201話 未来への遺産

 クリームヒルト嬢が帰った日の代表者会議。


 日常の議題の前に、俺はドリエウスに対する作戦の説明をすることにした。


「武器での戦いはしませんが、別の手で攻撃を仕掛けます」


 その言葉に皆イノシシを思い出して、遠い目をした。

 いや、それじゃないから。

 俺は一つせきばらいをした。


「イノシシではありませんよ。

皆さんお忘れでしょうが…捕虜がいますよね」


 多くの人が視線をそらした。

 直接捕虜と関わっている人たちはさすがに覚えている。


 全員が俺を「また何かとんでもないことをするのか」のような目で見ていやがる。


「獣人の捕虜は怪我が治ったら、一度町を見せてから解放しましょう」


 捕虜の食料などの手配で苦労している農林省のウンベルト・オレンゴがホッとした顔になった。


 一つ足りないって顔でキアラが俺を見た。


「人間はどうするのですか?」


 それは簡単には解放できないからな、俺は首を横に振った。


「人間は返還すると、敵の戦力を回復させるだけです。

それに交渉材料として使いますから」


 さも当然といった顔のチャールズ。


「しかし、敵さん何も言ってこないですな」


 最悪のケースを想定して思わず俺は渋い顔になる。


「獣人に負けて捕虜になったやつは人間でないとか。

捕虜になるくらいなら死を選べと、命令されていると面倒なんですよね」


 一同が騒然となるが、俺は手をあげて皆を制止して鎮まるのを待った。


「そこで、捕虜から情報を引き出してください」


 おやといった表情のチャールズ。


「御主君、御自身でやらないのですか?」


 それが1番早いのだがね。

 短期的な話であればだ。


「われわれの立場は前と違います。

周囲から警戒される存在になったのですよ」


 一同は顔を見合わせるが、やはり分かってないようだ。

 説明が必要だな。


「つまりはですね、偽装投降して内部からのかく乱、要人の暗殺といった手段も警戒する段階になったのですよ」


 その手段には心当たりがあるキアラが俺に心配そうな顔を向けてきた。


「今回の捕虜は狙ってないのですよね?」


 今回はね、俺はうなずいた。



「ええ、なので今回は危険がありません。

捕虜から情報を得るノウハウを蓄積していってほしいのですよ」


 チャールズが納得した顔でうなずいた。


「つまり、初回の練習といったところですな」


 俺はさらなる未来に向けての布石を打つことにする。

 キアラとチャールズの2人を見て、言外に2人の領分と示す。


「ロッシ卿とキアラの耳目が協力して、捕虜から情報を引き出してください。

人間だけでなく獣人からもです」


「お兄さま、何を聞き出せばいいのですか?」


「今回は彼らの生活、社会。

そして負けたときの扱い、もしくは捕虜にした相手への処置」


 2人はうなずいたのを見て、俺は宿題を出す教師の顔をした。


「加えて、どんな相手にどう尋問してどんな答えが得られたかを記録に残してください。

それは図書館でなく、軍事部門と情報機関が同じものを機密文書として保存を」


 面倒くさそうな顔でチャールズが首を振った。


「必要ですかな? 手間ばかりかかるようですが」


 一見するとそうなのだがね。


「新人や次世代へ渡す未来への遺産です。

これはずっと未来を見据えた話です」


 キアラがキラキラとした目をして俺を見た。


「さすがはお兄さまですわ。

遠くだけでなく未来も見ていらっしゃるのですね」


「ま、いつまでも長老の昔話に頼るわけにもいかないでしょう。

あと尋問結果に事実が確認できたらその結果を。

差がでたらその原因も記してくださいね」


 反論を封じられてチャールズが天を仰いだ。


「承知いたしました。

ですが、われわれだけなのは不公平ではありませんかね?」


 俺はとても悪い笑顔をした。

 周囲が警戒したのがすぐ分かる。


「当然、後々には他の部署全部に似たことはしてもらいますよ。


 書類が多くなるが、まだノウハウがない段階では仕方ない。

 一同からの抗議の視線を無視! 無視!


 後々大事になるのだよ!

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