393話 もう我慢できない

 少し落胆したカールラの元を辞した。

 こればっかりは仕方ない。

 彼女の希望をかなえるためだけに、大勢を危険にさらす気はない。

 現時点でカールラは、味方と断言できないが敵ではない。

 あくまで現時点ではだが。

 


 そのまま、戦没者慰霊碑に赴く。

 慰霊碑は墓地に隣接している。

 訪れる者も少なく静かなものだ。

 本当は俺も、ここの仲間になるはずだったのだがな。

 もう少しあとになりそうだ。


 慰霊碑前には先客がいた。

 マガリ性悪婆だった。


「おや、プランケット殿。

まだここに来るのは早いのでは?」


 俺の姿を見て、フンと鼻を鳴らした。


「そりゃあね。

ちょうど良い。

坊やに頼みがあったんだ」


「アーデルヘイトならもう抱いてますよ」


 マガリ性悪婆が、俺の言葉を無視して、懐から、ロケットを取り出した。


「アタシの墓には、若い頃の美貌を肖像として刻んでおくれよ」


 ロケットの中身を見せられると、確かに、気の強そうな美人が描かれていた。

 思わず、ロケットと実物を3度見比べた。

 ときの流れは残酷だ。


「分かりました。

ですが…お迎えが来るのはまだ先でしょう」


 マガリ性悪婆が、俺を白い目で見た。


「失礼な考えは気がつかなかったことにしてやるよ。

アタシだって、死んだ元部下のことを考えるときがあるのさね。

坊やだけの特権じゃないのさ」


「そうですね」


 2人で、しばらく、無言のまま、慰霊碑を見つめていた。

 そのあとでマガリ性悪婆が、俺を一瞥する。


「ところで坊や…面倒くさい爆弾を押しつけられたんだって?」


 的確すぎる指摘に、ため息が漏れる。


「ええ、計算要素が多すぎて現状お手上げですよ」


「坊やはたまに、年相応になるさね。

何でも全ての事象が見渡せるわけじゃないだろ。

できる手札で、ベストを尽くすのが人ってもんさ」


「分かってはいますよ。

問題はここを間違うと、戦乱に巻き込まれるってことです」


 マガリ性悪婆が、フンと鼻を鳴らす。


「戦乱が起こったら、確実に、ここも巻き込まれるさ。

そして外の連中は、戦乱を起こしたがっている。

人の性ってもんさ。

人は自分が、他人より、損をするのには耐えられないだろ」


「おっしゃる通りで。

使徒や教会の縛りが外れると、ここまで、一気に変化するとまでは思いませんでしたよ」


「やっぱりまだまだ甘いね。

ラヴェンナを周囲に認めさせたければ、力ずくでないとダメさ。

だいたいラヴェンナの軍隊の数と質なんて知ったら、他の貴族どもは、腰を抜かすよ」


 俺は、マガリ性悪婆の指摘に、肩をすくめる。


「それだけの力がないと生き残れませんよ。

今までは小競り合いしかなかったから、騎士だけで数は足りましたけどね。

大規模な争いになって、戦力が足りなくなったら傭兵を使いだすでしょう」


「そこまで予測済みかい。

昔にあったらしい修羅の世界が再来するだろうね」


「1000年間で多少は進歩していると良いのですけどね」


 マガリ性悪婆が、あきれ顔になっていた。


「地獄の門を開けた張本人が人ごとみたいだねぇ」


 放置していては、世界が消滅する。

 だから仕方がないなどと言う気もない。

 結局の所、俺の決断でこうしたわけだからな。


「嘆いても仕方ないでしょう。

やれることをやって、子孫に未来を残すだけですよ」


 マガリ性悪婆は、俺を見てため息をついた。


「ま、それもそうだね。

せっかく生き残ったんだ、しっかりやることだね」


「人ごとのように言われては困りますよ。

プランケット殿にはもっと働いてもらわないといけません」


「普通は今までご苦労さまでした。

あとはのんびり、余生を過ごしてください。

と老人をいたわるもんさね」


 思わず吹き出してしまった。


「前にも言った気がしますが、そうなると、暇で口を出したくなるでしょう」


「気が向いたら、口を出すのは、老人の特権だよ。

坊やは老若男女分け隔てなくこき使うさね」


