第6話 苦手は転生しても苦手

 若干、キアラのほほ笑みが気になるが剣術の確認をする。

 実のところ、記憶が戻る前から運動は上手ではなかった。


 昔に呆れたように先生に言われた。


「坊ちゃんは首から下は不要だな」


「手がないと本が読めないから困る」


「魔法で見ればいいだろ」


「誰がそんな面倒なことをするの?」


 昔にそんな心の温まるやり取りをした。


 剣術も力の門が有って解放すれば強くなるのかとも思った。

 そんなことはなく変わった感覚はほぼなかった。

 運動能力は転生しても変わらず、変化はなし。

 すべての能力が上がるわけではないのか、得意分野が有ればそっちに寄るのか。

 誤魔化す手間が省けたのは有り難い。


 剣術の確認と言っても、カカシを立てて木刀を打ち込む程度の簡単な試験だ。

 テンプレだと、木刀を振っただけでカカシが吹っ飛んだり地面がえぐれたりする。

 しかし、どんな形で力が発揮されるか分からなかった。


 振り下ろしたときにいきなり力が発揮される、だったら目も当てられない。

 疑り深いと、笑いたければ笑うが良いさ。

 どうにも

 慎重に振る舞った方が絶対良いに決まっている。


 少し距離が有る、走りながら木刀を振り上げると、途端に不思議な力が木刀に通る感覚が有った。


 これはマズい! 緊急停止! 緊急停止!

 頭の中にはなぜか『メーデー! メーデー!』と転生前でよく見ていた番組の音声が響き渡った。

 飛行機と関係ねぇ!  列車事故だろう! 比較するなら!

 そんなことはどうでもいい!


 振り下ろす前に、咄嗟に足をもつれさせて転ぶことにした。

 顔面から地面に突っ込んで木刀は足元に転がった。


 そして暫しの静寂。

 全員が言葉を失っていて、この沈黙が辛い。

 つーか、顔から突っ込んだせいで痛い。


 何とか起き上がると口の辺りにヌルっとした感覚が有った。

 手で拭うと鼻血が派手に出ていた。

 誤魔化すためとはいえ……これは恥ずかしい。

 (急な停止でバランスを失い機体は転倒、パイロットは負傷。

 幸運なことに死者はいなかった。)

 心の中であの番組のナレーションの声が脳内再生されていた。


 そんな中キアラが真っ先に駆けつけてくれた。


「お兄さま、大丈夫ですか!?」


 キアラはハンカチで顔の泥と血を拭ってくれた。

 どうにも情けないが、なぜ他の大人より行動が早いのやら……とても恥ずかしい。


「ああ、私の羞恥心以外は無事ですよ」


 他の家族を見ると露骨に視線をそらされた。

 この空気の流れを変えようと先生に確認をする。


「これって……再試験です?」


 予想外の事態に、いつもは飄々としている先生も目を泳がせつつ……笑いを堪えて小刻みに震えている。


「あ……いや……カカシ相手に転ぶ事例はないし……否になるか……な」


 酷い大人たちである。

 いつも冷静沈着な父母の茫然自失は初めて見た。

 兄2人、笑いを必死に堪えつつ残念そうな様子を誤魔化しつつ、心配そうな表情をする実に器用なことをしていた。

 使用人は全員、目をそらしたり下を向いたり。

 その中途半端な優しさが痛い。


 皆は早くこの場から逃げたくなったろう。

 俺がその心境を代弁する。


「じゃあ……帰りましょうか。

次は巡礼の旅でしたっけ」


 皆が無言でうなずき、薄情な大人たちはそそくさと先に帰ってしまった。

 どうして使用人まで先に帰るのだ。


 と思ったらキアラが先に帰るように無言で促したらしい。

 キアラは話が有るのか、慰めの言葉を探しているのか。

 結構真剣な顔で考えこんでいる。

 暫し後、俺の顔を覗き込んだ。


「後でお部屋に行っても良いですか?」


 何か真剣な話が有るようだな。

 巡礼に行ったら、半年は会えなくなる

 キアラに笑いかけた。


「構わないよ」


 だが……鼻血がツーと垂れてきて、とんでもなく間抜けな光景であった。


 さすがにキアラも吹き出してしまった。

 早く止まれ、俺の鼻血。

 俺の黒歴史がまた1ページ。

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