402話 仕草は伝染するらしい

 王位継承のゴタゴタの行方は予測不可能。

 相手が脊髄反射生物なら楽だが、人間の反応はそれだけではない。

 あるものは損得から。

 あるものは縁戚の義理から。

 あるものは恩讐から。

 そして、あるものは訳の分からない理由で。

  

 俺の想像力も、大したことはない。

 見事に予想を外される事態が王都から伝えられた。


 ラッザロ殿下が周囲の圧力に負けて、家宰を追放処分にした。

 

 王位継承レースでの支持を最優先したのは分かる。

 そうしないと支持しない…と詰め寄られると、自己の生存を最優先する。

 手でも足でも切り落とすだろう。

 継承レースを始めたが最後、脱落は死の可能性が高いからだ。

 

 王にとって、手や足はまた生えてくるものだからな。

 だが、今回は大失敗をしたあとの処理の話だ。

 

 この状態では、仮に王になれても傀儡状態。

 さらに家宰がおとなしく、トカゲの尻尾として食われるのか。


 家宰かラッザロ殿下の陰謀を暴露しても、もうこれ以上評判が落ちない。

 だから殿下は知らぬ存ぜぬ…でやり過ごすことができる。

 これ以上下がらない評判とはある意味強い。

 家宰は黙って泥を被るだろうな。

 殿下が王になったら、適当な時期に復帰を狙うのがベターな選択だ。


 こんな殿下でも、正当性だけはあるので担ぎやすい。


 担ぐ側からしても、何もできない王は実に都合が良い。

 脱落寸前から、優位に戻ったと見るべきなのだろうか。

 担ぐ側として、ラッザロ殿下をどう見ているのか…。

 そして仮に王になっておとなしくするのか。

 それも怪しいと見ている。

 

 現時点では読み切れない。

 だからといって、積極的に介入するタイミングではない。

 今はパパンに任せておくのが最良だ。

 

 将来を考えて渋い顔をしている俺に、キアラが苦笑している。


「さすがのお兄さまでも、王都の動きは読めないみたいですわね」


「むちゃを言わないでください。

意思決定に何人が関わっているか…。

その人数分計算要素が増えるのです」

 

 俺のため息に、ミルも複雑な表情をしている。


「追放って一時的なものじゃないの?」


「それはいつ、対象者が逃げ出すかによりますね。

王都にいて、追放処分となって退去するか。

危機を察知して、自分から姿をくらますか」


 ミルは少し考え込んだが、観念したのか首を振った。


「それって違いがあるの?

あるから分けて言っているのよね。

ちょっと分からないけど…」


 貴族社会での慣習だからな…。

 しかも使われなくなって久しい。

 知識として教わる程度の話だ。


「追放とは、王家の法の保護下から切り離されると言うことです」


「法の保護って? ラヴェンナのように明快な法律ってないのよね」


「ええ、ですけど法は存在します。

世間一般の慣習的なものを外れたら処罰される。

そんな類いのものですけどね。

具体的な慣習法で処罰対象になるのは…盗みや殺しですね」


 まあ、もっと細かな話があるのだけど…。

 ここでは、分かりやすさ優先で良いだろう。


 ミルが俺の言葉を聞いてひきつった顔になった。


「待って、それって…追放された人を殺そうが…持ち物を盗んでも、罪に問われないの?」


「ええ。

追放刑であることが知られてから、外を歩くのは危険なのです。

自分の身を守る力がない限りは」


 キアラも俺の言葉に苦笑してうなずく。


「ですので、発表前に安全地帯に逃げ込めば、比較的安全なのです。

追放した人を匿っても罪にはなりませんから。

ですが…追放されて、財宝を抱えて移動していたら襲われますわ。

領民も表向きは武器の所持を禁止されています。

ですが、内々には隠し持っています。

普段見つかったら処罰されますの。

でも追放された人を襲うときに使っても罪に問われません。

法や決まりは一切関知しませんのですわ」


 ミルがキアラの言葉に、頭を振る。


「それって実質死刑よね…。

違いってあるの?」


 俺はミルの当然の疑問に、肩をすくめる。


「表向き死刑にするまで至らない場合ですね。

限りなく黒に近いけど、証拠がない。

もしくは相手の社会的身分が高く、死刑にするのは問題がある場合。

それか…直接手を下して、非難されることを避けたい場合。

または今回のように、周囲に押し切られて側近を処断する場合です。

自分の意図をくんで動いているので、罪を問えません。

できることは追放にして、実際の処分を他者に委ねることです」


「事前に逃げられた場合はどうなるの?」


「王都に残っている、家宰の派閥が一掃されます。

主従関係を結んでいた商人や、下級貴族ですね。

彼らの命や財産が奪われるでしょう。

仮に戻ってきても、力を取り戻せないようにね。

このような蛮行は、黙認されるのが慣習です」


 ミルが大きなため息をついた。


「結局…血が流れるのね」


 キアラが澄ました顔で、指を横に振る。


「お姉さま。

同情しても無意味ですわ。

どっちがやるかだけの話なのです。

家宰の追放を願った人たちは、手をこまねいていたら逆の立場に陥ったでしょうね」


 ミルが観念したように、天を仰いだ。


「そうね…。

でそうなると、王都だからと言って治安が良い訳じゃないのね。

義父とうさんは無事なの?」


「さすがに騎士団の精鋭が、護衛についています。

戦力も多く常駐しています。

手を出せないので平気ですよ」


「それなら良いけど、そんな首都にアルはいかないとダメなのよね」


 俺は、思わずため息をつく。


「世界的に目立ってしまいましたからね。

無視はできないでしょう。

あちらも無視はしないでしょう」


 キアラは、面倒くさそうに首を振った。


「放置してくれたほうが有り難いのですけど。

スカラ家の分家は、既に無視できない存在ですものね。

貴族社会で、お兄さまの評判も最初のただの変人から、実は優秀なのでは…に変わってきていますもの。

気がつくのが遅すぎますけど、正しく評価しないよりはずっとマシですわね」


「誤解して関わらないでくれたほうが楽なのですがね。

ともかく、孤立しても良いことはありません。

付き合いは必要でしょう。

ただ深入りは禁物です」


 ミルが俺の言葉にため息をつく。


「簡単に言うけど、それが難しいのよ」


 キアラが、それを見てなぜか笑いだす。


「お姉さま。

すっかり…ため息の付き方が、お兄さまにそっくりになってきましたわね」


 オフェリーもキアラの言葉にうなずく。


「私もまねしようとしましたけど…。

難しくて断念しました」


 そんな物まねするなよ。

 なぜか、ミルはジト目で俺を見ていた。


「アルのおかげで、いつの間にか伝染したのよ!」


 まあ…苦労を掛けている自覚がある。

 俺は居たたまれない空気から逃げようと、咳払いをする。


「苦楽を共にした夫婦は…仕草も似ると言いますから…」


 これに関してはどうにも、反論のしようがない。

 悲しいけど、これが現実である。

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