言葉の箱

胡乃美

第1話不響和音

古びたボロボロのピアノ

鍵盤は重く ペダルは軋んで不愉快な音を立てる

僕の心とこのピアノは

よく似ている気がした


そのピアノを開けてみると

軋む蓋の音と 木の懐かしい匂いが飛び込んできた

僕はたまらずそのピアノを

弾いてみたくなったんだ


僕の一番好きな曲を

つたない指先で奏でてみた

昔皆が僕のピアノを聴いて

惜しげも無い拍手喝采をくれた曲だ


古びたピアノの音は狂っていて

不響和音ばかり

僕の指先も上手く動かなくて

聴けたものじゃなかった


それはまるで

やっぱり僕の心を映し出しているようだった


このピアノと僕の心は同じように感じた

弾くことも見ることも忘れられ

軋んで鍵盤も重くて

愛することを忘れられて

拗ねて音が狂った


ピアノの狂った音は 調律で直るけれど

僕の狂った心は 簡単には直らない

そこだけが違うところだ


僕の狂った心は どうしたら直るだろうか

どうしたら また元に戻れる?


いつからこうなった?

どうしてこうなった?


考えれば考える程 沼にはまってゆく

深い深い 底なし沼に


手を差し伸べてくれる人は居るだろうか

救いあげてくれる人は居るだろうか


底なし沼に足元をすくわれながら

ぬかるみの中で光の手を待つ


誰か助けてくれ 救い出してくれ

そんな僕の不響和音は

空の中に消えていくのだった

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