第4章 陸地を外れて船旅へ

第11話 別れと旅立ち

「なあなあ、ちょっと李騎りき。何でこんな夜中にワタクシだけが来ないと駄目なん?

夜更かしはお肌の大敵なのにさ……」


 俺はチックと一緒によろず屋の駐車スペースに来ていた。


 時刻は夜中の0時過ぎ。

 周りを見渡しても俺たち以外、人影はない。


 ここになぜ晶子しょうこたちがいないのか。


 ──実はすいと乱蔵らんぞうに、この計画を相談し、晶子の飲んでいたジュースには睡眠薬を混ぜこんで眠らせたのだ。


 また、万が一のためにすいと乱蔵に見張りを頼んだが、あのよろず屋で秘密裏で売られていたこの睡眠薬は強烈な代物しろものらしい。


 強制的に脳を休ませるため、起きた時に脱力感や眠気が残る事はあるが、多少物音を立てても朝までぐっすり眠れると、すいが説明してくれた。


 まあ、念のためにうまく事が進むようにすいと乱蔵で、また別に計画は考えてはいる。


 余程の事がない限り、晶子が俺たちを追ってくることはない。


 何せ、俺と乱蔵は女子組とは違う部屋で就寝している。

 向こうから隠れて夜這よばいでもしなければ俺がいないことは分からない。


 しかも、すいは口がうまいからいくらでも誤魔化ごまかしは効くはずだ。


 これで晶子に余計な心配はされず、自由に能力が使える。


 初めからこうすれば良かったのだ。


 まあ、あのバイトは良い体験にはなったが……。


****


 チックによる車の運転で移動して、例の船の場所に辿り着いた俺たち二人は、あらかじめ準備していた懐中電灯で周辺を照らしながら、難なく見える船体に乗り込んだ。


「ははーん、李騎のえっちぃ。ここでワタクシを襲う気なんだ。

晶子がいながら意外と大胆ね。

ちょっと待ってぇーな……」


 チックがこちらに色っぽく目配せしながら上着を脱ぎ出そうとする。  

 さらにシルエットがあらわになる胸が強調された白の長袖のロゴTシャツにも手をかけようとして……。

  

「ちっ、違うって!

……いいから黙ってみてなよ……」


 俺は、黒の下着姿になりかけたチックの誤解を止めさせ、目をつむり、船の床に向かって魔法の構成を頭の裏側で練る。


「……傷つき、枯れ果てた船体よ。今すぐ元の形へ復元したまえ……」 

「リカバリー、シップ!」


 すると、たちまち壊れていた木材たちがその箇所に集まり、次々と修復していく。


「なっ、どうなっとん、夢でも見とる?」


 チックが服を着なおし、まぶたをゴシゴシとこすりながら状況を理解しようとする。


 そして、ものの1分の間にボロボロだった船は新品同様の綺麗さになり、俺はその場に力なく倒れこむ。  


 全身から掃除機で体力を吸い込まれた脱力感。  

 一気に体全体の力が抜ける……。


「だっ、大丈夫かいな!?」

「……ふっ、どうだ。宇宙人の能力も捨てたもんじゃないだろ……?」

「……なんね、宇宙人か何かは知らへんが無茶をするわよね!」


 その一瞬のあいだ……。

 俺はチックの発言に違和感を感じた……。


「……あれ?

俺が宇宙人でも何とも思わないのか?」

「……今さら何を言うとるのさ。それなら、すいから聞いたわよ」

「ははっ、本当お喋りな売り子な娘だな……。

……悪いがチック、俺をかつげるか? ……思ったより術後の反動が強すぎたらしい。一人で歩けそうにない……」

「はい、分かったよ。本当、無茶しすぎたい。ほら、肩かしな」


 俺はチックから体を支えられて船から降りる。


「……でも、そのお陰で明日には無事に出港できるわね。あんがと」

「……礼にはおよばんさ……くっ……」


 俺は足をふらつかせ倒れそうになる。

 それに早くも気づき、上半身で支えるチック。   


「アブな、李騎、本当に大丈夫かいな?」

「……なあに、思ったより力は消費したが、一晩寝たら回復するから大丈夫だ」

「ほんま、やせ我慢もほどほどにしなよ。さあ、帰るよ」


「……でもさあ、この状況は晶子には何て説明するのかい?」


 何を思ったのか、その足取りを止めるチック。


「……まあ、夜のうちにたくさんの業者がきて修理したと言えばいいさ」

「そう、簡単にうまくいくもんかね……」

「いや、最近は昼間の喧騒けんそうを避けて、人の少ない深夜帯に作業をするのが主流だからな……」

「へえー、李騎、えらい詳しいやん。もしかして土木とかの経験があるん?」 

「いや、断じてない。TVで知っただけだ~♪」

「……あーあ、テレビッ子で自慢されてもね……」


 俺の問いかけにつまらなくなったのか、目を細くしたチックを横目にやりながら、俺は例の悩みを抱えていた。

  

 そう、タケシのことだから、いつまでもアメリコにいるとは限らない。

 早いうちに、タケシと一緒の両親に会わないといけない……。

 

