第11話 ノックアウト

「気持ちわりーなー。大樹!変なヒソヒソ声が大樹の部屋から聞こえるから覗いてみたら、昔のアルバムを見ながらスマホとお話してやんの。いつからそんな変態になったんだ」


 人のプライバシーに土足で入り込んでくる矢島萌奈美(やじま もなみ)の、にやついた顔がめっちゃムカつく。


「うるさい。黙れ。萌奈美こそどうかと思うぞ。高二にもなって男子の部屋にパジャマ姿で訪問するか、普通。しかも窓から・・・」


 俺は慌ててスマホの電源を落として、反撃する。それにしても萌奈美のやつ、いつから俺のベッドの上にいたんだ。


「家が隣同士なんだからしょうがないだろ。ほら、私の部屋の窓と大樹の部屋の窓って十センチも離れてないし。昔っから萌奈美が大樹の部屋に行くときは窓からって決まりだろ」


 そう、俺と萌奈美は幼なじみ、隣同士の家族ぐるみのおつきあいってやつだ。小っちゃい時はあまりに仲が良いから、親同士が部屋の壁を取っ払ってくっつけちまうか!と冗談を言い合ったほど俺と萌奈美の部屋は近い。


「くっ。小学校の時のことを持ち出すなよ。だいたい何だよ。中学ん時に色気づいて短いスカートなんてはいちゃって。大股で窓から入ってきたら普通見えるだろ。グーパンチで本気で殴ってきて・・・。それ以来、窓からの出入りは禁止って言ったのは萌奈美だろうが」


「乙女のスカートの中をのぞいた大樹が悪い」


 萌奈美は口を尖らせるが、ここで負けるほど俺だってやわじゃない。


「見せといてそれはない。それに小学校の時に俺、萌奈美にフラれているし・・・」


「えっ?」


 おい、萌奈美。何を不思議そうな顔してんだよ。調子が狂うだろ。


「だから、ラブレターを渡しただろが」


「もらったけど、大樹をフッた覚えはない」


 とぼけたこと言ってんじゃねーよ。俺がどんだけ傷ついたかわかっとんのか。


「今更。萌奈美と付き合う男は萌奈美より上じゃないと無理!って俺の事をあざ笑ったくせに」


「大樹に頑張って欲しかっただけだよ」


 くっ。わかってねーなー。だから無理なんだ。あの時ですら既にいっぱいいっぱいなのに、隠れてむっちゃ努力してたんだぞ。もう、俺の能力は伸び切ってたのさ。そんなことも知らないで・・・。


「それをフッたって言うんだよ。勉強でもスポーツでも・・・。俺が萌奈美のことを超えられるはずがないだろ。返せよバカ。ラブレター」


 この期に及んで、あんなお笑いネタを握られたまま、過ごせるか。幼かったから大真面目に純真な思いを綴っただけに恥ずかしい。


「返すかバカ大樹。あれは萌奈美が貰った大切なものだ。一生の宝だかんな」


 今頃、宝とか言うか。さんざん人を笑いのネタにしておいて。萌奈美の方から絡んできているのに、周りは何時もそうは思わない。俺が幼なじみであることをかさに着て、美少女である萌奈美にちょっかいを出していると思われている。


「俺みたいなフツメンじゃ萌奈美とはつり合わん。百年、いや千年努力しても無理だ。自分が美少女だってこと、わかってんのか。この際だから言うけど、俺は近所のおばさん達に萌奈美と比べられて肩身の狭い思いをしながら青春を過ごしてんだよ。今だって無邪気にひっついてくるから新しいクラスになる度に、男子どもの嫉妬の視線を浴びせられてんだからな。ほんと、迷惑だわ」


「も、萌奈美は大樹の迷惑な子なんかじゃないもん」


 バカやろー。いきなり子供みたいに泣きつくんじゃねーよ。訳わかんねー。泣きたいのはこっちだ。俺は萌奈美の小さな背中に語り掛ける。


「萌奈美。お前にはもっと相応しい男がいるだろ。例えば、ほら、幸田一馬(こうだ かずま)とか。あいつなら、萌奈美を超えている。勉強もスポーツも万能。イケメンなのに性格も良いときている。わがまま放題の萌奈美の全部を受け止めて、幸せにできるやつは一馬くらいだ」


 俺に抱きついていた萌奈美が急に顔を上げる。大きく見開かれた瞳に涙をいっぱいためて俺の目を覗き込んでくる。ハッとするくらい、かわいい。


「殺す」


 萌奈美のパンチが俺の左頬を貫く。見事にノックアウトされた。朦朧(もうろう)とする意識の片隅で、萌奈美が開け放たれた窓から自分の部屋に帰っていくのを感じながらこと切れた。


 俺は翌朝、寒さに震えながら目覚めた。鼻水が止まらない。体が怠い。

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