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 俺という男は、本当に頭が回るから困る。

 この日の放課後、俺は科学部部室を訪ねた。

 ここに今回の問題を、スパッと解決してくれるキーがあると踏んでのことだった。


 うちの科学部の科学力はこれまた凄い。

 世の中に出回っていないようなものを、次々に開発している。


 例えば

『惚れ薬』

『透視スコープ』

『服だけ溶かす薬品』

『服は残すが下着だけ溶かす薬品』

『ビームサーベル』

 と、枚挙に暇がない。


 服を溶かせば透視スコープは要らないんじゃないか?

 下着フェチは居ないのか? などと言いたくなるが、実力は確かだ。


 この俺が他人様をあてにするなんて、普通なら腹立たしいことであるが、今回は事が事だし、俺は実力のある者は、きちんとリスペクトする。

 そういう、実力のある者の力を借りるのは、いわば適材適所、餅は餅屋であるから力を借りるのに抵抗はない。

 むしろ、その采配や人脈はさすがは俺といったところと言える。


「邪魔するぜ」


 俺はドアを開け、科学部部室に入った。

 中は学校の教室とは思えない、床、壁、天井が全てコンピュータに覆われていた。

 それらのコンピュータは絶賛稼働中で、緑や赤の光が怪しげに点滅していた。


「何か用かな」


 部屋の一番奥、大きなモニターの前の、背もたれの大きな黒い椅子は、独りでに回転してこちらを振り向く。椅子には小さな少年が、ちょこんと座っていた。


「いやぁ、あんたの噂はかねがね聞いてる。あんたが入部して一か月と少し、ビームサーベルくらいしか、碌な発明がなかった科学部を大躍進させた。齢九歳にして、義務教育課程を飛び級ですっ飛ばした天才。あんたはその、中野達典で間違いないな?」


「いかにも、我輩が大天才、中野達典その人である」


 中野は体に見合わず胸を張り、尊大な態度を取る。


「ちなみに、飛び級が必要なことは、小学校入学時点で分かり切っていたことだ。にもかかわらず、腰の重い大人たちは、我輩の飛び級を決めるのに二年もかかりおった。しかも、大学ではなく高校。本当に頭が痛くなるよ」


 聞いても居ないことをべらべらと喋りおる。

 俺と同じ一年生のくせして言葉遣いは偉そうだが、その声は少年の高い声そのものだ。

 他人から舐められないように必死と見える。そういう所は子供だ。


「だから、俺はあんたを天才と見込んで、尋ねたんだ。惚れ薬や、服だけ溶かす薬品を作れるんだ。当然『透明マント』くらい、発明しているんだろう?」


「もちろんだとも。で、それを貸してほしいという訳か」


「そうだ」


 さすがは天才、話が早い。


「だが、私が君に貸して何の得がある? 透明マントを借りたいという人間は、多いのだよ?」


 なるほど、そう来たか。いや、ごもっともな話だ。

 天才と言えど、損得には頓着するらしい。

 分かりやすいのは金だが、機関はもう金を貸してくれないし、極めて合法的な人殺しのバイトは、あまりやりたくない。大体、いくら必要かも分からん。

 だが金額は聞かない。

 もし、それで払えないような額だった時、格好が悪いからだ。


 他に分かりやすいものと言ったら、そりゃ女だろう。

 だが、ちょっと考えてみて欲しい。

 女の子なんて、金より用意するのが難しいじゃないか!


