4−4

 俺達が、と薫が話しだした。

 薫達というのは、朱雀の当主の篠乃と補佐役の佑、そして白虎の補佐である薫のことらしかった。

「俺たちが被人や居衣のシステムに興味を持ち、研究しだしたのは十年前だ。当時、篠乃の前の当主が死の床についていた。篠乃の上田一族は、できるだけ血族で当主を代替わりさせたいと考えている一族だ。だが、次代の当主は偶然で選ばれる。当主の死に近い位置にいる者に引き継がれる可能性が高いということだけが唯一分かっているシステム。血族から選ばせたいと考える者たちからすれば、あまりにも厄介だ」

「はい。けど、次の当主が篠乃さんだったってことは……」

 ふと、あることに思い当たり加那はぞっとする。

「ああ。上田の一族は当時十歳ほどの篠乃も含めて、一族郎党、数十人で死の床の主人を囲み見守り続けた。それだけで、ヘドが出るやり方じゃないか」

 当時を思い出すのか、薫は眉をしかめる。

「そして当主は死に、見事、主家の長男だった篠乃が次の当主の座を引き継いだ。上田家は大喜びさ。富が減らなくてすむってな」

「上田家は今までもそうやって、富を継続して築いてきた……? でもそれって──」

 加那は確認する。それはとても恐ろしいことのように思えた。 

「それって、一族の中の誰かを苦しませて短命にさせて……富を築いてきたってことでしょう?」

「そうだ、上田家はそうやって繁栄してきた」  

「そんなこと──」

 加那はやせ細った篠乃を思った。誰かを犠牲に富を得る方法。

 これでは──

「まるで、生贄じゃない」

 加那は下を向き、拳を握りしめる。加那さん、と満が心配そうに名を呼んでくれたのが聞こえた。加那ははっと顔を上げる。

「四宮家もなの? 補佐役の家も?」

 にやっと薫が笑った。両手指を先程までのように突き合わせて、首を傾げる。

「いいや、それよりもっとタチの悪いのが補佐役の家さ。補佐役は当主とは違い、血縁で代々引き継がれる。そして被人が増え、一族の力が増せば富が潤うのは同じ─……なあ、変じゃないか? これだと、どっちが当主だか分からない。補佐役は犠牲ゼロで富を手に入れることが出来るんだぜ」

「確かに……おかしいです、そのシステム」

「そうよ、まるで、補佐役の方が主人のような……」

 良いかけて、加那は気づいた。

「だから、あなたは──」

「そう、だから俺は、被人が極力いない状態の補佐役はどうなるのかって実験を、神功の婆さんとしたのさ。狂う被人が出てくるかもしれないと知っていながらな」 

 薫はそこで一息をつくと、長くふうっと息を吐いた。

「すまないな。朱雀の坊っちゃんほどじゃないが、俺も身体が弱い」

 笑い含みに、ちらりと作務衣の腕をまくってみせる。その二の腕から肘にかけては大きな蚯蚓ばれが走っていた。

「ひどい」

 加那は思わず立ち上がり、近寄った。

「見ても……?」

「ああ、良いさ。お前さんは俺の主人だ」

 加那はその傷を仔細に見た。浮き上がる腫れは文様のようにも見える。だらしなく来崩れた襟元から覗く肌にもその腫れは見えて、思わず薫の腕を取りそっと撫でた。

「痛く、ないんですか?」

「今はそれほどな。時々、疼くが……」

 近寄ってきた加那に、薫はふっと笑う。頬づえをつき、片腕を差し出したまま手を開いたり閉じたりとして見せる。

「白虎が被人を受け入れなくなって二十数年。十年を過ぎた辺りからこれが出始めた」

 加那は成人の男性の腕をじっくりと見たことはなかったが、上背の割にその腕は痩せているように思えた。

「二十数年前、白虎の先々代の代替わりが行われて少しして、俺は神功の婆さんを見つけた。俺の一族も長々と補佐役をやり続けて富を蓄えていた。その頃にはもう俺は、こんなシステム糞くらえと思いながら補佐役をやっていた。補佐役には不思議と当主の居所が分かる。匂いのようなものだ。俺が一族の命令で渋々探し出し、出会った神功の婆さんは、お人好しの未亡人だった」

「僕が出会う前の、依子さんですね?」

「そうなるな。彼女は一族の話を聞くと、そんな生活は嫌だわとはっきりと言った。富も権力もいらない。ただ今の静かな暮らしを守りたいって。俺は卑怯なことに……被人が、当主を失えば狂うかもしれないことは婆さんには伏せていた。だから、彼女は俺の提案に諾と頷いたんだ。被人は全員、居衣から削除する。開放して、二度と俺たち白虎の一族と補佐役の家とは関わりを持たないってな」

「じゃあ僕は、本当に偶然……彼女に拾われたんですね」

 噛みしめるように満が言った。

「だろうな。被人に出会っても、できるだけ居衣には入れないでくださいとお願いはしてたんだが……戦争で亡くした息子をお前に重ねてたのかもしれない」

「そう、かもしれません……」

 満は不意に涙をこぼした。

 依子からは生前に家族はいないとだけ聞かされていた。寂しそうに優しく笑う依子との縁はこんなところに繋がっていた。それが、満には嬉しかった。

「それじゃ、今までの話をまとめるとこうってこと? 当主や補佐役の家は、居衣に迎え入れることで被人を操れ、そして莫大な富を得る。一方で、その身代わりに当主は体を壊し早死する。被人は人間ではなく、当主に受け入れてもらえなければ狂って死んでしまう。そして、補佐役は一族が大きくなければ、それ相応の報いをその身に受ける……?」

「それで良い。つまりはこれは、富を巡る巨大なシステムだ。一番損がないのは補佐役。恐らく、補佐役というのは名ばかりで実際の主人は補佐役の地位にある者だろう。当主は被人を集めるための餌──生贄だ」

 薫が言い切り、二人は息を呑んだ。

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