第8章 時は過ぎて、闇へと変わる……。

第23話 漆黒の妬み

 タケシがこの世を去ってから明後日……。


 とある屋敷内にて彼の手下の一人から、その知らせを伝えられる。


「ふむ。そうか、あのタケシが死んだか。まあ、相手が龍牙りゅうがだけに本人は満足なはずじゃな……ご苦労、もう、下がってよいぞ」

「はっ!」


 薄暗く光る電気製の松明たいまつを左右の端に置き、王宮の間にひかれたレッドカーペット。


 その先に優れた王となる者のみが座れる一つの銀の玉座。


 ここはどこかのお城だろうか……。


 その席に腰かけた年老いた男の老人。


 白髪混じりの黒の髪型はオールバックで筋肉質な赤茶色の体に黒いサングラスをかけている。


 そんな強面こわもてな老人が腰かける手先にある、丸テーブルに載っているワイングラスに入った一つの赤ワイン。


 それを含みながら、口の中で転がす。 


 ほんのりとしたフルーティーな甘味に、酸っぱい後味。


 ワインは寝かせるほどに甘味が増すという噂らしいが、いささか信用できないと、とある携帯ゲームに苦戦しながら、そんな難しい舌鼓したつづみな表情をしていた……。


「ストーン・ファング様、ご忙しい所、失礼ですが来客です」

「……そうか。ふむ、通せ」


 ストーン・ファング、略してストーンと呼ばれた老人が、ワイングラスに携帯ゲーム、さらにサングラスを外して、それらを目の前の丸テーブルに置き、静かに立ち上がり、きたる来客を待つ。


 実感、目は細めで優しそうな表情とは裏腹に、やはり身長175くらいの背丈ゆえに凛々りりしい姿が影にえる。


 数分後……。


 その奥から一人の警備員とともに、一人の青年がやって来て、ストーンの眼前で片膝を下ろす。


 黒の長髪に七三わけのヘアカット。


 やや眠そうな奥二重とは裏腹なクールな面構え。


 そして、その顔に似つかない度の大きな眼鏡。


 彼はこの老人の知り合いなのだろうか?


「あ、あの、知ってますか。タケシが暴走したと……。

彼には生前では色々と世話になっていたのに……残念な出来事でした」

「……ふむ、ところで君の名は?」

「し、失礼しました。僕は蒼井繁あおい しげるです。タケシから超能力を授かった一人でもあります」


 繁と名乗った青年が謝罪をしてひざまずく。


 少々、自分勝手な言い回しの会話だが、本人はいたって素直な性格のようだ。


「ふむ。そうか。それでここへ何しに来たんじゃ?

ワシは貴重な休み時間を利用し、新しいゲームの攻略に追われて忙しいのじゃが?」


 ストーンが、いかにも続きがプレイしたくてうずうずしながら、テーブルにある携帯ゲームと白い毛糸の帽子を被る女の子のイラストが描かれたパッケージのゲーム箱を指さし、率直そっちょくに答える。


「ゲームですか?

あっ、それはもしかして、今流行りのゲームブランドの『KAI』による『スノーポケット』という名前の美少女ノベルゲームですか?

出だしからドキドキハラハラする展開で釘付けになりますよね♪」


 どうやら繁もゲーム関連に詳しいようだ。


 ここでは分かち合えない共通の趣味と会話が通じ、ストーンの目がニンマリと細くなる。


 しかし、こちらから何も口に出さずに、箱のイラストを見ただけで、今流行っているプレイしているゲーム名まで当てるとは、この若者はただものじゃない……。


「うむ、しかし、何でワシがギャルゲー好きと分かったんじゃ?

普通、今流行りのゲームならロールプレイングゲームのBBF7(バトルボンバーファンタジー7) リメイクとかじゃろ?」

「いえ、ここまで歩いてきたときに、廊下でこんなチラシを拾いましたから」


 繁が後ろポケットから丸めていたB5サイズの紙切れを見せる。


「おおっ、それはゲームーズ店の人気ギャルゲーソフトの大安売りのチラシ……昨日、無くしたんで探しておったんじゃ……」


「ありがとう、繁君。恩に着る……。

ありゃ……!?」


 繁がチラシを持っている腕を引っ込め、思わず前のめりになるストーン。


「……ここで素直には渡せません。条件があります」

「な、何じゃ。もったいないぶるのお。一体何の条件じゃ?」

「どうか、ぼ、僕に格闘術を教えて下さい!」

「はあ?

