第7話 「例えばオズさん、奴と寝れる?」

 俺はカナイに訊ねた。そういう訊き方しかできなかった。なのにカナイは容赦なく、俺の質問に続きをうながす。


「何に見えた?」

「ナンパされてる」

「優しい解釈だね、オズさん」


 そりゃそうだ。言いたくはない。売ってるなんて。


「ま、言い方なんて何でもいいよね」

「まさかあれがバイトだなんて言うんじゃないだろうな?」

「いえいえ」


 ひらひら、と手と首を同時に振る。


「あれは、バイトじゃないよ。結果的にそうなってしまっていても、奴にはそういう意識はないから」

「どういう意味だ?」

「単純に、あれは人恋しいの。……全く、滅多に人を好きになることもないくせに、一度壊れるととことん引きずってる」


 どうしたもんでしょうね、と奴はややおどける。


「どうしたもこうしたも」

「止められるものなら止めてるって。俺としては、奴がああいう生活になってるのはもちろん嫌なんだよ」


 それはそうだろう。


「だけど奴は奴で、結構頭回る奴だから、そういうことを絶対に、金曜とか土曜とか、とにかく昼間の生活に絶対関わらない部分でしかやらない。だからそういう点で文句を言えるものでもない。奴が売ってるって意識ない以上、所詮は、ただ単にそーゆーコミュニケーションが好きと言われてしまえばおしまいだし」


 ……


「それこそ、フーゾク行ってる奴とどう違うと言われかねない。女の子と違って妊娠する危険もない。病気は怖いけれど、そういうところは妙にちゃんとしていたりする。つまり、ものすごく周到な訳で。力づくで引っ張ってきても、きっとそんなこと忘れてまた飛び出していくだろうし」

「馬鹿じゃないか」

「馬鹿だよ、本当に。馬鹿すぎ」 

「何とかしてやろうって思ったことは?」

「ありすぎる。だけど、俺にはどうにもできない部分ってのがあるでしょ?」

「と言うと?」

「例えばオズさん、奴と寝れる?」


 う、と俺は一瞬言葉に詰まった。

 それは本当にできるかどうか、ということではなく、そういうことを訊ねられた場合に弱い、という性格なのだが。


「つまりね、そういうこと。結局、奴がそういう相手を見つけない限り、駄目。週末の夜に一緒にゆっくり居てやれるような人がね」

「お前は駄目なの? カナイ」

「俺は駄目。そういう対象にはできない。友達だけどさ、同情で俺、誰かと寝られる程大人じゃない」

「なるほどね」


 カナイは苦笑する。一体奴がどう取ったかは判らないが、奴の言いたいことは判った。

 そして奴が内心何を期待しているかも。

 あいにく俺は奴よりは、とりあえず大人のつもりなのだ。だが大人としては、やはりここで逆襲せねばなるまい。


「あのさカナイ、お前ケンショーと何かあったの?」

「ん?」

「いやさっき、ケンショーの話出たし、だいたいあいつは声に惚れる奴じゃん」


 ははは、とカナイは乾いた笑い声を立てた。


「何かあった訳?」

「ああ、俺、奴にこまされたんだってば」

「は?」


 カナイは軽く、同じ言葉を繰り返した。おそらくそれは、言葉の通りだろう。


「いつだよ」

「先々月の終わりくらいかなあ。衣替えの前だったから。……ったく何考えてんだ、と思った」


 そう考えるのは実に妥当だ、と俺は思った。とても妥当だ。非常に妥当だ。


「じゃ、いいのか? そういう奴とバンド組むことにして」

「さてそこが大問題」


 ふ、とおどけて奴は両手を広げ、「自嘲のため息」という奴をつく。


「あいにく俺、ケンショーのギターはもう最初っからすげえ好きだったの。はっきり言や、ファン」

「あららららら」

「普通だったら、腹立ちまぎれにそんなことされたら百年の恋も冷めると思うじゃん。実際腹立ち紛れにヤラれたんだし。まあ俺も結構怒ってたからしゃあないと言えばしゃあないけど…… ところがだよ全く」


 うん、と俺は勢い負けしつつうなづく。


「俺ときたら、もう情けないことに、『それでも』あの馬鹿のギターは好きなんだもの」

「それは難儀なことで」

「全く難儀なことで。いい加減俺、自分は何てお人好しなんだろうって思うもん。もしくはあの馬鹿のギターが本当に無茶苦茶いいのか」


 俺はうんうん、とうなづく。

 だとしたら、当初からタメ口になっていた訳が判る。ここ最近こそ俺にもタメ口を訊くようになっていたけど、それまでは俺にはまだ敬語交じりだった。


「だよなあ。あの男、問題は色々あってもギターだけは文句言わせねーんだからなあ」

「オズさんずいぶん苦労してきたでしょ」

「多々」

「多々ね」


 くくくく、と俺達は顔を見合わせて笑った。


「でも二回目は、させてやってないもんね。そう簡単にはさせないから」


 げ、と俺は喉の奥から声を立てる。


「何、お前、二回目があってもいいと思ってんの?」

「ま、しゃあないでしょ。そこは臨機応変に」


 臨機応変と言われても。


「奴のこと、好きは好きだし。俺もやられっぱなしってのも性には合わないけどさ」

「ちょっと待て!」


 カナイはにやりと笑う。何か今、俺は実に恐ろしいことを耳にしたような気がする。


「ま、その時はその時。あいにく俺、物事は前向きに考えるようにしてんの」


 前向き、ね。確かにそうだ。


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