第14話 ほんの少しだけ前に進んでみた 中
――きょ、今日の鈴木くんはどうしたんだろう……。授業中もずっと前を向いていて、一度もこっちを見てくれないし……休み時間もずっと突っ伏したまま少しもお話してくれない。体調でも悪いのかな……風邪でも引いたのかな……?
やめてくれ。優しくしないでくれ。
――でも、昼休みには流石にお話も出来るよね。みんなの前でお昼に誘うのはちょっと恥ずかしいけど……頑張らないと!
そして、やってきた昼休み。
「す、鈴木くん。あのね――」
チャイムが鳴ると同時に伊波さんがこっちを向いてくる。
けども、それに俺は目も合わさずに無視して教室を出ていった。
そのまま、当てもないまま廊下をさ迷う。
授業という、忌々しい拘束から解放された生徒の多大なる心の声が脳に届いてくる。
その中に伊波さんのものはない。
聞こえてこない。
これで、流石の伊波さんも嫌ってくれたことだろう。
さっきのは明らかに無視した。
誰にでも分かるように無視した。
意中の相手に無視され、避けられたら嫌いになるはずだ。
そうならないとおかしいんだ。
――やっぱり、鈴木くんは来てない、よね……。
どこからか、伊波さんの声が届いた。
――もしかしたら、って思ったけど……鈴木くんはいないよね。
彼女がどこにいるのか、それは分かった。
――さっきのは無視されたんだよね……。
そうだ。無視した。さっきのだけじゃない。俺は伊波さんが向けてくれている気持ちをずっと無視し続けてるんだ。
だから、さっさと嫌いになってくれ。さっさと忘れてくれ。俺なら授業中、ずっと嫌い嫌い、って思われていても耐えられるから。
――私、嫌われたんだ……そう、だよね。彼女でもないのに鈴木くんの周りをうろちょろうろちょろして邪魔だったよね。毎朝、上手く出来てるかも分からない下手くそな挨拶で鈴木くんにストレスを与えて……彼女でもないのに手作りなんて食べてもらって……私って相当気持ち悪よね。
違う。気持ち悪くなんてない。君は何も悪くない。
これは、俺の独り善がりなんだ。
君のためを思って……なんて、言いながら本当は自分のことしか考えてない最低なやつなんだ。
――私って、本当に大馬鹿だなぁ……もう、懲りたはずなのに。分かってたはずなのに。自分勝手は相手に嫌がられるだけなんだってことを。……なのに、心のどこかで鈴木くんなら優しく相手してくれるんじゃないかって期待して……迷惑かけて。……泣いていい立場なんかじゃないのに……ごめっ。ごめん。ごめんなさぁぁぁい……。嫌われたくないよぉぉぉ……。
気付いたら廊下を走っていた。
今なら、まだ止まれる。望んでいた平和な日常に戻れる。
頭ではそう分かっている。
でも、足は止まってくれなかった。
なんでなんでなんでなんで。なんで……俺を嫌わずに自分が悪い風に考えるんだ。どう考えても伊波さんが謝ることなんてないじゃないか。
伊波さんが不思議でしょうがない。
人は誰もが自分を正当化するために他人を犠牲にする。他人が間違ってると決めつけて自分が正しいんだと思いたい。
俺も自分が正しいんだと思いたいから君に嫌われたい。
嫌われて、正しさを証明したい。
なのに、君は自分が間違っていると決め、俺を正当化してくれる。
そんなの……そんなの……。
「伊波さん!」
「……うえぇぇ……鈴木、くん……?」
体育館裏の階段で膝を抱えていた伊波さんに声をかけると彼女は顔を上げた。目からは大粒の涙をポロポロと流していて心が痛い。
謝りたい気持ちでいっぱいだ。
けど、それは出来ない。
なら、俺がとる行動は――。
「伊波さん。今日もおかず、作ってくれてるかな?」
「えっ……?」
「その、朝、パン買う時間がなくて今、購買に行ってきたんだけど何も買えなくてさ……だから、伊波さんがいいならおかず、恵んでください!」
顔を見れなくて頭を下げた。
謝罪したい気持ちを隠すためにも。
グズグズと鼻水をすする音が聞こえたかと思うとか細くて弱々しい声が耳に届いた。
「あ、あるよ……」
「ほんと? 食べてもいい?」
「私はいいよ。……でも、鈴木くんの方こそいいの? その、気持ち悪くない……?」
伊波さんの目は不安でどうしようもないくらい揺れていた。
彼女の心も不安で埋め尽くされていた。
きっと、ここでまた彼女が喜ぶようなことを言えばまた好かれてしまうんだろう。毎日のように、好きだと囁かれて……それが、嫌で嫌われたくて。
でも、本当は何よりも嫌だと感じているのはそんなことじゃない。
分かってるんだ。
どうしようもないくらい欲しくなったものが手に入らないと知ってしまうことが一番怖いんだって。
本当は欲しいのに……どうせ手に入らないだろうから、諦められる理由を見つけて、逃げてるだけなんだって。
あの時もそうだった。
本当は諦めたくないのに、これ以上、気持ちの悪い俺をそう思ってほしくなくて逃げたんだ。
逃げると楽だから。
俺にとって伊波さんはそれじゃない。
けど、このまま関わって、それになって、また傷つくことを誰よりも恐れてる。
だから、平和な日常なんてものを作って、安心したいだけなんだ。
でも、伊波さんを泣かせてまでの平和な日常なんてものはいらない。
「気持ち悪いとか思ったことない。むしろ、凄く嬉しかった。伊波さんの手作りが食べられて」
俺を好きだと言ってくれることも、ちょっと挨拶するだけで喜んでくれることも、何でも嬉しそうにしてくれることも……本当は全部嬉しいんだ。
「だから、俺を助けてください!」
「……うん。どうぞ……!」
伊波さんは泣いたまま、笑顔を浮かべた。
「ありがとう……」
こんなものはただの自己満足なのかもしれない。
同じことの繰り返しになってしまうかもしれない。
それでも、伊波さんを泣いたままにしているよりは考えるまでもない。
「はい、これ」
俺は昨日と同じようにハンカチを差し出した。
すると、伊波さんはスカートのポケットから昨日渡したハンカチを取り出した。
「こっちがあるから……その、もう一日、貸してもらってもいいかな……?」
「もちろん。役立ててくれるとハンカチも喜んでるはずだから。俺の場合、持っててもほとんど使わないからさ」
「じゃあ、どうして持ってきてるの?」
「こういう非常事態のため」
小さく笑っている伊波さんに俺は同じように笑いかけた。
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