お主、いきなり何を言っとるんじゃ。寝ぼけているのかのう?」


 繁が不慣れなスローな手つきでハエが止まりそうなヘロヘロの猫パンチをする。


 その動きを見たストーンは何かの冗談と受け止め、一瞬固まっていた……。


「あの、ご多忙は承知しょうちの上です。でも、僕は強くなって龍牙さんとやらを倒したいんです……。

タケシは僕にとっては救世主だった……。

だけど龍牙さんが留守の間に研究員の手によっておかしくされた……」

「……ふむ、それで勝手に出ていった龍牙に責任があると……」

「はい、だから僕に戦いを教えて下さい。

ストーンさんは、今の日本の首相の座になる以前は海外の凄腕の軍に所属していたと知りましたから。

だから、ぜひ手ほどきをお願いしたいんです!!」


 どうしてもストーンに了承りょうしょうして戦いの手解きをしてもらいたいのか、必要以上にお辞儀をする。


「──駄目じゃ。やっぱりそのチラシは入らんから好きに廃棄してくれ」

「えっ、どうしてですか?」

「龍牙も今じゃ大切な家族がいる。それに久々に我が家にも帰ったばかりじゃ。

彼の私生活をおびやかすことは、この親であるワシが許さん……分かったなら帰れ……!」


 ストーンが虫をシッシッと払うような仕草で、何もかも経験不足な青年を手下に合図させ、退ける。 


「は、はい、すみません。分かりました……」

「うむ、分かればよろしい」


****


「く、くそ、何で駄目なんだよ!!」


 城下町を下りながら腹腸はらわたが煮えくり返り、近くにあった黒いポリバケツをけたくる僕。


 その運動性に従い、横倒しになった空バケツは下り坂へと転がって行く。


「ふふ、何かお困りですか?」


 そこへ、ボサボサな黒いロングヘアーの奇妙な姿の人物が来るが、そんなことはどうでもよかった。

 

 僕はその人影を無視して横切ろうとするが、相手側はそんな僕を通せんぼする。


 これには呆れて仕方がないなと、そのぼろ雑巾のような衣類をまとった人物に話しかける。 


 ちなみに胸はほとんど無く、身なりを気にしていない服装からして男の子だろうか?


「君は誰だ?」

「私ですか?

名前はミコトと申します」


 声からして、幼なき女の子の声は意外だったが、それ以前にそのような小汚ない服装をしなくても、アニメのヒロインの声優で十分に生計を立てていけそうである。


「ミコトか……僕は今、苛立いらだっているんだよ……悪いが道案内なら他の人に聞いてくれ」 

「いえ、繁さんだからです」

「なっ、何で、僕の名前を、まさか君は!?」


 僕は咄嗟とっさにあの宇宙人の名前を口から滑らせていた。


 あの『タケシ』の知り合いかと……。


「はい、ご名答です……」


 ミコトが返答を下し、肌の露出がほとんどない布のような服を脱ぎさると、灰色の全身タイツの姿が目に飛び込んでくる。


 だが、やっぱり胸は板のように小さい。


 それにしてもタケシとは違い、人間のように普通に口から言葉を話すとは……最近の宇宙人事情も複雑だ。


「それで、僕に何か用か?」

「はい。タケシはミコトの幼馴染みでした。彼はいつも私に優しくしてくれて……。

でも、そんな彼が人間に狂わされ、さらに命を奪われたことを知り、正直、やるせない気持ちでいっぱいです」

「僕も同感だよ。彼はいい宇宙人だった、だから……」

「繁さん、分かりますよ。タケシのかたきをとりたいのですね」

「ああ、そうだよ」

「でしたら、ミコトが力を貸しましょう」


 出会ったばかりの僕と彼女の共通点が不思議と繋がる。


 それは一本に繋がった、心に潜む悪魔がささやくぎらついた復讐だった。


「ありがとう。でもその前に弥生やよいに電話しないと……」

「……ふぐっ!?」


 その場でミコトが繁の首根っこを叩き、脳神経が麻痺して意識が無くなり、彼は昏倒こんとうしてしまう。


「そんな余計な通話はいいのです。それよりもあなた自身で、その龍牙りゅうがとやらの携帯に電話するのです」

「ワカリマシタ……デモ番号ガ不明デ……」


 ミコトが離れた場所にて繁に指をさす。


 それから気絶した繁の体をミコトが指先で器用に操り、彼にスマホの続きをさせようとするが、繁の本心は番号が分からないの一点張りだ……。


 それもそうだ。

 

