581話 閑話 異世界ダチョウ倶楽部
ラヴェンナから手紙の返事が返ってきた。
それを受け取ったゼウクシス・ガヴラスは、思わず手紙を2度見、3度見してから、机に突っ伏してしまった。
ちょうどそのタイミングで主であり親友であるフォブス・ペルサキスが、あくびをかみ殺しながらノックもせずに入ってくる。
「ゼウクシス、ラヴェンナからの返……」
いつも背筋を伸ばしているゼウクシスが、机に突っ伏すなど長年の付き合いでも始めてだ。
ゼウクシスが似合わない緩慢な動作で、顔をあげた。
「あ、ああ。
ペルサキスさまですか……」
フォブスは初めて見るゼウクシスの抜けた顔と、これまた初めて聞く間抜けな声色に、一瞬面食らった。
ニヤリと笑って、ゼウクシスが持っている書状をひったくる。
一読して、10秒ほど固まってから大爆笑して、床を転げ回った。
笑い続けること約1分ほど。
フォブスは顔を真っ赤にしつつも、必死に建て直そうとする。
そこから、さらに30秒かけて息を整える。
涙目になっていた。
「おいおい、マジかよ!
あのキアラ嬢と釣り合わなくなるから、別な人をって頼んだら……。
なんでさらに、上が出てくるんだよ!! 普通逆だろ!!
だ、ダメだ。
ハハハハ、腹が痛い……」
フォブスはまた笑いだしてしまった。
推薦された文通相手の名前はアルフレード・ラヴェンナ・デッラ・スカラ。
予想外も予想外。
ゼウクシスとしては、マガリ・プランケットの名前を予想していた。
「私に聞かないでくださいよ……。
こんな衝撃人生初めてですよ」
ようやく息を整えたフォブスは、机の上に腰かける。
「思った以上に、あの魔王さまは大したタマだよ。
こりゃリカイオスのオッサンが、手に負える相手じゃないわ……。
その取り巻きも混乱するぞ」
ゼウクシスは嘆息しつつ、天井を見上げる。
「正直、ラヴェンナ卿の意図が分かりません。
こちらの意図は、正確に読み取ったはずです。
それであえて、こんな話が来るとは……」
フォブスはニヤニヤ笑って、書状をヒラヒラさせた。
「まあ良いんじゃないか? 1番情報を持っている相手が、じかに文通してくれるって言うんだ」
ゼウクシスはあきれ顔になりつつも、頭を振った。
「気楽に言わないでください。
ただでさえ、ペルサキスさまは冷遇されているのですから。
ここでラヴェンナ卿と、直接コネを持ったらさらに疑われますよ」
「いやあ。
こいつは脱帽だ。
何を狙ってきたのだか」
ゼウクシスは何かに気がついたようで、急に真顔になる。
「もしかして……」
「もったいぶるなよ。
言って見ろよ」
「我が国の軍制が漏れたと、リカイオス卿を疑心暗鬼にさせるつもりかもしれません。
もしラヴェンナ卿以外から聞かれても、はねつけることができます。
ところが目上のラヴェンナ卿に聞かれては……。
断ることはできますが、身分の低い私と書状のやりとりをしていただくのです。
粗略にはできません。
差し障りのない範囲でお答えするしか有りませんよ。
そうなるとリカイオス卿は、野心の赴くまま容易に攻撃はできないでしょう」
フォブスは不適な顔で、含み笑いをした。
相手との知的な駆け引きが、個人的に好きだからだ。
そんな強敵の予感につい楽しくなったようだ。
「ほう。
食えない魔王さまだな。
俺が排除されたとしても、数年は動けないと踏んでいるだろうな。
軍制はそう簡単に変えられない。
末端まで行き届くには、年単位が必要だ。
リカイオスのオッサンは切り替えられる。
だが指揮官や兵士にまで、浸透はしないな」
「想像しすぎかもしれませんが……。
もしペルサキスさまの身が危険であれば……逃げてこいと言っているように見えますね。
ペルサキスさまが敵に回ると、リカイオス卿は攻撃できないでしょう」
フォブスは内心驚愕した。
ゼウクシスがシケリア王国から離れる選択肢を提示したことは初めてだからだ。
