3−9

 満は無事だった。

 加那の部屋の外に鷹姿の綾がいて、加那の姿を認めるとバサリと翼を広げて去っていった。

 加那はウサギ姿の満へと、襲われたこと、綾と東吾が篠乃の命令で二人を見守ってくれているということを説明した。

「何もしないから、襲われる……」

 満は東吾の台詞を繰り返した。加那うん、と頷いた。

 床にいる満の前へと座り込んで、加那は満を見下ろす。

「考えるためにも、もう一度、篠乃さんたちに話を聞こうと思うの。ついてきてくれる?」

 加那は真剣な眼差しで満を見つめた。満は茶色い手を差し出すと、床で握られた加那の手の上に柔らかなその手を置いた。

「勿論です。すぐに、明日にでも綾さん達と連絡を取りましょう」

「ありがとう!」

 加那は満を抱き上げて頬ずりした。ウサギ姿の満はしばらくそのまま頬刷りされていたが、ふいに抱かれたまま加那の頬に手を当てて、加那の目を間近に見る。

「どこまでも、お供しますからね」

 その黒い瞳が加那には頼もしかった。

 

 翌日の放課後。

 加那は両親へは友達の家へ行くと嘘をつき、満を連れて家を出た。

 公園で周囲へと声をかけるとすぐに鷹姿の綾が飛んできた。

 篠乃へと会いたいと告げると、綾は人間の姿へ変化し、嬉しそうに顔をほころばせたが、すぐに表情を硬くする。

「どうかしたの?」

 加那は尋ねる。綾はちらりと視線を逃してから、意を決したように加那へと近寄った。

「詳しくはまた、車中で話すけど。――篠乃様の具合が良くないの。今日は面会出来ないかもしれないわ」

「え!? そんなに具合が?」

「しっ。誰に聞かれてるかわからないから……けどそうね、具合に寄るけれど、万が一に面会できなければ他の者が相手をすることになるけれど、良い?」

「うん、それは大丈夫」

「なら良かった。こっちよ」

 綾はほっとした様子で加那を手招く。公園の外に東吾が運転する車が待っていた。


 満は車内で人間の姿へと変化した。

 加那は満と顔を合わせると、前に座る二人へと身を乗り出す。

「篠乃さんはそんなに具合が悪いの?」

 綾は東吾の運転する助手席から、二人を振り返る。

「もともと体調に波があるようなの。そこに昨日、また新たに野良だった被人を受け入れられたらしくて……」

「倒れちゃった?」

「そうね」

 綾が心配そうに目を伏せる。

 東吾も言葉を連ねる。

「今は俺達の主だ。心配は心配だ……だが、お前がまた訪ねてくれることには本当に嬉しい」

「うん、こんな時だけど。色々知りたくて」

(そうだった。篠乃さんは今はこの二人の主人なんだ――)

 加那は前の二人を交互に眺めた。

「そう言えば、二人はいつから、朱雀の居衣にいるの?」

 加那は尋ねる。居衣や当主についてはまだ不思議に思うことが多かった。

「先代の、神功の頃からだな。その前はちゃんと白虎にいた」

 東吾が端的に話すと、綾が補足する。

「先々代から代替わりした時に、次の当主――神功依子様が全く見つからなかったの。当主は前も説明したように偶然で選ばれる。だから先代が亡くなった後に少しの間、次の当主が見つからないことはよくある。けれど、依子様の時は今までと色々と違った」

 綾が一息つく。

「当主のおよその位置を把握できているはずの補佐役、薫が当主の行方はわからないと言い出して――さらに私達が探しているうちに、居衣から白虎の被人全員が削除されてしまったのよ。勿論私達も」

 当時を思い出すのか、綾は不安げに話し、東吾が宥めるように綾の手を軽く叩いた。

「ああ、俺たちはパニックになった。二十数年前だ。俺たち白虎の被人はバラバラになり、互いの居所さえわからない状態が続いた」

「あの時は怖かったわ……生まれて初めて怖かったかもしれない。このままでは狂ってしまうかもしれない恐怖、主人がいない、居衣がないという不安……」

「そうだな。あの時のことは、俺達より薫の方が詳しいだろう。唯一、当時の混乱ぶりを、現場を見ていた」

「薫さんが?」

「そうだ。今の朱雀の当主や補佐役は若い。当時を知っているのは薫だけだ」

「じゃあ、薫さんに聞けば、当時のことや居衣のこともっと分かるかも?」

 だが、前回の薫の態度や言動を見た感じだと一筋縄ではいかないような気もした。それを裏付けるように東吾が笑った。

「あいつが正直に答えればな。――それから十数年さまよった俺たちはどうにか朱雀の居衣にたどり着き、狂う寸前で今の当主、篠乃様に拾われた。朱雀には――篠乃様には本当に感謝している」

 東吾はそこで口を閉じた。 

 間もなく朱雀の屋敷だ。加那は勇気をもらえるように、満の手にそっと触れた。

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