 繁は龍牙とは特に接点もなく、会って話もした事もなかったのだから……。


「なら、分からないなら調べれば早いのです。

地球上のGPSよ、私のために情報をはくのです。

さあ、紅葉龍牙もみじ りゅうがの携帯番号をさらけ出せ……」


 ミコトが空へ手をかざし、上空に泳いでいる地球最大の人工知能衛星に思念を送ると、繁のスマホ画面からの電話帳欄が勝手にスライドされる。

 

 中々出てこない電話番号に苛つき、彼からスマホを奪い取ると、後に逆探知される龍牙への電話番号。


 それにかけると心電図のような無機質なコール音が永遠と続く……。


「……おやおや、ただいま通話中みたいですね。それでは強引にくぐって失礼します……」


****

 

「あれ、ゆみ

いきなり繋がらなくなったぞ。ここは電波が悪いのか?」


 あの事件から研究員を辞めて、とある建設現場でのバイトで働いていた龍牙は昼休憩を迎え、弓と楽しく通話していたのだが、急に通話中に壊れたラジオのような雑音が入る。


『龍牙さん……』


 しばらくして、電波状況が回復し、相手主の声色が変化する。


 通話に気を取られ、気づかないうちに、誤ってキャッチホンのボタンを押したようだ。


「……あれ、その声は晶子しょうこちゃんか。突然どうしたんだい?」

『あっ、はい。お疲れ様です。 

実は明日、私のみで大事なお話があります。龍牙さんの家でお話をしたいのですが……』


「あれ?

俺たちも君らと一緒に明日は潮干狩りと海水浴をねての遊びの約束じゃないのか?

どうしてわざわざ東京にある俺の家で?」

『いえ、どうしても聞いてほしい悩みですから。それから大事なお話のついでに海水浴場まで新幹線で送りますので……。

……あと、帰りも往復の新幹線のチケットを持ってますから、それで龍牙さんの自宅まで送ります……』

「わざわざ、ありがとな。分かったよ」


 俺はスマホの電源を切り、プレハブ小屋になっている休憩所のコンセントにスマホを充電する。


 さあ、今からでも気持ちはワクワクして落ち着かない。


 明日は、久しぶりに羽をのばせる。


 楽しい潮干狩りと海水浴の日になりそうだ……。


****


 次の日の朝……。 


 紅葉家の家で俺、龍牙はリビングで弓の淹れたてのインスタントコーヒーを飲みながら彼女を待ち構えていた。


「晶子ちゃん、中々来ないな。もう約束した時間の30分は過ぎてるぞ。

こりゃ、李騎りきたちの潮干狩りには行けそうにないな。

悪いが、李騎に断りの電話をいれるか」

「龍牙さん、私は、ちょっとお手洗いに行ってきます」

「ああ、分かった……もしもし、李騎か?」


****

   

 ──俺はすっかり電話に夢中だった。


 だから、弓がお手洗いから戻ってきても何とも不審に思わなかった……。


「すまん、弓。今日の海水浴は中止だ。でも、もうすぐ晶子ちゃんが一人で、この家に来るからさ。お茶菓子を開けといてくれ」


「龍牙さん、子供たちを知り合いに預けて私と一緒に海水浴に行けないわりには、何か楽しそうですね……」

「まあ、晶子ちゃんが何か相談があるとか……何だろうな?」


「そうですか……。

私に相談せずに勝手に話を持ちかけて、さらにはこの自宅に呼ぶなんて、

私より、

そんなに、

あの女のことが好きですか!」


 そこへ、

強烈な邪魔が俺の腹部に伝わる。


「……ぐっ、お前……

何しやがる……」


 じんわりと広がる魔の手。


 信じがたいが、

俺の腹部に、

とある物が深々と突き刺さっていた。


 この前、すいのよろず店で購入したばかりのドラゴンサバイバル包丁が……。


 ──いつもの日曜大工用のツナギ……。


 そのツナギの刃物で刺された箇所から、じわじわと真っ赤な血液で染み渡っていく……。


「ふーん。

痛いですか?