淡泊な人間ではなく、情に厚いと思っている。
自分のような手間のかかる男を、何の代償も求めず、ただ友人だからと言う理由で補佐してくれている。
これが情に厚くないなど有り得ないだろうと。
そんな親友が、祖国を捨てるようなことを口に出すなど、夢にも思っていなかった。
時々、ものすごくドライになるが……。
それにしても普通の人間ですら、縁を切りたいと思う相手にだけだ。
そんなときはスパっと切る。
「おいおい。
確かに冷や飯を食っている。
だからと言って、国を捨てるなんて無理な相談だ。
少なくとも俺の指揮下で戦った連中を、敵に回すなんてゴメンだね」
「冗談ですよ。
ラヴェンナ卿はペルサキスさまの真意は知らないでしょう。
ここ最近の戦いに出されることなく冷遇されていることは知っているはずです。
来ればもうけもの程度に考えていると思いますよ」
ゼウクシスは冗談めかして笑ったが、目だけは笑っていなかった。
冗談に聞こえないと、フォブスは内心あきれた。
ゼウクシスの数少ない欠点は、ユーモアのセンスが壊滅的にないことだ。
ともかくこの話の深入りは避けたいと思った。
「確かにそれは考えられるな。
リカイオスのオッサンの取り巻きも、さぞ頭を抱えるだろうよ。
オッサンは変な連中とも、付き合いが有るようだしな。
地位があがると、どんどん変なモンに囲まれている気がする。
昔はああじゃなかったんだがなぁ」
話題を変えたいと思ったフォブスは、少々大げさに嘆くポーズをとった。
ゼウクシスもそれ以上の話をする気はなかった。
勝手な理由で命を狙われるのであれば、選択肢は持っておくべきだと思っている。
つまり今のクリスティアス・リカイオスを、ゼウクシスは信用していない。
昔は違ったのだが。
その点では、フォブスの嘆きには同感だった。
「人は変わるものですからね。
地位が低いときは清廉でも、地位があがると現実を知って清廉の看板を捨てるなど、いくらでも実例は転がっていますよ。
環境が変われば、人は変わるのが普通だ……と言えますかね」
「そいつは分かるがな。
それにしてもなぁ。
あそこまで野心丸出しになるとは予想外だったさ」
ゼウクシスはちょうど良い機会だと思い、あえて生真面目な表情をする。
「それはどうしようも有りません。
それよりです。
ペルサキスさまは、思ったことが顔と態度に表れています。
だから余計冷遇されるのです」
また説教かと、フォブスは渋い顔になる。
だが親友の心配をむげにもできない。
旗色の悪さを感じて、わざとらしく外に視線を向ける。
外は雨だ。
窓ガラスに打ち付ける雨が、クリスティアスの側近たちから放たれる悪意に見えて、外を見たことを後悔した。
渋々ゼウクシスに向き直って、肩をすくめる。
「心にもないことを言い続けるのは疲れるんだよ。
それはオッサンも承知して、私を使っているはずだ。
だから考えすぎだ……と言いたい。
ところがなぁ……周囲の連中が、私を煙たく思っている」
「最初のころは、ペルサキスさまの直言を歓迎していましたが……。
今は周囲の取り巻きが、それを好みません。
彼らのやり方は、ペルサキスさまとは相いれませんから」
言われるまでもなく、フォブスも痛感している。
主君としての威厳に欠ける……と吹き込む連中が多い。
クリスティアスは、昔ならば笑って相手にしなかった。
最近はちょっと違う。
口では退けるが、その言葉を是としていることが、態度から分かる。
だからと見捨てる気にもなれない。
「分かっちゃいるんだがな。
ただ私が言わないと、誰も諫めるヤツがいなくなるぞ。
一応親戚だし、見て見ぬふりは、私の性に合わない。
保身のために黙って後悔するくらいなら、直言して遠ざけられた方がマシだよ」
ゼウクシスはそんなフォブスの心情は理解している。