 ──時刻は深夜2時。


 使命を果たし、いびきをかいて眠る乱蔵を背にして眠気と闘いながら俺は、今日もいつもの記憶を引き継ぐメモ書きをしながら、そのことを思っていた……。


**** 


 次の日の晴天の朝。


 俺たち全員は昨日、近所のコインランドリーで洗濯をした、いつもの服装に着替え、あの船着き場にいた。


「うわぁ、改めて見ても凄い船ですね~!」


 そこで晶子が、さっきから幼い子供のように甲板ではしゃいでいる。


「こんな広い船を夜中のうちに直すなんて、業者も中々やりますよね~!」


 何か騙してるようで気の毒だが、これも自分のためだ。


 これで俺の仲間で、この能力を知らないのは晶子だけだ。

 いつかこの能力のことは打ち明けないといけないとは思ってはいるが、中々、言い出せない。


 恐らく俺は晶子の事が好きなんだろう。

 だから、宇宙人とバレて傷つくのが怖いと恐れている。


 親父はこんなとき、どう思って母さんと付き合ったのだろうか……。


「それじゃあ、ここでお別れだね」

「おう、世話になったな」

「これは今日のお弁当。長旅になりそうだけどめげないで頑張って」

「センクス。助かるぜ!」


 すいから紫の風呂敷包みを受け取る。


 何段も重ねた重箱のような大きさに非常にズシリとした感覚。

 これは今日一日かけて食べられそうなボリュームのある量だ。


「僕も楽しんで手伝ったすよ。わさびタップリおにぎりにタバスコで絡めたスパゲッティーとか」

「……げげっ、冗談だよな?」


 俺は青ざめてその床に弁当を落としそうになり、すいがすかさず受け止める。


「大丈夫だよ。それは外してるから。

……乱蔵、あれは今日のアンタの昼ご飯行きよ。好き嫌いせずに残さず食べてよねー!」


 弁当箱を持ったまま、俺と乱蔵の会話に割って入り、食の安全を保証するすい。 


 どうやら、すいが目を離したときにやった乱蔵のイタズラも彼女の前では通用しないらしい。


 この二人、何だかんだ言って似た者同士だ……。


「すっ、すい様、それはご冗談をー!?」


 そこへすいの足元にすがりつき、嫌々する半泣きな乱蔵。


 お前は好きなことやるだけやって、事がややこしくなったら駄々をこねる赤ちゃんか。

 悪いことをすると悪いことが返ってくる因果応報いんがおうほう


 悪さをする子は『めー!』である。


「駄目よ。これに懲りたら食べ物は粗末にしないことね」

「す、すい様、堪忍やー!?」


「はいはい、ワガママ坊やは邪魔せんの。今、大事な話しとるやろ」


 チックが女々めめしい乱蔵を引きはがしにかかる。


「李騎きゅん、頑張って。晶子ちゃんを頼んだね」


 すいが俺に励ましの言葉をおくる。

 心なしか元気がないように受けとれるのは俺の気のせいだろうか……。


「……すい、本当は俺たちと一緒に……?」


 そう言いかけた俺の口元にすいの人差し指がダブる。


 そうか、余計な詮索はなしか。


「……分かった。なるべく早く帰ってくるよ。そしたらまた一緒に過ごそう。それからまた一緒に仕事を手伝うからさ」 

「ふふっ、覚悟決めといて。その時はビシバシこきつかうからね」


 それから、すいと乱蔵が船から降りて、俺たちを見送る形になった……。


****


「李騎兄貴、晶子ちゃんにチックちゃん、三人とも元気でな」

「ああ。向こうに着いたら手紙書くよ!」


 晶子が俺のわき腹にツンツンと指を立てる。


「……李騎、何寝ぼけた事、言ってるのですか?

スマホでいつでも連絡できるでしょ?」

「いや、晶子。アメリコでは日本のスマホは使えんわよ。周波数とか違うし……」

「へえ、チックちゃんは何でも知ってる博士さんみたいですね」

「……あのさ、ワタクシ、アメリコ出身だからさ……」


 チックが、『コイツは駄目だ』感の半分諦めた顔で甲板の舵に手を伸ばす。

 

 そうして、チックが舵の真横を何やら押すと船がゆっくりと動き出す。


 誰も触らずに勝手に回る舵。

 しかも、チックは舵には触れていない。


 それを見たチック以外の俺たちは、勝手に動き出す船に対して、『これは実は幽霊船か? あわわ……』とパニクっていた。


「ああ、これかいな。心配ご無用。

今、アメリコへの最先端ルートで進む『自動運転航路モード』にしたさかい」


 ふと、不安感が抜けさり、ずっこーん! とスッ転ぶチックを除いた俺たち。


 乱蔵に至っては近くのゴミ箱に頭を突っ込んでいた。


「「「「なら、船舶免許要らないじゃんかっ!!」」」」


「いや、建前上では必要やねん。故障した時は手動で動かさんといけんし、それに検問もあるし、国境も越えるわけやから……。

まあ、今は話しとる場合じゃないとね……じゃあ、出港!」


 チックの合図に合わせて沖に方向転換して突き進もうとする船に対し、泣きじゃくるすいの頭を優しく抱き、こちらに向かってにこやかに大きく手を振る乱蔵。


 俺たちを乗せた船は静かに音を立てながら船着き場で見送る二人を後にした……。


****


 しばらくして……。


「今は船の時代もナイ○ライダーなんだな……」 

「何ですか、新しい特撮番組ですか?」

「いや、俺の亡くなったおじいちゃんが好きだった海外ドラマさ。意思を持ったスポーツカーが勝手に自動運転する話だよ」


「……李騎、そんな自己中な内容じゃなかろ?」

「えっ、チックは知ってるのか?」

「あんな有名作品、知らない方がおかしいわよ……」

「な、なら、私は変人ですか?」

「……もう、ええわ。アンタら二人と会話したら頭痛い。何とも言えんわ」


 そのまま渋々顔なチックは船の下にある船室へと続く階段を降りていく。


 こうして俺たちを乗せた船は、すいと乱蔵に別れを告げて、大海原を進むのだった……。


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