「そのぶん社会保障は手厚いですよ。

他の領地よりはるかにね」


「まあね…。

ああ、そうそう。

アンタに紹介したいヤツがいるんだ」


 嫌な予感がする。


「女性はもう結構ですよ…」


 マガリ性悪婆が、白い目で俺を見る。


「アーデルヘイトの幸せを削る気なんてないよ。

にしても…アーデルヘイトはアタシと会う度に、坊やの話を延々して止まらない。

男を籠絡する教育を受けてきたのに、自分が籠絡されてるよ。

どんなテクニックで、アーデルヘイトを籠絡したんだよ…」


「知りませんよ…」


 マガリ性悪婆が、心底うんざりしたようなため息をついた。 


「『外では魔王、ベッドの上では魔術師。

魔法を掛けられたみたいに…メロメロになる』と言ってたさ。

しかも、あの子超美人だろ。

頰を赤らめて、色気たっぷりのため息をつくもんだから、野郎どもが大変だったさ。

皆そろって、前かがみになる始末だよ。

兎人族の男なんて、目を血走らせて、『もう我慢できない!』と叫んで、その日は戻ってこなかったよ…」


 変な名前をつけた、あげく俺のせいかよ!


「一つ聞きますが…、その兎人族に恋人は?」


 マガリ性悪婆が、ニヤニヤと笑いだした。


「嫁さんがいるさ。

その日は張り切ったみたいだよ」


 俺は、どっと疲労感に襲われた…。


「アーデルヘイトには外で夜の生活について話さないように言い聞かせておきます…」


「まあ、そうしておくれ。

それはおいといて、今貧乏くじを引いてるヤツがいるのさ」


「どんな貧乏くじですか?」


「ま、アタシの後輩だったんだけどね。

天才とか英雄とか言われている坊主に負け続けて評判がた落ちさ」


「英雄さまは…もしかしてフォブス・ペルサキスですか」


 マガリ性悪婆がうなずいた。


「当然坊やの耳には入ってるね。

英雄サマの名前は伝わるけど、負け犬の名前は伝わらないだろ?」


「ずっとフォブスの相手をしてきたのですか」


「ああ、詳しく調べて見ると良いさね。

坊やなら使いこなせると思うさ。

アイツは主君運が悪いからねぇ」


 思わせぶりだな。


「名前くらい教えてくれても良いのでは?」


「アンタが調べて、興味があれば自然に分かる。

興味がなければそれっきりさ」


「しかし、他家の騎士を推薦されても困りますよ」


「坊やが拾っても良いなら、推薦状を馬鹿主に出させても良いさね」


 このマガリ性悪婆、どんなコネを持っているんだ…。


「どうやって、そんな手を回すのですか…」


「馬鹿主は首を切りたがっているのさ。

でも長年仕えてきた騎士の解雇なんて、決まりが悪い。

不義を働いたわけでないなら、推薦状を出して、他家に押しつけるのが慣習さ。

だいたいは傘下の貴族に押しつける。

まあ、普通はそんな勧告を受けたら引退するけどね」


「優秀なら周囲に、引き取り手はいるでしょう?」


「負け続けなのは周知の事実さ。

だからだれも引き取ろうとしない。

しかも年齢は50を超えているんだ」


「それでどうして、私の所に?」


 マガリ性悪婆から、低い笑い声が漏れた。


「坊や、フロケの嬢ちゃんにも情報収集を頼んだだろ。

薄いが嬢ちゃんはその馬鹿主とのコネもあるのさ。

そして坊やは、廃品利用が好きだと、貴族社会では知られている。

あとは分かるね?」


「恩着せがましく推薦状を出すと…。

実に腹立たしい話ですね」


「でかい態度をする暇もなく…馬鹿主は滅亡するさね」


 珍しくマガリ性悪婆からの推薦か。


「分かりました、調べてみますよ。

ただロッシ卿の承諾が必要ですよ」


「チャールズだって反対しないさ。

騎士団を動員するなら、ロベルトでもやれるけど、騎士同士の戦いなら、ベテランの補佐は有り難いだろうよ」


 内々に話していそうだな…。

 確かにベテランの騎士は、有り難い存在だ。

 だが、実際に調べてみないことにはな。

 ラヴェンナの社会に順応できるかが大事なのだよ。

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