1−1
(……くっだらない)
浅葱加那は毎朝そう思いながら起きる。
時刻は朝の六時前。
学校へ行く準備をするには早すぎる。寝直すには遅すぎる。
朝は必ず両親が一階で喧嘩をしている声で起こされる。
声を極力押さえながら怒鳴る父親、声を落とそうともしない金切り声の母親。
ベッドの中でゴロゴロしていながら聞いていると段々喧嘩の原因が分かってきた。
どうやら今日は、父親のワイシャツにアイロンががかかっていなかったことで喧嘩しているらしい。
寝起きのぼんやりした頭で加那は思う。
(本当に、くだらない……)
起き出して伸びをする。
(そんなに喧嘩するなら、離婚でもなんでもすれば良いのに)
部屋を出て、リビングで喧嘩をしている両親に小さく『おはよ』と挨拶して、無視される。
朝の挨拶は大切だと言って育てられた。今の彼らにはどうでも良いことらしい。
朝食の準備とそれぞれの仕事の支度と、器用にこなしながら両親は罵り合う。
おそらく今日も最初はほんの些細なすれ違い。
ほんの少しの嫌味の応酬。
それが毎日毎日大喧嘩へと発展するのだ。
よくもこれだけすれすれ違いながら一緒に住めるものだと思いながら、加奈は脱衣所で顔を洗い髪をブローする。
可愛いね、と言われるのには慣れている自分の顔がある。素肌でも白くそばかすのない肌に、ツンと上向きの唇。通った鼻筋。
そして小柄で細身の身体。
前下りのボブに、パツンと揃えられた前髪にも丁寧にアイロンをかけて、毛先だけをやや内巻きにした。
化粧は移動途中にすれば良い。
部屋に戻り、ブレザーの制服に着替えて薄いバッグを背中に背負う。廊下へ出た所でようやく母親がこちらへ気づく。
「加那!朝ごはんは……」
「いらない。ゼミ行くから夕飯も」
短く言い捨てて、玄関でかかとを踏み潰した白のスニーカーを履く。
「加那、いってきますぐらい……っ」
父親の声が追いかけてくるが聞こえないふりで背中で扉を閉める。
今日は加那の17歳の誕生日だ。
「ハッピバースデイ、私」
呟くと、マンションのエスカレーターへと向かった。
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