第15話 昨日の敵が今日は友達

 結局、俺と早尾と南のこの3人で、わざわざ土曜日クーラーで冷えた部屋に集まってゲームをしているのか。

 それは遡ること1日前。いや、1日前に遡るって言うほどたいして遡ってない気がするけど、あれは昨日の話────



 その日は偶々にも早尾と登校時間が被っていたので、途中から一緒に登校していた。

 今日も変わらず太陽がさんさんと輝きを放っており、外に出ている誰もが汗で衣服が体にベッタリと張り付くのを不快に感じているだろう。


 余りの蒸し暑さに気力が削がれていく中、少しでも意識から外したい一心で早尾と俺はだらだらと会話を繋げていた。


「あー、暑い……。プール入りたい。なんなら帰りてぇ」


「たしか、……プールは、……ふぅ、工事か何かで、……使用禁止になっていて、……ふぅ、使えない…、はずぽ」


「そうなのか……、運が悪いな。てか、息上がりすぎだろ。ちょっと休むか?って言いたいとこだけど、休んでたら遅刻するから頑張れ」


「ふひぃー。キツすぎるっぴぃー」


「最近の早尾、調子良かったけど暑さの前に無力なのな。次は体力つけていかないとな?」


「ん?別に……、調子が良かったなんて……、思わなかったけど……?まぁ、そうで、ござるな……、ふぅ…、次は、体力を付けるでござる!」


 まるで出産直前の妊婦さんのように息を荒くさせる早尾を横に俺達は学校を目指す。

 暑さ凌ぎに会話を繋げていたわけだが、この暑さを前にすれば誰も気にしないで過ごすことは不可能のようで、頭の中には暑さで一杯になる。


 途中からは会話を繋げる気力さえ無くなり無言で学校まで歩いた。始業のチャイムが鳴る前になんとか間に合った。



 最初は天国と思われた教室、つまりはクーラーがガンガンに効いていて心地が良かった教室も、今では汗が引いたおかげでより一層寒さを感じることになり、もう少しで天国から地獄へと様変わりしようとしていた。


 日は学校を真上から照りつけるが、それでも外の世界からシャットアウトしたこの空間では、夏の蒸し暑さというよりは冬のような乾燥した寒さが教室中を支配していた。


 俺と早尾は例の如く席を向かい合わせにして2人で弁当の中身を突っついていた時だった、南が俺たちの席までやってきた。

 俺も早尾も何も心当たりは無かったので、お互いに顔をあわせてどちらにも用事はないようだっので、なんの要件だというつもりでもう1回南の方を見た。


「あんさー、明日……ひま?」


「「……え?」」


 突然の誘い。それは、南と早尾の馴れ初めのきっかけであり、もう随分前の出来事のようでも、実はまだ1週間も1ヶ月も経っていない出来事であって、思い出せばあれは数日前の話だったことに今更気がついた。


 クールタイムを取るまでもなく俺達の答えは決まっていたので、直ぐに返事をした。早尾が。

 俺達は虚しくも土日に用事や部活動で忙しいことはなく、暇だった。



 ここまでが昨日の話だ。

 俺達の傍まで来て何か用だろうか、早尾に用事か?と考えていたが、まさか個人的に誘われるとは思っていなかったので驚いた。

 俺の代わりに早尾が真摯に誘いに答えたのでそこからは話が早かった。


 最初は外に遊びでも行くつもりらしかったのだが、俺達日陰者にギャルが普段遊びに行く場所は場違いな気がするし、何よりハードルも高い。


 真夏の家のクーラーの効いた部屋で遊ぶゲームの快適さと充実感はと言えば、お風呂で温もった後に食べるアイスくらい幸せを感じる。つまり陰キャの特権だ。その特権をリア充でイケイケで太陽のもとでパーリーしている南に教えてやろうということになった。