 しかし、またまたちょっと考えてみれば、こいつはお子様だ。

 お子様なら女と言っても、手を繋ぐくらいで満足するやもしれん。

 手を繋ぐだけなら、簡単に女の子を用意できる。

 いや、さすがに手を繋ぐくらいじゃ応じてくれないか。


 ……うーん、じゃあこうしよう。


 悩んだ末、俺は結論を出した。


「あんた、年上の美女は好きか?」


「まあ、理屈で言えば、ほとんどの女性が年上になるわけだから、当然我輩の好みの年齢は年上だよ」


「じゃあ、爆乳は好きか?」


「言うまでもないことだ」


 中野は腕を組み、頷いた。


「それを聞いて安心した。俺に透明マントを貸してくれたら、あんたは年上の美人爆乳教師に、股間を触ってもらえる。どうだ、得だろ?」


 これを聞いた中野は目を見開いた。

 そして、直後、咳をして平静を取り繕った。


「た、確かにそれは魅力的だ。だが、空言ではあるまいな?」


「もちろん本当に決まってる」


 それを聞いた中野は、胸を撫でおろした。


「では、そこで待っていたまえ。今、取ってくる」


 中野は席を立ち、隣の教室に入っていった。

 少しして、人ひとりを覆えるほどの、白い布切れを持った中野が戻って来た。

 その大きな布切れが、透明マントであることは明白だった。


「恩に着るぜ」


「で、いつ我輩の股間を触ってくれる美女が現れるのだね? さすがに、先に貸すというわけにはいかんな」


「なら、俺の後を付いてきてくれ」


 俺は中野を連れて保健室に向かった。

 保健室に着くまでの間、中野から透明マントの使い方のレクチャーを受けた。




 俺は中野と一緒に、保健室前にやって来た。


「一体、何時になったら我輩の股間を触ってくれるのだね?」


「変な言い方はやめていただきたい! もうすぐだ」


 そう言って、俺は中野の股間を思いっきり蹴り上げた。


「まァっ!」


 中野は奇妙な声を出した。


 俺は、中野の倒れた隙に透明マントを奪い取り、これを被る。

 そして教え通りに(被った時に内側に付いている)ボタンを押した。

 そして、ドアをノックして言った。


「先生、ケガ人です!」


「まあ、大変!」


 頼子先生の慌てる声が中から聞こえ、すぐにドアが開いた。

 頼子先生は、うずくまる中野に肩を貸し、一緒に保健室に入っていくが、俺に気付いた気配はなかった。

 透明マントは上手く起動したらしい。

 俺も二人に続き、ドアが閉められる前に中に入った。


 早速、頼子先生は中野の怪我の手当てを始める。

 俺はそれを尻目に、どこかにある隠しカメラを探す。

 意識を集中させ、神経を研ぎ澄ませる。

 ほんの小さな物音も聞き逃さず、僅かな熱も逃さず感じ取る。


 ――そして見つけた。

 机の横、薬品棚から他の薬品と比較して、不自然に熱と音を放つ瓶を。

 おそらく、その瓶に薬品は入っておらず、代わりに小型カメラが入っている。


 きっと、カメラは撮っている映像を、そのままリアルタイムで加藤春夫のスマホにでも転送しているのだろう。

 でなければ、俺が保健室を出てすぐにやつに捕まることはなかった。

 ということは、いくら透明マントで俺がカメラに映らないといっても、このカメラをそのまま撤去することは出来ない。

 また、新しいカメラを仕掛けられるだけだ。


 だが、このタイプならカメラを、一々チェックしに来ないはず。

 細工するのが有効だ。


 だから、俺が今やることは、この隠しカメラと同じアングルから映像を撮ること。

 撮った映像はダミーとして使い、俺と頼子先生の愛の時間を見られないようにする。


 だが、今すぐには撮らない。何故なら。


「も、もう少し優しくしてください……」


「あらあらぁ、敏感なのねぇ」


 この光景を加藤春夫に見せるわけには、いかないからである。


 治療が終わり、中野が帰ったら俺は録画を始めた。

 今は偶々暇な時間なのか、ずっと椅子に座って何もしない。

 たまに机に突っ伏したり、伸びをするだけだ。

 しかし、年上女性の誰にも見られていないという安心しきった、隙だらけの場面は良いものだ。いたずらしたくなってしまう。

 まあ、紳士としてそんなことはしないのだが。


 俺は十五分ほどで録画を切り上げた。

 後は家に帰って、不自然にならないようにループ編集すれば良しだ。

 俺は保健室を出て、加藤春夫を探した。


 せっかく透明マントを借りたのだから、今のうちに仕返ししておこうと思う。

 加藤春夫はどこだ? 俺は再び全神経を集中させる。

 今度は、保健室とは比べ物にならない広さ、学校中を探る。

 人の体温、動き、発する音や声、気配、全てを感じ取る。


 ――むむ、これは、階段の踊り場でキスをしているカップルの熱量!

 ゆ、許せん……っ! し、しかし、今は加藤春夫だ……。

 唇を噛みしめる。

 再び全神経を集中させ、俺は見つけた。


 二階、北校舎の男子トイレ。この熱量と感じは、大便をしている加藤春夫に間違いない。俺は全神経集中をやめ、加藤春夫の気配だけを追うのに集中させる。

 そして、奴が移動を開始する前に男子トイレに向かった。


 俺が男子トイレに着くまでに、加藤春夫は移動しなかった。

 俺はトイレに入った。


「くっさ~っ」


 あいつ餃子でも食ったのか?

 特に俺は、鼻も強化されたせいで利くからかなりきつい。

 鼻がひん曲がりそうだ。

 俺は、自分が大便をするときにも、一々咽かえって呼吸困難になるくらいだからな。今は口呼吸をして、何とか耐えている。


 もう上から水をぶっかけて、とっとと退散した気分だが、まるでいじめみたいで気分が悪い。だが、ただ殴るというのも芸がない。


 そこで俺は、奴のこもる個室のドアを繰り返しノックした。


 コンコン、コンコン。

 コンコンコン、コンコン、コンコン。

 コン、コン、ココンコン、コンコン、コン。


 こう、ずーっとノックされ続けては落ち着けてうんこ出来まい。

 たまに休憩をはさんで不規則にノックし、より相手に精神ダメージを与えていく。


「やめろぉ!」


 と、加藤春夫がいら立った声で叫んでも、俺はやめなかった。

 ついに、耐えかねた加藤春夫は個室から出てきたが、透明マントを被った俺を視認出来るわけがない。

 嫌がらせしてくる犯人が目の前におらず、加藤春夫は不気味がっている。


 俺は笑いをこらえながら、奴が個室に戻る前に個室に入り、トイレットペーパーを頂戴して個室を出た。

 その後、まだ便を出し切っていない加藤春夫は個室に戻った。

 ここまですれば、もういいだろう。俺は男子トイレを発った。

 


 そして俺は、中野に透明マントを返すため、科学部部室へ向かった。

 科学部部室では、さっきと同じように中野は椅子に座っていた。

 透明マントを返し、礼を言って去ろうとすると、引き留められた。


「君、急に股間を蹴るとは、ひどいじゃないか!」


「いやぁ、それは悪かった。だが、おかげで頼子先生に股間を触ってもらえたじゃないか」


「うむ。それには礼を言おう。格別な体験であった」


 ……九歳のくせに、このエロガキが。


「そういえば、君の名前を聞き忘れていたな。なんと言うのかね?」


「俺か? 俺の名は永井一。最強の男さ」


「そうか。覚えておこう。それと、股間を蹴るのをまた頼むかもしれん。その時はよろしく頼む」


「いや、他の知り合いに蹴ってもらえよ」


「いや待って欲しい。考えてもみたまえ。股間を蹴ってくれと頼むなど、そんな奴、普通ではない。我輩は、今の人間関係を壊したくはないのだよ。どうか我輩に、そんなことさせんでくれたまえ」


「……あ、ああ、分かった」




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