最後の旅
志央生
最後の旅
死に体だということを考えれば、何でもできるような気がした。気が大きくなっているのかもしれないが、それ以上に後悔を残したくないというのが本音だ。
あいにく家族はいない、だから後のことを気にすることはない。だからと言って、おとなしく死ぬのも柄じゃない。
「どうするかは、あなたのご自由です」
そう医者の口から言われたとき、私は最後の旅をしようと決めた。行き先はどこでもよく、ただ若い頃にやってみたいと思っていた日本横断をすることにした。
死ぬとわかってからどこか清々しい気分が続いていた。もしかしたら終わりがあることに少し安心しているのかもしれない。
最初に土を踏んだのは、北海道。初めての土地と真冬の環境下は本州では体験することのないものだった。
一週間の滞在の後、私は南に下り始めた。北海道を離れ、次は青森へと移動した。この頃になるとテレビのニュースが騒ぎ立てていた。ただそれが自分の身近ではないことだったから、そのまま聞き流してしまったのだ。
どの場所にも留まることにしていた。最後の旅だ、一日二日で離れてしまうのは寂しい気がしたからだ。
順次、いろんな場所へと行った。不思議なことに体調を崩すことなく私の旅は順調そのものだった。だが、不穏な陰は突然現れる。いや、少し前から影を見せていたのかもしれない。
首都に近づき始めた頃、世間を騒がせていたのは流行病だった。やれ、どこかの国の感染者は、国内ではどうだと騒ぎ立てていた。
水際対策は万全だと宣う、政府に不安の声も漏れたが、私はどこか他人事だった。どうせ死に体だ、遅かれ早かれ死ぬのであれば、流行病など恐れることではない。
「お客さんはどこから来たんだい」
立ち寄った定食屋で、店主の男が私にそう尋ねてきた。
「どこからと聞かれると難しい。旅をしているからなぁ」
そう答えると「だと、あれは怖いんじゃないか」と店主は聞いてきた。
「恐れれば負ける。こういうのは気の持ちようだと思うが」
「そんなものかね」
どこか納得できなさそうな顔をした店主は厨房へと戻っていった。
旅の雲行きが怪しくなったのは、例の流行病が全国的に拡大を見せ始めた頃だった。すでに首都圏に入り、これまで以上に人との接触が増えた。 街を歩けば、マスクをつけた老若男女がそこら中にいる。薬局ではマスクが在庫切れになり、ネットでは高値の売買がされるほどになっていると聞くほどに世間は狂い始めていた。
「こういうのは一時的なもので、すぐに元通りになるさ」
たまたま入った居酒屋で若い女と来ていた男がそう口にしていた。私も同じように思っていたし、むしろ世間が大げさに不安を煽っているようにも思えた。
だが、それが間違いであったことを私は知る。流行病は収束の気配を見せるどころか、拡大を続けニュースでその話題を見ない日はないほどになった。
春が近づき始めた頃、私の旅は終わりを迎えた。急な熱と、息苦しさに自分が何かを患ったことを理解し、それが流行病と酷似していることを思い出した。
死に体の私を殺すはずだった病。どこで死んでもいいと思っていたはずなのに、こんな終わりを望まない私がいる。
できることなら、この死地から生還できることを望む。だが、きっと私は病に殺されるだろう。
了
最後の旅 志央生 @n-shion
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます