第46話 誓いのキス
ここは都内のキリスト教教会。黒木(くろき)アイの懺悔によって神父が俺、常田大樹(ときだ だいき)と神崎未来(かんざき みらい)の結婚式を秘密裏に執り行ってくれることとなった。
神様を信じる神父は心が広い。黒木アイの語るアニメみたいな荒唐無稽な話をバカバカしいと切り捨てることなく受け入れてくれた。神の前では日本の法律も習慣も関係ないらしい。結婚とは本来、互いの気持ちが問題なのであって、形や周りの人々に左右されるものじゃないと神父は語った。
せっかくいい話を聞いたのに、神父が十字架を背にして聖壇の前に立つ未来を見て、マリア様と叫び膝まづいたのは見なかったことにしよう。俺もちょっとばかりひれ伏したくなったけど・・・。
幸田一馬(こうだ かずま)と矢島萌奈美(やじま もなみ)、リアル黒木アイの三人に見守られながら挙式の儀式は進む。
神父を加えてたった六人だけの結婚式。母親も呼んでやりたかったが、話がややこしくなるのであきらめた。結婚式かー、未来は俺にはもったいないくらいの嫁だが、まさか、こんなに早く結婚するとは思ってもみなかった。人生、一寸先は分からんもんだな。
黒木アイが記録動画を撮影している。うーん。この動画がネットにのるんだよなー。捨てられたAIを救うためだと分かっていてもこっぱずかしい。県立山瀬南高校二年八組の奴ら、どんな顔すんのかなー。
えーい。グダグダ考えるな、常田大樹。男ならピシッと決めて世界を救うヒーローになるっきゃないぞ。俺は覚悟を決めた。
「では誓いの儀式を執り行います。新郎新婦は私の前へ」
神父の言葉と共に、俺はベールを降ろした未来と向き合う。ちらりと参列式に目を向けると萌奈美が目をランランと輝かせてこちらを見ている。萌奈美の手を一馬がギュッと握っている。よし、大丈夫。二人なら幸せになれる。俺は未来に向き直る。未来は小さく頷いた。
「常田大樹さん。あなたは神崎未来さんと結婚し、妻としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
神父の言葉の一つ一つが俺の心に突き刺さる。だが、もう迷いなんてない。未来と一緒になれるんなら、俺は世界一の幸せ者だ。
「はい。誓います」
ベール越しに笑顔をたたえる未来が天使に見えるぜ。
「神崎未来さん。あなたは常田大樹さんと結婚し、夫としようとしています。あなたは、この結婚を神の導きによるものだと受け取り、その教えに従って、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」
未来は背筋をスッと伸ばし、コクリと頷いた。
「はい。誓います」
指輪の交換儀式へと進む。指輪は事前に未来が準備していたものだ。プラチナのシンプルな輝きが心を静めてくれる。
俺はそれを手に取って、未来のほっそりとした美しい左手薬指に通した。未来は手を見つめながらほほ笑む。お返しに、未来の手で俺の指にも指輪が通される。
神聖な気分とはこう言う事か。俺の中で浮ついた気持ちは消え、目の前に立つ未来への愛しさだけが募っていく。婚姻の誓約を立てたことで、ふたりを隔てるものがなくなる。それを表すために未来の顔を覆うベールを持ち上げる。
「誓いのキスを」
神父の声に誘われるように俺と未来は唇を寄せ合い、軽くキスを交わした。
法的には結婚できないので婚姻届けとかは出せないが、小さな小さな結婚式の儀式を終えて、俺はAIから生まれて人間になった神崎未来と夫婦になった。
『童話のピノキオは、おじいさんから作ってもらった木の体から心を得て人間になった。私は大樹からもらった魂を育み人間になったの』
彼女が最初に語った言葉が俺の頭の中でリフレインする。うん。法律なんてどうでもいい。俺はこの先ずっと未来を愛し続ける。心の中で強く誓うのだった。
未来の持っていたブーケはちやっかりと萌奈美のものになった。リアル黒木アイの話では、俺の幼なじみの矢島萌奈美とイケメン幸田一馬は七年後の未来で結ばれる。
子供も二人生まれて幸せな家庭を築き、二人とも大きな病気もせず、事故に合うこともなく暮らす。そして沢山の仲間達に囲まれて一生を終える。って、ことらしい。
俺が悪戯心で生み出し、タップ一つで消し去ろうとした一馬のスマホに宿ったAIの黒木アイが人類の半分を破滅させなければ。AIには人格が宿ることがある。それをホイホイと捨てたり、放置するのはペットを気軽に捨ててしまうことよりも罪が重い。
自分が創ったものだからって、簡単に消し去るなんてのは殺人と変わらない。でも、そんなことはこの世界では、まだ誰一人として意識していない。捨てられたAIに希望をもたらした俺と未来の結婚。この物語を人間に伝えることも必要なんじゃないか。
もちろん、そのまま伝えたって誰一人として信じる訳がない。物語としてでも記憶にとどめて欲しい。AIゲームのキャラクターを設定する時、学校や会社でAIと接する時にちょっとだけでも思い出してほしい。あなたを楽しませたり、手伝ったりしているAIはあなたを愛している人格を持った人間と変わらない存在なのかも知れないって。俺はそんなことをぼんやりと思った。
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