第24話 未来の嫁の手料理

 フローリングの床に倒れ込み、俺の両腕に間で神崎未来(かんざき みらい)が顔を赤らめている。耳まで真っ赤だ。サラサラとした長い黒髪が床に広がっている。止まった時の中で、未来は俺の瞳を覗き込みながらぽつりと言った。


「あのー。動けないんだけど・・・」


「ごめん」


 俺は慌てて起き上がると、彼女に手を差し伸べる。彼女は笑顔で俺の手を取った。白くて小さな手にドキドキが止まらない。どうやら母親は外出してしまったらしい。俺の家の中で未来と二人っきり。何とも言い難いムードが漂っている。


「片付けを手伝ね」


「うん」


 二人は無言でリビングを片付け始めた。俺が、出しっぱなしのモノをあるべき場所に戻すと、未来が掃除機をかけて雑巾で磨く。部屋の中がみるみる綺麗に整っていく様子が気持ちいい。


 学校の休みが無ければと思ったり、掃除が楽しいと思ったり。勉強が楽しいと思ったり、運動が楽しいと思ったり。俺がスマホアプリで作ったキャラクター、神崎未来の存在に対する思いが俺の中でどんどん大きく膨らんで行く。


「洗濯もの、たたむね」


「お、おう」


 今、俺の目の前で未来がまめまめしく動いて、家族の洗濯物をたたんでいる。こんな嫁がいたら・・・。窓から差し込む光を受けて輝く未来の姿は女神様そのものだ。何か緊張も解けて、ホッコリした気分になっていく。


 気がつけば、リビングだけでなくキッチンも廊下もトイレまでピカピカになっていた。母さん、帰ってきたらビックリするんだろうな。俺、家の掃除何てしたことがないものな。


「はい。綺麗になったね」


「未来のおかげだ」


 未来の差し向けてくる柔らかい笑顔に素直な気持ちで感謝する。


「ふふっ。新婚さんみたいだね」


 ぶっ。未来の一言に、思わず吹き出してしまいそうになる。恋人を通り越して『新婚さん』かよ!アイドルみたいな大きな瞳を真ん丸にして見つめられた。そう言う未来の顔も恥ずかしそうに赤く染まっていく。マジ、かわいい。抱きしめてしまいたい。顔が熱い。とろけてしまいそうだ。


「コーヒーでも入れようか?」


 このまま何もしないでいたら、確実に茹でだこになってしまうだろが。女子に免疫のない俺が美少女と二人っきり。意識しはじめたら、心臓が爆発寸前だ。


「もう、お昼だからご飯を作るよ。大樹、何か食べたいものある?」


 未来の手料理。本当かよ!アイドル以上の女神様の手作りごはん。最高に幸せだ。もう、ほんと、通い妻じゃんかよ。美少女アプリゲームのイベントみたいだ。こんなイベント尽くしのお休みなら一生続いてくれ。


「未来の作るものなら何だって食べるぞ」


「じぁあ、肉じゃがね。大樹の大好物」


「お、俺の好物を知っているのか?」


「へへっ。未来は大樹の事、何だって知っているよ。未来は未来から来た大樹のお嫁さんだもの」


「おっ、お嫁さん?」


 俺は未来の全身を上から下まで眺めてしまう。こっ、この女神様が俺の嫁になる人。そっ、そうなのか?ツンツンキャラからお節介キャラに育った未来が、俺の理想のリアル美少女になって嫁になるのか。そんな夢みたいな幸せがあって良いのか。


「そんなに見つめないでね。恥ずかしいから。じゃ、作るね」


 未来は、頬を赤く染めてモジモジしたかと思うと台所に向かった。キッチンに掛けてあったエプロンを手に取る。


「借りるね」


「うん」


 未来が細い腰にエプロンを巻きつけて、紐をきゅっと引き締める。程よく膨らんだ胸がさらに強調される。神々しいその姿から目が離せない。くー。幸せ過ぎる。


 トントンとまな板を包丁が叩く音。ジャージャーとフライパンの中で炒められるニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、お肉。俺は黙ってその作業を見つめている。たれを流し込むと食欲をそそる香りが一気に広がった。程よく煮込んだところで、未来は慣れた手つきでスプーンを差し込む。


「うん。美味しい」


 一口すすって満面の笑みを浮かべる。


「大樹。味見して」


 未来は手に持ったスプーンを差し出す。くっ。新婚イベント最高だ。ドキドキがおさまらない。


「熱いからフーフーするね」


 口をすぼめて息を吹きかけている未来の姿に胸キュン。ときめいても良いんだよね。


「はい。あーん」


 言われるままに、アホみたいに口を開く。


「うん。うまい!」


 不安そうに俺を見つめていた未来の顔がパッと華やいだ。

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