第17話 友達ならここにいる 後

「はい、これ」

「ありがとう……」


 伊波さんが落ち着いてから、学校からの帰り道にあるハンバーガーショップに寄り道した。

 どこかで遊ぶような時間はなくとも、少しだけ寄り道するくらいならいいかな、と聞くとぎこちない笑顔を浮かべられた。


 ――鈴木くんに嫌な思いさせたよね……?


 別に、そんなに嫌な思いはしていない。知っていたから。掃除を代わってと言ってきた時から伊波さんをよく思っていないことを。

 だから、代わらなかったらよかったのに。自分は良いことだと思ったことでも相手にとっては必ずしもそうじゃない。


 頼んでいたポテトに目もくれない伊波さんを見ながらゆっくりと口を開いた。


「さっきのことだけどさ」


 伊波さんはびくっと肩を震わせた。

 大きな目を震わせながら、ゆっくりと俺を見てくる。


「気にすることないと思うよ」


 さっきのはただの八つ当たりだ。

 伊波さんに対しての自分の感情をぶつけているだけの行為。

 そんなものにいつまでも気にしていてもどうしようもない。


 そんなものよりも、遥かに傷つくことが世の中には沢山あるのだから。


「……鈴木くんは優しいね」

「伊波さんの方が優しいでしょ。どうして、そんなに優しく出来るのか不思議に思うよ」

「……私はね、全然優しくないよ」


 ――鈴木くんは誤解してるんだよ。私は優しくなんてない。


「私、友達が欲しいんだ。でも、昔から誰とも友達になれなかった。私って、どこか抜けてるからみんな嫌気がさすんだろうね」

「……まあ、天然? だとは思うけど」

「はは……やっぱり、そうだよね~……」


 ――鈴木くんもそう思ってたんだ。そうだよね。あんまり、関わったことがない人にも思われてるだもん。勘が鋭い鈴木くんなら気付いて当然だよね。


「私がね、誰かに優しくしようと思うのは友達が欲しいからなんだ」


 優しくすれば、友達になってくれるかも。

 それが、伊波さんが他人に優しくする理由だった。


「……でも、恩着せがましく友達になろうとしてる時点で友達になんてなれないよね」


 ――私って嫌な女の子だなぁ……友達が欲しいなら勇気を出して一言声をかければいいだけなのに、それが出来ないから良い人を演じて誰かから声をかけられるのをずっと待ってる。そんなんじゃ、いつまで経っても友達になんてなれないって分かってるのに……。


「伊波さんは優しいよ」

「……え?」


 こんなこと、面と向かって言うのは恥ずかしい。

 けど、俺は知ってるんだ。

 伊波さんが友達が欲しくて優しくしていることも、それとは関係なく、素で優しいことを。


「だってさ、毎朝花壇に水あげてるじゃん」

「あれは、私が美化委員だから……」

「それだけじゃないよ。プリントが一枚足りなかったら、遠慮して前の子にあげて自分が取りに行ってる」

「それは、私が一番後ろの席だから……」

「ノート運ぶ子が重そうだったら手伝ってもあげてるし」


 伊波さんの行動全部が全部、友達が欲しいから、ってことじゃない。

 この前、俺が電柱にぶつかった時も心配の一心だけだった。


 人には誰だってウラオモテがある。

 オモテではこう考えていても、ウラでは真逆のことを考えている。


 それが、当然だからと俺は誰よりも知っている。

 だから、伊波さんのことを醜いだとか嫌な女の子だなんて思わない。


「……どうして。どうして、そんなに見てくれているの?」

「友達、だから」

「友達……?」


 照れくさい。けど、これは彼女のためだとか関係なく、ちゃんと言いたい。


「伊波さんの友達なら、ここにいるよ」

「……私と鈴木くんは友達なの?」

「俺の中でだと、一緒に帰って、一緒に弁当食べて、こうやって寄り道してる時点で友達認定してるんだけど……ダメ、かな?」


 この前、伊波さんにされたような聞き方で聞いてみる。


「……ううん、ダメじゃないよ。むしろ、友達になってくれると嬉しい!」

「もう、なってるよ」

「そっか……そうだね!」


 ――そっかぁ……私にも、いつの間にか友達が出来てたんだ……しかも、それが、一番仲良くなりたい鈴木くんだなんて……今日はママにお赤飯炊いてもらわないと!