 そして俺達は土曜日の10時から早尾の家で遊ぶことになり、格闘ゲームを嗜んでいたというわけだ。


「あー、外で遊ぶのもいいけど、クーラーガンガンの部屋でゲームも超たのしーわ」


「!…ほ、本当に!?良かったァ」



 どうやら俺達の目論見は成功どころかドツボにハマってくれたみたいだ。へへへっ、このまま南!お前を日陰者の仲間…、じゃなかった真夏に涼しく快適な部屋でゲームをして怠惰な毎日を送る素晴らしさを知ってもらい、沼に頭の先から足の先が沈むまで引きずり込んでやるぜ!ゲヘヘ。



 南は長い間同じ姿勢でテレビ画面を見つめていたせいで肩や腰がすっかり凝り固まってしまったようで、腕から腰のラインを一本の弦をピンと真っ直ぐに張るようにして伸ばした。

 その時、南の低身長(俺とほぼ同じ身長)の割に一部分が突出したそのお山さんに目がいきかけるが、この距離で見ていたらバレるような気がして、やましい気分はすぐに頭からかき消そうと頭を横に振った。煩悩退散!煩悩退散!


 早尾も南がぐぅっと胸を張ったときの揺れる山脈に目が奪われてしまっているようで、つい黒目がちらっちらっといやらしく動いてた。


 学校の席の感覚より明らかに短い距離感で座っているものだから、当然誰が何処を見ているのかなんてものは、見られている者からすれば丸わかりだろう。


「……ん?ちょっと!オタクきっも!こっち見んなクソっ!」


「え!あっ!いや!すまないでござる!いっ、痛っ!ごめん!ごめんなさい!やめて殴らないで!」


 やーんえっち〜!を期待したが現実はそんなに甘くないみたいだ。そんな生温いものじゃあなくもっと激しい拒絶がそこにはあった。当たり前だ。なんせ俺達が交流をまともに取り始めてまだ3日だからだ。


 南は胸元を早尾に見られていることから隠そ右腕で隠すようにぎゅっとした。だがそれが返って悪い方向へと転がった。

 右腕で隠すように押さえつけられた胸はその力を容易く受け入れ、形をふやりと変形させその大きさを物語っていた。


 当然今度はチラ見で済むはずもなく俺も早尾も相手についかっき怒られたことなど頭から消え去っており、本人にバレることなど気にせずガン見した。


「ちょっ!クソ陰キャどもっ!見んなって言ってるだろーがっ!」


 男勝りな性格だったのか、語気の強い発言と共に繰り出されたのは強力なパンチだった。

 パチン!パチン!と甲高い音が2回部屋に響いた。

 俺達はすぐさま謝罪した。



「……はぁ、帰ろうかな」


「えっ!あっ、もう見ません!ごめんなさい!帰らないで下さい!」


 帰ろうかと口を開いた矢先に、早速帰る準備をするためか降ろしていた腰を簡単に上げて、部屋に置いていたスマホやらペットボトルやらを可愛らしい小さめなカバンに詰め込みだした。


 男2人と女の子1人のこの状況は誰がどこからどう見ても、女が少し危ない状況にあるのは変わりない事実なので、その当事者の女の子が帰ろうかと呟けばそれが百なのである。


 流石に帰るにはまだ早い時間であり、昼ごはんもまだ済んでいない。

 俺は別に早尾とこの後二人で格ゲーの特訓、じゃなくてゲームを嗜むというのも悪くないかもしれない、が、俺が楽しめても早尾はそれで楽しめるのだろうか。


 自問自答するまでも無い。


 南が本気で帰るつもりかどうかはさておき、早尾のためにも彼女には居てもらわないと困る。それに彼女も満更でもなさそうなしていた。結構ゲームにハマってくれていたようだし、正直俺も楽しかったのが本音だ。