だが忠誠が報われない相手に、忠誠をささげても無意味だとも思っている。
それは自己満足で、悲劇しか呼ばない。
忠誠ではないが、ゼウクシスの家庭がそうであった。
母は父に愛情を注いでいたが、父は母を顧みなかった。
父の愛は愛人にささげられていた。
そんな父は母の愛情すら鬱陶しいと思っていたようだ。
暴力は振るわないし、暴言も吐かない。
ただ冷たく突き放して顧みもしない。
だが都合が悪くなると、母を頼る。
それを、母が喜ぶ。
幼いころのゼウクシスは、何度も繰り返される光景を苛立ちながら見ていた。
こんなものは、愛とは呼べない。
自己満足が交差する悲劇だと思っていた。
そんな三文芝居をたっぷりと鑑賞させられたゼウクシスは、ある意味とても醒めた性格であった。
「遠ざけられる程度ならマシですよ。
リカイオス卿の親戚ということで取り巻きたちも、直接はペルサキスさまに手を出せないのですから。
リカイオス卿を焚き付けて排除するように仕向けかねません」
フォブスは降参といったように、両手をあげるポーズをとる。
「戦いを考えているときは楽しいのだが……。
それ以外はどうにもなぁ。
その手の陰謀とかは、どうにも苦手だよ。
そっちはゼウクシスに任せるよ」
「でしたらもう少し、外では神妙な態度でいてください。
今のままだと、不利な戦場に投入させられ、失敗したら処刑されかねません」
フォブスは渋い顔で、頭を振った。
今のクリスティアスを信用しているわけではない。
そこは、ゼウクシスと同意見である。
ただ義理などが有って見捨てられないのだ。
戦争の天才と言われているが、その突出した才能を持った代償としてか……別の部分が欠落する。
戦場では果断で、決断が早く正確だ。
私生活では決断力などないかのように、優柔不断なことこの上ない。
昔の友人が、フォブスの地位権力を目当てにすり寄ってきても追い払わない。
当然のことだが、軍事に関わることには、私情を一切挟まない。
だが自分の財産などは気前よく分け与えてしまう。
ゼウクシスが止めると、それに従うのだが……。
いないところですり寄ってこられると、また与えてしまう。
ゼウクシスがいなければ、友人を名乗る寄生虫にとりつかれ、困窮していたのではないかと思えるほどである。
そして自分の甘さを自覚しているが直せないフォブスであった。
「考えすぎだろ……。
いや……あながちそうでもないか。
最近オッサンは、私と会いたがらないからなぁ。
特にあの戦い方は不味い。
どうせ死ぬのだからと、兵士たちの扱いがぞんざいになったらどうなる?
兵士たちに下士官が殺されかねないぞ。
戦うどころじゃない」
ゼウクシスは忌々しそうに、頭を振る。
イケメンは得である。
そんな顔ですら、絵になるのだから。
「奴隷に自由を与える約束と引き換えに、今は使い捨てていますね。
ラヴェンナ卿から教えてもらった、怪しい集団もリカイオス卿の陣営に出入りしていますし……。
どうにも嫌な予感だらけですよ」
「ああ、なんか気味の悪い連中だったな。
俺の思い過ごしかもしれないが……。
あの魔王さまは、あいつらを敵と考えている気がする」
ゼウクシスは、いきなり話題が飛んだことについて行けずに、怪訝な顔をする。
「なぜそう思われるのですか?」
「こっちの奴隷階級を注視していた。
この国の奴隷階級は、統治上の配慮で分断されている。
安心しているから、注意を払うヤツなんていない。
普通はそんな枝葉じゃなくて、誰かの陰謀を疑う」
ゼウクシスは腕組みをして、記憶を探る。
ちょっと違和感の有る書状だった。
「確かにあれは何かを示唆するような……ふわっとした言い方でしたね。
どうとでもとれるような言い方には、違和感が有りましたが」
「言い方をぼかしていたのは、オッサンがそいつらと手を組んでいたら、面倒なことになると考えたんじゃないか?
