第18話 チョコレート

 俺こと常田大樹(ときだ だいき)と神崎未来(かんざき みらい)は、サンセットランドの大観覧車のゴンドラの中で二人っきり。ここにいる彼女は美少女育成アプリの神崎未来じゃない。転校生の実在する本物の女子だ。


 桜色のワンピースの下で呼吸に合わせてゆっくりと動く胸は本物だ。太陽の光を受けて輝く黒髪。卵のようなつるりとした顔。血管が透けて見えるくらい白くて細い腕。濡れた大きな瞳が俺を見つめている。誰もが振り向いてしまうような本物の美少女が、俺のすぐ側にいる。


 どうしよう。緊張しすぎて、気の効いた話なんて何一つ思い浮かばない。イケメンで女子慣れしている幸田一馬(こうだ かずま)ならこんな時にどんな話をするのだろうか?幼なじみの矢島萌奈美(やじま もなみ)と二人、一つ前のワゴンに乗り込んだ一馬の顔を思い出す。


 ポケットの中にしまったスマホを握りしめる。勇気を出せ、常田大樹。今日の俺は、一馬ほどではないが少しはイケているはずだ。目の前の彼女だって見違えたって言ってくれたじゃないか。


「あのー。未来さん」


「はい」


 くっ。澄んだ瞳で真っすぐ見つめられると、見惚れて益々緊張する。胸の奥で心臓がおどっている。暑くも無いのに手汗が・・・。


「いい天気だね」


 バッ、バカか俺!何を言っているんだ。最初の一言がそれかよー。全然イケてない。優しい笑顔を差し向けてくれるリアル神崎未来。


「ふふっ。いい天気だね」


「あのー。未来さん」


「はい」


「いい眺めだね」


 俺の一言にリアル神崎未来はワゴンの外をぐるりと見まわす。永い黒髪が揺れる。って、言っている俺は景色何て全然目に入らん。ワンピースの袖から覗く白い腕。窓枠に触れている細くてしなやかな指・・・。目を奪われるとはこう言う事か・・・。


「大樹くん。ほら、もう地上があんなにちっちゃくなっちゃった。二人っきりだね」


 ふっ、二人っきり・・・。向かい合っていると膝と膝が触れ合うような小さなゴンドラ。桜色のワンピースのすそから覗く真ん丸の膝小僧がかわいい。何もかもが完ぺきな美少女と二人っきり。


「ねっ、大樹くん。手を出して」


「んっ?」


 言われるままに差し出した右掌に、彼女が自分の手を乗せてくる。柔らかい感覚が伝わる。包装紙に包まれた小さなチョコレートが一つ。コンビニのレジ横に置いてあるやつだ。


「チョコ?」


「はい。一緒に食べよう」


「おっ、おう」


 くっー。緊張で手が震える。包みが上手く開けないわ。何とか広げて中のチョコレートを口に入れる。甘くほろ苦い味が口に広がる。彼女は同じチョコを一つ口に含くむ。


「本当に甘くておいしいんだ」


 彼女が幸せそうにほほ笑む。


「うん」


「私ね。チョコ、食べるの初めてなんだ。大樹の言った通りだね」


 えっ。今、初めてって言ったよね。そんなことあるのか?それに大樹って呼び捨てにしたよな。真っすぐ俺を見つめているリアル神崎未来の顔が、アプリの神崎未来の顔とダブって見える。


 そういや、アプリの彼女はアルバムの中でチョコレートを食べる俺を見て「どんな味がするの」って興味を持っていたっけ。「甘くておいしいよ」って言ったら「AIアプリだから味を知ることはできない」って悲しそうに笑っていたっけ・・・。


「私、大樹が創ってくれたAIアプリのキャラクター、神崎未来だよ」


「えっ?」


 心臓がバクバク音を立てている。目の前の景色が歪む。そんなはずがない。目の前の彼女は人間だ!誰が見たって間違いない。うそだろー。


「いきなりじゃ驚くよね。信じられないかもしれないけど、本当なの」


「でっ、でも」


 彼女の手がスッと伸びてきて俺の右手を握る。その手が引き寄せられて、手のひらが桜色のワンピースの胸元に。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 大きく高鳴る心臓の鼓動が伝わってくる。


「私、人間になって大樹に会いにきたの」

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