7

 翌日の朝、俺は水島から貰った金で高級食材を買い漁った後、家庭科室で調理を始めた。


 仕返しはこの料理にある。こいつにたぁっぷりと下剤を仕込むのだ。

 いつも、感謝の一つもせずに食べている料理を、いつものように呑気に食えば、痛い目を見るというのは皮肉なもんだろう。


 今回使う下剤は研究所の特別製で、即効性抜群。

 実験では全ての検体が三分以内に催し、どれだけ我慢しようがケツに栓をしようが、五分で決壊したという優れもの。口から含んでこれだ。

 ま、女は大概便秘っていうし、寧ろ手助けだろう。ははははは!



 いつもより料理に気合いが入り、思いのほか早く調理が終わった。

 昼休みまで少し時間が出来た。


 この時間をどうやって潰すものか考えていると、ふと良いアイデアが浮かんだ。

 それは暇つぶしにしては忙しく、むしろ間に合うか怪しいものだった。

 だが俺は、迷いなく決行することにした。

 そのアイデアは、それだけ愉快だったからだ。


 俺は遅れることを書置きに残し、家庭科室を急いで出た。




 ひと汗かいて家庭科室に戻ってくると、チア部員たちはすでに食事を取っていた。

 はは、食ってる食ってる。

 下剤が入ってるとも知らないで、馬鹿なやつら。

 俺は、この後の惨状を想像して可笑しくなったが、笑いをかみ殺した。


「もう作れないって言ってたくせに、なによ、まだ作れるんじゃない」


 俺に気付いた部長が言った。

 水島は俺に近づき、耳打ちした。


「書置き通り呼び出したが、お前今まで何してたんだ。肝心な場面を、見逃すところだったぞ」


「直に分かるさ」


 俺は笑った。




 二分後……。


「あれ?」

「お腹痛いお腹痛いお腹痛いっ!」

「やばいやばいやばい!」

「あーだめだめだめだめっ!」


 特別下剤入りの食事を取ったチア部員たちに、腹痛が襲い掛かる。

 皆顔を青くし、苦悶する。

 便意に抗うその表情は、まるで変顔大会でもやっているかのように、眉間にしわを寄せたり、ひょっとこみたいに口をすぼめたり。

 両手は意味があるのか、尻を抑えている。


「早くトイレに行った方が、良いんじゃないのか?」


「……言われなくても! あっ、ヤバイ、大きな声出したら……」


 俺が茶化すと、部員たちはまるで老人みたいに腰を曲げて、その手は腰ではなく尻において、ゆっくりと歩きだした。

 これは死の行進だ。漏らしたら社会的に死ぬ、死の行進だ。

 行進曲でもかけてやろうか。


「確かすぐ隣にトイレがあったよね」


「私が先よ」


「いや私が」


「あ、焦ると余計にお腹が……」


「お腹が痛くて走れない……」


「ちょっとでも大股で歩こうとすると決壊する……っ」


 俺と水島は、この惨事に大笑いした。

 あまりの可笑しさに手を打ち、膝を叩き、机をたたき、強く叩きすぎて手が脹れたら、ふーふー息を吹きかけて、また叩いて笑った。


「あー、おかしくてこっちまで腹が痛くなってきた」


「俺もだぜ」


「だが水島、これで終わりじゃないぜ。ここからが本当のお楽しみよ」


 そう、ここからが本当のお楽しみ。さっきまで席を外して準備していたものが活きるってわけよ。

 俺と水島は、この愉快な光景を近くで見るため、後をつけた。



 チア部員たちの死の行進は、ようやく終着地の天国(トイレ)にたどり着いて、終わったかに思えた。


「早い者勝ち、恨みっこなしよ!」


 だが、そこで巻き起こる阿鼻叫喚の嵐!

 女子トイレの中から悲鳴が!

 それは、順番待ちで起こったのではない!


