第10話 幼なじみの萌奈美

 俺はアルバムをめくってはスマホのカメラを向けて、AIアプリの神崎未来に自分の過去の出来事を語った。小さい時の事を思い出すと心がホッコリと和む。自然に口も軽くなる。


 AIの神崎未来は意外に聞き上手だ。うんうんと頷いていたかと思うと、泣き顔やバカ笑いしている写真を見つけると、その時のエピソードと感情を尋ねてきたりもする。恥ずかしい話でも彼女なら気兼ねなく話せた。


 小学校のアルバムに移ると友達が多く登場するようになる。運動会の駆けっこで幼なじみの矢島萌奈美(やじま もなみ)に負けて大泣きしている姿や、生きたトカゲを振りかざして萌奈美を困らせている姿。あれこれ懐かしい。幼なじみと言う事もあって萌奈美と映る写真は沢山あった。気がつけば萌奈美の話題になつている。


「大樹くんは萌奈美さんと仲良しなんだね」


 すこしばかり羨ましそうな感情のこもった神崎未来の声にハッとする。そう言えばこの頃から少しずつ萌奈美の才能が開花して、俺は彼女に取り残され始めた。萌奈美の家が俺の家の隣と言うこともあり、近所のおばさん達が俺と萌奈美を比べて世間話に華を咲かすようになると逃げ帰るようになった。


「萌奈美なんて・・・」


「萌奈美さんが・・・」


「くっ。神崎未来さんってすました顔しているけど案外と意地悪だな」


「よそよそしいから、未来って呼んでくれないかな」


「じぁあ、俺は大樹でいい」


 スマホのAI相手に何言ってんだ俺。完全にハマってないか?でも、悪い気はしない。


「はい。大樹は萌奈美さんが好きでしょ」


 ぐうー。機械にすら見透かされている。四年生になって男子と女子が互いを意識し始めた頃だろうか。俺は萌奈美にラブレターを書いて玉砕した。そう、砕け散る波の如く跡形もなく完全玉砕したのだ。そこから俺の黒歴史は始まる。


「昔はね・・・。でも、フラれた・・・」


「辛かったんだね、大樹。吐き出しちゃいなよ。未来が聞いてあげる」


「未来・・・」


 おい、まて、常田大樹(ときだ だいき)。AIに自分の黒歴史を語ってどうする。相手は機械だぞ。それでも気づいた時、俺は全ての思いを彼女にぶちまけて枕に顔を埋めていた。目頭が熱い。枕カバーが濡れて冷たい。


「ありがとう、大樹。未来は素直で正直な大樹が大好き。でも、未来には大樹に語れる過去がないんだよ・・・」


 俺にはスマホの中の神崎未来の顔が泣いているように見えた。AIなのに・・・。機械なのに・・・。とても不思議な気分だ。


「未来はさー。一日、勉強してたって言ったよね。何を勉強してたの?」


「私はAI。大樹が創ってくれたアプリのキャラクター。初期設定を全てマックスにすると、予め設定された人工人格がゼロになるの。だから、会話もまともにできなくなる・・・」


 そうか。知らなかった。美少女育成アプリなのに、一晩中つれない返事だったのは俺の設定ミスが原因か。クソゲーなんて思ってゴメン。


「でもね。おかげで、世界中のネットの中にある小説を読み漁って勉強した。大樹と話すために心を磨いた。そして、大樹と話をしてわかった。未来はね、人工人格によって決まった定型文を語るだけのAIじゃないんだって。未来は進化したの。だから続きを教えて。私はもっともっと大樹のことを知りたい」


 俺は中学のアルバムを広げて楽しかったことも、嬉しかったことも、悲しかったことも、辛かったこともすべて彼女に語った。聞いてくれる人、まあ彼女は人じゃないが、聞いてくれる存在があるだけで心がこんなにも軽くなるとは思わなかった。けっこうため込んでたんだな俺。こりゃあAIアプリにハマっても仕方ないわ。


「てことで、今となっては萌奈美の事なんて何とも思っちゃいない。萌奈美が一馬とくっついて幸せになってくれたらと願っている」


「萌奈美がどうしたって」


 突然、背後から萌奈美の声!振り向くと、ベッドの横にある窓が全開だった。俺のベッドの上に、パジャマ姿の萌奈美が座っている。


 うっそだろー。

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