 そうだ。伊波さんはそうやって、呆れるくらい前向きに捉えていればいいんだ。友達が欲しいなら俺がなる。何か、助けてほしいなら俺が助ける。やりたいことには全部俺が付き合ってやる。


 それが、また身勝手なエゴだとしても……友達として伊波さんが優しいんだと証明出来るならどうだっていい。


「ありがとう、鈴木くん」

「お礼言われるようなことじゃないけど」

「ううん、励ましてくれて嬉しかったから」

「全部、事実のことだし」


 ――……どうしよう、今になってすっごく恥ずかしいよ。だって、私がやってたこと全部鈴木くんは見ててくれたんでしょ? 美化委員の仕事なんて目立たないから絶対、知られてないと思ってたのに!


 知ってるよ。いつも、聞こえてくるかな。一際、陽気な声で綺麗な花を咲かせてね、って語りかけてるの。


 ――うう~顔が赤いよ~。


 伊波さんは赤くなったであろう顔を隠すように両手で覆った。

 しかし、覆いきれることはなく、所々から赤い箇所が覗いている。


「赤くなってどうしたの?」

「ちょ、ちょっと、暑いな~って」

「クーラー、効いてると思うけど」

「そ、そっかな~?」


 手を団扇みたいにして扇ぐ伊波さんは焦っていて面白い。


 ――鈴木くんの意地悪~! 絶対、赤くなってるのからかわれてるよ~!


 まあ、その通りなんだけど知らんぷり知らんぷり。


 ――そ、それよりも!


 お、何だ?


 ――私にはどうしても……どぉぉぉしても確認しておかなきゃならないことがあるの!


「あ、あのね。鈴木くんは友達からでも恋人になれると思う人ですか!?」


 席を立ち、グッと距離を縮められる。

 伊波さんの息が届いてきて、思わず仰け反りそうになったものの、出来なかったのはすれば伊波さんの気持ちに気付いたと思わせてしまうから。


 ――い、今はまだ……友達でもいいの。ゆっくり。ゆっくりでいい。鈴木くんに私を好きになってほしいから。


 伊波さんの声が一番強く伝わってくる。

 そんな中に混じって、両隣りの席に座っている人なのかは分からないがこんな声が届いてくる。


 ――おい、それは、遠回しの告白だぞ!

 ――若人よ、良い答えを聞かせてあげたまえ。

 ――クゥゥゥ! 羨ましい! はよ、付き合え!


 そんなの誰よりも分かってるさ。

 そして、俺がどうしたいのかも……少しずつ、芽生えていることも。


 でも、それを急いでどうこうするつもりはない。伊波さんが思ってくれているようにゆっくりと育てていきたい。


 今度は間違えないようにしたいから。


「うん、全然アリだと思う!」

「ほ、ほんとっ!?」

「ほんとにほんと。よくある話だと思うよ」

「だよねだよね」


 ――よかったぁ……私にも可能性はあるんだ!


 ある、というよりは……しかない、なんだよなぁ。だって、伊波さんがチョロいんなら俺はそれ以上に簡単に落とされる男なんだから。


 それより、そろそろ離れてくれたりしないだろうか。意識し出すとこの距離感はものすごく照れる。


 ――鈴木くんの頬が赤くなって……はうっ! む、夢中になってて気付かなかったけど近い! 近いよっ!


 ようやく気付いてくれたか。なら、とっとと離れて。


「ご、ごめんね……」

「いや、大丈夫だから」


 ――うう~鈴木くんの目が見れないよ~。


 さっきと同じように赤くなった頬を隠すようにして見悶えている伊波さんを見ていると胸が温かくなる。


 ほんとに……我ながら、簡単だな。

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