第23話 会いに来ちゃった
桜の花もすっかり散って、青々とした葉が暑苦しいくらいにビッシリとしげっている。季節はもう直ぐ五月を迎えようとしている。今日から、待ちに待ったゴールデンウイークと言いたいが、せっかく仲良くなった転校生の神崎未来(かんざき みらい)に会えなくなったのは寂しい。
もう、長期休みなんか無きゃいいのに。あれっ。って俺、マジにそんなこと考えとるの。生まれてこの方、学校の休みが楽しみじゃなかったことなんて一度も無いのに。正直、自分で自分がビックリだ。
俺こと常田大樹(ときだ だいき)は独り言をいいながら、朝から自室にこもり、スマホアプリの神崎未来のご指導のもと『一回三分で体スッキリ体操』をこなしていた。一日数回だった運動も、暇を見つけては行うようになり、気か付けば日に二十回以上やらないと落ち着かなくなってしまった。
ほんのり汗ばんできたのでシャツを脱ぎ捨て、姿見に向かう。鏡の向こうにいる自分が他人に見える。うほっ、腹筋が割れてきた!モヤシみたいにガリガリだった過去の自分の姿が嘘みたいだ。すげえな『一回三分で体スッキリ体操』。ビデオにして通販で売ったら大儲けできるんじゃね。などと、よこしまな考えが浮かんでくる。
「こら、大樹。ドタドタとうるさい!」
「母ちゃん。何、勝手に人の部屋、覗いてんだよ」
上半身裸の俺の姿を見て母親が顔を赤らめている。ほんまもう、そんな歳ちゃうやろが!息子の裸見て赤面せんといてくれ。バタンとドアが閉まったかと思うと、扉の向こうから母親の声がする。
「大樹。お客さんだよ」
「萌奈美だったら用はない。追い返してくれ!」
俺は昔から友達付き合いがあまり得意じゃない。従って学校の休に、わざわざ家を訪れてくるような友達もいない。その原因の一つが、幼なじみの矢島萌奈美(やじま もなみ)。他人が羨むような美少女につきまとわれる俺の交友関係は、ゼロスタートではなくマイナススタートになってしまう。ようやく誤解がとけて親しくなりかけたあたりでクラス替えになってしまう。まったくあの小娘はしゃくにさわる。
「大樹。それがねー、萌奈美ちゃんじゃなくて初めて見る女の子って言うか・・・。テレビで見るアイドルと言うか・・・」
「アイドル?」
「母さん、あんな美人には会ったことないわ。挨拶も丁寧でどこぞのお嬢さんって感じの・・・。ふうー」
ドアの向こうからため息が漏れ聞こえてくる。美人?まさかリアル神崎未来!間違いない。
「ため息をつくなよ。息子の幸せが逃げていくだろが。って、まさか母さん、その姿で神崎さんに会ったんじゃないよな。それ、俺の中学ん時の体育のジャージだろが」
「あらやだ。そう言えば・・・」
くっ。しまった。大失態だ。
「神崎さんは今どこに・・・」
「リビングに・・・」
うへっ。リビングちゃうやろ。足の踏み場もないゴミ溜めじゃないか。未来が汚(けが)れてしまう。母ちゃん!何てうかつなことを・・・。想定外の事態に頭が回らない。
「とにかく、今、着替えていくから、母さんも着替えてくれ」
ドダドダと廊下を走る母親の足音を聞きながら、俺は大慌てでクローゼットからよそ行きの服を引っ張り出す。慌てて着替えるとパンツのすそが絡まって無駄に時間を取る。ようやく着替え終えて姿見で確認する。うわっ。髪の毛が跳ねまくっとる。整髪剤を吹きつけて何とか抑え込む。もどかしいことこの上ない。
リビングに走り込むと、そこに澄ました顔のリアル神崎未来がチョコンと立っていた。くっー、美しい!ゴミ溜め咲く一輪の花。我が家には全く似つかわしくない存在が、俺の顔を見てほほ笑んだ。
「おはよう。大樹!会いに来ちゃった」
「おっ、おはよう」
メチャクチャ緊張する。ってか、見惚れている場合じゃない。
「ごめん。ちょっと母親が片付けモノをしていて」
俺は明らかにバレバレの言い訳をしながら、モースピードで部屋を片付け始めた。無茶苦茶、恥ずかしい。
「手伝おっか?」
ソファーに無造作に散らばる洗濯物をカゴにつめ、テーブルの上に開かれたまま置かれた雑誌とスナック菓子をキッチンに隠す。だらけ主婦の日常をナキモノにする。
「洗濯物はたたまないとシワになるよ」
「うわっ!」
未来!それ、俺のパンツ・・・。奪い返そうと慌てた俺はバランスを崩した。思わずパンツと一緒に未来の腕をつかんでしまう。
「あっ」
気がつけば未来の上に覆いかぶさるようにフローリングの床に転んでいた。見つめ合う二人。一瞬の沈黙。両手で床に壁ドン状態、俺の右手には男物のパンツが握られていた。って、どんなシーンなんだ!
ガラガラ。リビングの引き戸が引かれ母親が顔をのぞかせる。母ちゃんと目が合う。・・・!母ちゃん、何で和服を着ているんだ?
「あらま!お邪魔したみたいね。大樹!頑張るんだよ」
母ちゃんは演歌歌手がサビを歌うような体勢で、右手でガッツポーズを作ったまま、左手で引き戸を閉めた。・・・。何だこの美少女ゲームの間抜けなイベント的展開。こんなのアリか?
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