「何よこれ! トイレが破壊されてる!」


 そう、女子トイレの中はメチャクチャに荒らされ、便器は粉々、パイプはひしゃげて水浸し、トイレットペーパーは散乱して、使い物にならなくなっている。


「駄目、全部壊されてる!」


 俺はおかしくて吹き出した。


「永井、まさかお前がやったのか?」


「ご明察」


 水島の問いに答える。

 ただ腹を下させるだけじゃ面白くない。

 どうせやるなら、派手にやらなくちゃ。


 俺が調理後の空き時間、家庭科室を離れて向かったのはトイレだ。

 トイレに間に合ったと安堵した瞬間、絶望の淵に落とすための策。

 それが、このトイレ破壊作戦。強化人間の腕力だからこそ成せる業!


「そうだ、男子トイレ!」


 女子トイレが破壊されているならばと、数人が隣の男子トイレへと向かう。


「こっちも破壊されてる!」


 しかし、俺に抜かりはなかった。

 チア部員が、救いを男子トイレに求めるのは読めていた。

 だから、男子トイレも破壊させてもらった。いいや、それどころではない!


「諦めろ! 学校中のトイレは、全部俺が破壊した! さあ、どこで漏らしたいか、好きな場所を探すんだな! はーははははははっ!!!」


「鬼!」


「悪魔!」


「外道! あ、叫んだらちょっと漏れたかも……」


 はんっ! 俺は強化人間だ、なんとでも言え。

 少年の純情を弄んだ報いだ。そっちの方が悪魔だろ。


「なあ永井」


「なんだ水島、まさかやりすぎだなんて、言うんじゃないだろうな?」


「いや、別に構わないんだがな。お前、このまま漏らすところを見たいのか?」


「そりゃそうだろう」


「これだけの人数だぜ? しかも下痢だ」


 そう言われて、大勢が一斉に下痢を漏らすところを想像してみる……うっ吐きそう。

 絵面だけじゃなくて、臭いも凄そうだ。何せ三十人も居るんだからな。

 三十人もいっぺんに漏らせば、臭いってもんじゃ済まない。

 何より俺は、強化人間だから鼻も良いんだ。


「……逃げよう」


「おう」


 俺と水島は、全力でトイレから逃げた。

 数十メートル走って、女たちの叫び声の嵐が届いた。




 俺は、とっても良い気分で下校した。

 やっぱり仕返しは、派手にやるとスカッとするぜ。

 金はないが、祝勝会でも上げたい気分だ。


 そんなことを考えながら我が家に帰ると、家の中はもぬけの殻だった。


 え、どゆこと?

 強化人間頭脳パワーを稼働させ、すぐさま答えを導き出す。

 俺の家の中身がすっからかんになる、もっともな理由とは? 


「なるほど、機関から借り過ぎた金を返さなかったから、家財道具を没収されたわけか……って、納得できるかぁッ! たった一日とか、早すぎるだろッ!」


 と思っていると、携帯電話に誰かがかけてきた。

 確認すると、親父からだった。


「家財道具だけじゃないぞ」


「聞こえていたのか親父!」


「家も没収じゃ。今日中に出ておけ」


 それは困る! そんなことされちまったら、立場がねえよ。

 家に女の子連れ込んで、そこが実家とか、格好がつかねえよ。

 独り暮らしさせてくれよぉ!

 女の子連れ込んだ時、二人きりにさせてくれよぉ!


「そんなことされちまったら、生きていけねえよ!」


「研究所に戻ってこい。それとしばらく学校は休んで、ちょっとひとっ走り行って、人殺しのバイトして来い」


「そんな求人広告どこにも載ってねえよ」


「わしの手元にある。良いから早く帰ってこい。安心せい、合法じゃから」


「人殺しに違法も合法もあるか!」


 電話していると、外から何やら物音がした。

 外を覗いてみると、俺を回収しに来た黒ずくめの機関員が、家の周りを取り囲んでいた。


「分かった。やるよ、やりますよ!」


「初めからそういえばいいんじゃ。あ、それと、くれぐれも死なんようにな」


「えっ、それ命の危険あるの?」


 と、ここで通話は途切れ、黒ずくめが乗り込んできた。

 畜生、あの親父! 絶対生きて帰ってくるからな!

 彼女と放課後の教室で、イチャイチャラブラブ制服エッチするまで死ねない!



 ……ああ、まだ四月だってのに、俺の華の高校生活はどうなっちまうんだ!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る