この情報を伝えたときのオッサンの反応が、かなり素っ気なかったろう。
普通なら危険な存在として、もっと注視するぞ。
小さな芽すら確実につぶしてきたのに、あれに限っては『奴隷などなにもできない。ラヴェンナ卿は心配性だな』だからな」
ゼウクシスも違和感を抱いていた。
クリスティアスらしからぬ対応だと。
そのときは、本当に奴隷など軽視しているのだろうと、納得はしたのだが……。
「確かに、あれはちょっと意外でしたね」
「それも魔王さまの想定内だろう。
本来の目的は、誰がそいつらと関係しているかを探っている。
それなら筋が通るだろ。
モヤモヤしていたが、今回の話を切っ掛けにお前と話して……そうなんじゃないかと思えてきた」
「そうですね……。
親切に見えて、しっかり探っているわけですか。
リカイオス卿にしても、ラヴェンナ卿がどこまで何を知っているのか把握できていない。
だから曖昧な対応になったのでしょうね。
もしあの連中と関係が有るのなら、こちらの内乱に乗じて攻撃してくるくらいはやるでしょう。
少なくともリカイオス卿は、そう思ったでしょうね。
慌てて無関係を装うと、わざとらしすぎて危ない。
やっぱり食えない人ですね」
フォブスは自嘲気味に、肩をすくめた。
一見些細だが、実は大事なポイントだったのではないかと。
今更ながらに思っていた。
「そして私たちとリカイオス卿の間の隙間が広がった。
あのことを伝えてからだろう。
私が露骨に、戦場から外されるようになったのは」
「確かにそうですね。
理由が今一分かりませんでしたが……。
リカイオス卿が疑心暗鬼になったのであれば理解できます。
今回の文通も、それを加速させる気なのでしょうかね」
フォブスは内心ぞっとしていた。
あの魔王さまは誰にも気がつかれないように、相手を誘導しているんじゃないかと。
操られている相手は、自分で決めた気になっているが……。
実は、手のひらの上で転がされているのではないかと。
「それも有るだろうな。
そもそも今回の文通は、オッサンの指示だろ。
ラヴェンナと私的なルートを持つようにって。
文通相手としてはお前なら警戒されていないだろ。
それを利用して、内情を探りたいと思ったのだろうよ。
ところがラヴェンナの主が、直々に出てきたとなったらなぁ」
「今更止めることもできないし、下手なことを探れば危険ですね」
「つまり余計なことを勘ぐられたくないのであれば、なにもしないのがベストになる。
オッサンから指示は来ないだろうな。
今、ラヴェンナに敵対されると、1番困るのはオッサンだ。
少なくとも相当警戒しているからな」
ゼウクシスは、軽い調子で苦笑する。
クリスティアスから指示を受けて、アルフレードと相対するのは胃が痛いのだ。
その指示がなくなれば、ずっと楽になる。
「普通であれば警戒すると思いますよ。
ランゴバルド王国は全員が、内乱で疲弊すると思っていたでしょう。
私もそのひとりです。
ところがよく分からないうちに、早々と終わりました。
おまけに統治体制まで、スムーズに移行している。
かえって前より強くなっているとさえ思えますよ。
ニコデモ王はそれなりに聡明ですが、そこまで凄みはないでしょう。
消去法で立役者はひとりしかいないのですよね」
よく分からないうちに、なんか終わっていた。
シケリア王国から見たランゴバルド王国の内乱はそんな印象だ。
だがその後の立て直しは呆れるほどに見事である。
場当たり的な対処では、奇跡が起こらないとこうはならない。
緻密に計算した黒幕がいると思うべきだろう。
「調べるほど、あの魔王さまが後ろで糸を引いていた気がするよ。
オッサンもチョッカイを出したかったが、余りに不気味で手が出せずに終わったしな。
ともかくだ、この文通は一見常識知らずのとんでもない申し出だが……。
オッサンの足を止めるには、十分な効果が有る。
魔王さまか……一度会ってみたいものだな。
実に興味深い」
「会っただけでは、地味で気弱な感じしかしませんでしたよ。
人は見かけによらないとは、よく言ったものです」
「それは前提無しだと、そんな印象だろう。
今後顔を合わせたら、どんな印象を受ける? 違うだろ?」
ゼウクシスは、大きくため息をついた。
「だからと言って、会いに行かないでくださいよ。
側近たちに謀反の恐れが有ると言い立てる口実を与えるようなものですから」
「分かったぞ! それは『押すなよ! 絶対に押すなよ!!』ってヤツだな!」
フォブスは昔から、強く止められると面白がってやってしまう悪癖がある。
使徒がそんな言葉を伝えていて、一部にはしっかり語り継がれていた。
「違います!」
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