もう一度言います。

そんなに、

私以外の女性との約束が気になりますか!」

「ぐ、ぐはっ!?」


 その刺さった刃物に容赦なくグリグリと力をこめる弓。


 俺には何が彼女の感情を乱したのか理解不明のままだった……。


「……ごはっ、ご、誤解だぜ……。

向こうから…誘われて……。

ぐっ、ぐはっ……!?」


 ただ、一言だけ謝りたかった……。


 俺には二股とか、そんな気はないと……。


 俺は横たわりながら、目を開けたままで、この世の終わりの朝日を窓から眺めていた……。


「ふふっ、せいぜい床に這いつくばってなさい……さよなら」


 その弓の姿が宇宙人のの姿へと戻る。


「ふふふ、女にだらしない男にピッタリな末路ね……。

後はトイレで寝ているあの子を起こし、その弓に罪をなすりつけて、ミコトは瞬間移動の能力で逃げるだけだわ……。

晶子のお誘いのダミーな声も分からないくらい鈍感なヤツだったし、これで彼も浮かばれるわよね……。

しかし、何でタケシもこんな鈍くさい相手にやられたのかしら……」


「……まあ、いいわ。結果はどうであれ、深追いはしない。

タケシ、繁さん。ちゃんとかたきはとったからね……」


****


「……はっ!?」


 私は誰かに肩を叩かれて我を取り戻し、辺りを確認する。


 確か、お手洗いに行った途端に記憶を無くして……どういう事なのだろう。

 

 それから足がじんわりと生温かくて、多少はヌメヌメしている。


 私の足元や体全体が、とある液体によりびしょびしょに濡れている……いや、ベッタリと張りついていた。


 リビングを埋めつくした大量の赤に染まった床……。  


 私は人を殺めてしまったのか。

 でも、彼にはそんな感情を抱いた事がない。

 

 しかも、第三者の目線から操られたような感覚がした。

 だが、それを第三者に打ち明けても何とかなる話ではない。

 

 私自身、彼の腹部に刺さった刃物の柄をしっかりと握りしめていたから……。

 

 どんな理由だったかは知らないが、記憶を失うほど錯乱さくらんした私が結果的に龍牙さんの命を奪ってしまった……。


 私は、なんてことをしてしまったのだろう……。


『ピーンポーン~♪』


 そこへ突然、鳴り響くドアホンに体をびくつかせながら私は思考を止める。


 壁時計の時刻は夕方の5時。


 何かあったのかは知らないが、子供たちが帰宅する時間帯には早すぎる。


 まだ、私たちのお出かけの中止は向こうには知らせていないのに……。

 

 だが、このままでは大変な騒ぎになる……。


 私は血塗られた刃物はそのままにし、台所の勝手口から、その返り血を浴びた格好で裸足のまま表へと逃げ出した。

 

 ……遠くから悲鳴と泣き叫ぶ声が聞こえる。

 それでも歩みを止められない。

 

 どんな理由であっても私は殺人を犯したことには違いないから……。


****


 やがて、辿たどり着いた海辺の近くにある9階建てのマンション。


 私が龍牙さんと昔、子供ができるまで、少しの間だけ同棲していた場所でもあった。


 こんな切羽詰まった状況でも、どうして今、あの頃を思い出すのだろう。


 つい、昨日までは家族水入らずで幸せな人生だったのに。


 二人の運命を引き寄せてくれた恋愛の神様の仕打ちにしては残酷だ……。


 それに、もうどこをどうやって来たのか、私の服はボロボロで体は擦り傷だらけ。


 おまけに裸足の足の裏も痛い。


 ああ、いい加減逃げ切るのも限界みたいだ。


 あの包丁には私の指紋がベッタリとついているし、このような血塗れな身なりなら警察に捕まるのは時間の問題だろう。


 だったら、ここですべてを終わらせよう……。 


 ──私は淡々とひんやりと冷たいリノリウムの床を踏みしめる。


 一階ずつ非常階段を上がるごとに高鳴っていく高揚感。


 私の心は狂い、もう思考回路はおかしくなっていた。

 

 ──その屋上への到着した私は率直には道路際に近づく。


 そして、偶然にも錆びついていて破れていた金網をくぐる。


 その先の建物の眼下にはたくさんの車や人などが流れていた。


 夕方にも関わらず交通網はごった返しており、祝日だけのことはある。


 私は、その床と宙への境目の崖っぷちに立ち、冷たい風を仰ぎ、覚悟を決めた。


 か弱き小さき命を、

まだ明るい星空へと捧げ、マンションから飛び下りて、宙へと身を投げていく……。


 不思議と怖くなかった。


 これで楽になれるならそれでいい……。


「ああ、こんな殺人の罪を抱えるのなら、今すぐにでも、大好きな龍牙さんのそばにいきます……私は、あなたがいないと生きていけないんです……」


 さようなら、私。

 さようなら、私の子供たち。

 さようなら……李騎君にみんな……。


 さようなら、愛しい龍牙さん……。


 いつからこの世界は、こんなにおかしくなってしまったのか……。


 私の体は冷たい道路に顔合わせする。

 

「さようなら……」


 周りの人々の悲鳴もいざ知らず、ぐちゃりという異音とともに、私の体は道路でぐちゃぐちゃに潰れたトマトのような肉塊になり……、


 この世の生涯を閉じた……。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る