 このまま帰ってしまうには惜しいと思った。


「南、……すまん。まだゲームしようぜ?時間もある事だし」


「本当にごめん南さん!ゲームやりましょ!?他にもありますから!」


 南の手はドアノブまで伸びていた。もうあと1寸先で触れるところで、早尾の声がしっかり耳に届いたのだろう、そこで手が止まった。


「……ふーん?じゃ、やる…」


 ドアノブの前で踵を返し、まだ同じ場所の同じクッションの上に胡座をかいて座った。

 女子が胡座をかいてるのにも関わらず、その座り方にまるで下品さが感じられない。


 ちょこんと座る南をぼーっと眺めていたら、早速早尾が別のゲームカセットをガサガサと探し出していた。


「……格ゲー。格ゲーがいい…」


「……え?あー、うん!いいね!格ゲー。やろうやろう!」


 南がそっぽを向きながらも早尾の方を尻目に要望を示した。

 自らみずからゲームを欲しているのが恥ずかしいのか頬は朱くさしている。太陽はまだ南東の方に位置しており、日差しで赤く見えるだけにしてはやけに鮮明な彩りだと思った。


 早尾はそれを朗らかな笑みで受け止めてから、さっきやっていた格ゲー『乱闘オールスター』のカセットをゲーム機にセットし、他にも持っているらしく机の上に保持している数個の格ゲーを並べる。


 南はその机の上に並ぶカセットを一瞥した後、一つ一つじっくりと吟味し、更に早尾からこのゲームはどういった特色があるかなどの詳細を聞きながらどれで遊ぶか考えていた。


 俺はそのやり取りに首を挟まずに、ベットを背もたれにしてゆっくりと目を閉じる。



 平和に平穏になだらかに、何の弊害も障壁も立ちはだかることのない道を知らず知らずのうちにか選ぶようになってから、それがいいんだと妥協して言い聞かせていた日々が、懐かしく感じた。


 ここ数日間で俺と早尾の将来は大きく変わっただろう。そしてそれをいい方向へも悪い方向へもどちらへも転じることになることは間違いない。


 それでもこの日常が、やり取りが心地よく感じられ、例えどれだけ辛いことがあっても、これだけの幸せや楽しさがあるならばその代償も受け入れられる気がした。



「タカナ氏!ほら、コントローラー持って、今度は僕が支持するから南さんに負けないように頑張って!」


 いつの間にか俺の出番が回ってきたようで、何度も何度も敗け続けていたが、今度こそは勝てる気がした。特に根拠は無いが、それでも何故か勝てる気がしたのだ。


 3、2、1、GO!!の掛け声と同時に俺はコントローラーを握る手の力を強める。

 ピコピコと可愛い音は最近のコントローラーではもう鳴らないが、その代わりに激しくボタンを押す動作から生まれる、ポチポチ、カチカチ、カチャカチャとボタンを押し込む激しい音がする。

 少し操作を見すれば、咄嗟に「しまった!」とか、「もう少し右!」とか「あー!なんでそこで……クソッ」とか、挙げればキリがない程に独り言がこぼれ落ちる。

 格闘中はそれを気にするほど余裕がなく意識を画面に一点集中。

 南も同じく独り言を時には大きく、時には小さくしながら激しくコントローラーを動かす。


 涼しい部屋のはずが格闘によって生み出される熱気で、少し部屋の温度が上がっているように感じた。額にじとりと汗が滲むのを無視して指を休めず激しく画面内で攻防戦を繰り広げる。


 画面に写るキャラクターは相変わらずやる気のなさそうな顔面に、自分とは違った男らしい足の長さと黒く輝く刀を縦に横に、斜めにと振り回しているが、どの動作にも生気が無い。

 操作しているキャラクターは確かに強く、格好良くて魅力的だ。このゲームの中でもかなりトップに君臨する人気度だったはず。このゲームをプレイしていない者でも名前は聞いたことがあるとか。

 比べるのもおかしな話だが、それでも今はこの人気で強い男よりも、自分の方が何倍も毎日を楽しく過ごせていると思った。


 不意に写った画面には、太った男が真ん中で俺に向かって指示を飛ばし、その左にはポニーテールを忙しなく左右に揺らしている女の子が、そして1番右にいる七三分けの男の顔は、いつもに比べて柔らかな笑みを浮かべながらゲームに激しく夢中になっていた。

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