに事が運んでいる。

 もしや、頼子先生こそ運命の相手で、だからこんなにも上手く行っているのか?


 俺はもう、全てが済んで勝った気になりかけた。

 しかし、すんでのところで思い直すことが出来た。

 まだ頼子先生が、彼女になったわけじゃない。気を緩めてはいけない。

 頼子先生が、こんなにも積極的に俺の股間を覗きたがるのは、彼女が優しくて仕事に真面目だからというだけの話ではないか。


 ひとまず俺は、ズボンに手をかけた。

 だが気を引き締めなおしたこの時、強化人間特有の直感が、この直後起こり得る悲劇の可能性を感じ取った。


「あ」


「どうしたの?」


「い、いえ、なんでもありません」


 俺は以前の親父との会話を思い出していた。

 俺の股間のマグナムは他人並以下の、手のひらサイズだということを、すっかり忘れていた。

 今、俺に襲い来る感情は、恐怖と羞恥心だ。

 優しい年上の女性の前でパンツを脱いで、俺のそれを見られたとき、彼女は何という反応を示すだろうか。


 やはり優しいから「気にしないで」とか言ってくれるのかな。

 だが、内心どう思ってるのかはどうしても不安になってしまうし、ここは「大きいね」とか言って欲しいのが少年の性。

 相手に気を遣わせるのも悪いし、慰められると余計に傷ついてしまうガラスのハート。

 別の意味で慰めて欲しいけど、そんな冗談も言っていられない死活問題。


 …………でも、甘えたかったんなら、子ども扱いされても良いんじゃない? 

 …………それもそうかも。


 俺は一大決心をし、パンツを下した。

 それから頼子先生は、まず目で見た。

 特にそれといった反応はなく、本心は読めなかった。

 それから触診を始めた。

 もう、これだけで親父に勝ったと自慢できるエピソードを頂いてしまったが、俺の志は天より高い鯉のぼりよりも高かった。これで終わりにはしない。


 だが、それはそれとして、帰ったら親父に自慢の電話を入れよう。

 だが、あの童貞親父のことだ、息子に女性経験で抜かれたと信じないかもしれないから、証拠を取っておこう。


「ちょっと、録画しても良いですか?」


「変なことに使わない?」


「変なことって、例えば何ですか?」


 こんな素敵な女性の望まないことは避けたいところであるので、しっかりと誤解のないよう具体例を聞いておく。

 俺はセーフだと思っても、頼子先生はアウトだと思うことが、あるかもしれない。


「そうね、誰かに見せるとか」


 はいアウトでした。あっぶねーっ! やらかすところだった!

 念のため聞いておいて良かったぜ。

 だが、よくよく考えてみれば、美人爆乳養護教諭であるところの、頼子先生の触診の光景を誰かに見せるなんて、こんなに勿体ないことがあろうか!

 こういう素敵映像は独占するに限る。

 自慢することで頭がいっぱいで、そこまで気が回らなかったぜ。

 個人利用は、変なことには当たらないと思います。


「でも、一人で見るなら……良いよ……」


 そう言って頼子先生は頬を赤らめ、身を捩じらせる。

 え、これって、そういう意味で良いんですか!?

 やっぱり個人利用は、変なことに当たらない訳ですね!

 大丈夫です。ネットにアップロードとか絶対にしません。


「はい! 誓います!」


「ふふ、元気ね」


 頼子先生は微笑んだ。

 笑った顔もエッチだなと思いながら、俺はスマホで録画を開始した。

 この映像を所持しているという事実と、その優越感だけで一生生きていけると思った。


 ああ、本当に股間を怪我しておいてよかった。

 そこらへんの不良も、自分の顔を殴ってこの保健室に来る理由を作っているらしいが、俺をそんじゃそこらの不良や、馬鹿なヤンキーと一緒にしてもらっては困る。

 俺はこのために、股間を友人に蹴り上げてもらったのだからな。


「じゃあ、あとは唾つけとけば治ると思うんで――」


「もう、可笑しな子ね」


 そう言って頼子先生は冗談を笑って流し、俺のパンツを上げた。

 年上の女性にパンツを履かせてもらうのも、アリだな……。


「次から怪我しないように気を付けてね」


 頼子先生はドアを開けた。


「はい。今日はありがとうございました。本当に本当にっ、ありがとうございました」


「なんで二回言ったのかな? まあ、どういたしまして」




 俺は、とっても豊かな気分で保健室を後にした。もう胸がいっぱいだ。

 これからの午後の授業をサボって、家に帰ってしまいたい。

 この気持ちを今、一人で誰にも邪魔されず満喫したいのだ。


「待ちたまえ」


 だが、そんな俺の気持ちをぶち壊さんとする、不届き者が俺の前に現れた。

 俺は、そいつが誰なのかを知っていた。同じ風紀委員の三年、加藤春夫だ。


「な、何の御用でしょうか?」


 俺は、先程の保健室でのことが、バレたのではないかと気が気でなかった。

 さっきの俺の行動は、いわば抜け駆け。

 そんなことを、それも風紀委員に知られたとあっては、ただでは済まされんだろう。


「実は、保健室で不貞を働く者が出たときのために、あそこには隠しカメラが仕掛けられているのだよ」


「な、なんだと……」


 おそらくそのカメラは、抑制のためにあるのではなくて、隠し撮りした動画を楽しむために仕掛けられたであろうことは、説明されなくともわかった。


「当然、君がさっき行ったことは把握している。さあ、スマホを出して」


「動画を消せと?」


「そうだ。ただし、その前に私のスマホに転送したまえ」


 くっそー、こんなやつに捕まっちまうなんて。

 頼子先生は、誰かに見せては駄目だと言ったんだ。

 約束は、彼女の名誉のためにも守らなくてはならない。

 あくまで独占したいからではない!


「いやー、しかしわたくし、機械にはどうも疎くてですね」


「なら私にスマホを貸してみなさい」


「いえいえ、先輩のお手を煩わせるわけには――あっ、間違えて消してしまいました!」


「何をやっとるかぁ!」


 加藤春夫は、俺にビンタを食らわせようとした。

 しかし、俺は反射的にそれを腕でガードした。

 立て続けに、自分の思い通りに事が運ばなかった加藤春夫は、俺を睨みつける。


「君、今回のことは、覚えておきたまえ!」


 加藤春夫は、プリプリして早足で去っていった。

 だが、それはこちらのセリフだ。

 お前のせいで、家でゆっくり楽しもうとしていたお宝映像が消えてしまったのだからな。一生、生きていけるだけの力を手に入れたはずだったのに!

 この恨み、晴らさないでおくものか!


 まあ、落ち着け俺。

 さらに冷静に考えて、忘れてはいけないことがもう一つ。

 現実の問題として考えても、奴の言う保健室の隠しカメラは無視できない問題だ。

 これから保健室に通い詰めて、やる事なす事全部筒抜けとあっては、プライバシーの侵害だ。二人の愛の巣を、誰にも邪魔されてなるものか。


 俺は絶対に、加藤春夫に対してアクションを起こさなければならないわけだ。

 まずは隠しカメラの在りかを探して、それからどうするか。

 あまり大きな行動を起こして、俺がやったとバレると面倒だ。

 風紀委員内の派閥争いにまで発展したら、収拾がつかなくなる。

 俺がやったとバレない、というよりそもそも何かが行われたということ自体、発覚しないことが望ましい。

 となると、隠しカメラの撤去などは論外である。


 だが、それはそれとして、やっぱり復讐したいという気持ちもスッキリ解消したい。

 しかし、これはさっき言ったことと相反する。

 極めて難しい問題だが、俺は諦められなかった。

 それだけ、エロ動画の恨みは大きいということである。


 きーっ、あのスケベ男! 絶対許さないからな!




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